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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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潮騒が聞こえる  (4枚)

ある夏の日の事。
その日は起きぬけから、なんだか頭が腐ってしまいそうな気分で、何もする気が起きなかった。
朝食もとらず、車を飛ばして誰もいない海にやって来て、砂浜のすぐ手前で停めた。
そのまま4枚のドアとバックドアを全部開け放すと、潮騒の音が僕を包んだ。

そうやって、やがて陽が落ち、暗くなるまでただ潮騒の音を聞いていたんだ。

あくる日から、仕事をしていても、なんだかあの潮騒の音が聞こえているような気がしていた。
そう、あんなに長い時間聞いていたんだから、耳に残っていても不思議じゃない。
そう思ってあまり気にもしなかった。

1カ月を過ぎる頃になっても、その潮騒の音は聞こえていた。
しかも、だんだん大きな音で聞こえるようになっていたんだ。
眠っていてもそれはずっと続いていて、夢は必ず海の夢を見た。
昼間、仕事をしていてもその音は止むことがない。
仕事の打ち合わせをしている時も、相手の声がかき消される事があるほどになっていた。

休日は、家にいて水色のソファーに身を沈め、一日中その潮騒の音を聞くようになった。
こんなに海から遠い場所にある家にいても、海にいるような気分でいられて、それほど悪い事じゃないように思っていた。

でも、どんどん大きな音になって行くのは止まらなかった。
人にも、よほど大きな声でしゃべってもらわないと聞き取れないほどになっていたんだ。

それで、妻に促されて、病院へ行くことにした。
もう少しだけ音が小さくなればいいな、と気楽に考えながら。

レントゲンを撮ってもらった後、写真を見ながらお医者さんの説明を聞いた。
 「ほらこれです。頭の中には海がありますね」
と先生は言った。
やっぱりそうだったんだ。
いつの間にか、頭の中には海が引っ越して来ていたんだね。

「先生は、脳腫瘍の疑いがあります、とおっしゃったのよ」と妻。
「そんな事言ってないよ先生は。ね、先生?」
「それでは、紹介状を書きますから大学病院でMRIの検査を受けてください」

「そうですよ、頭の中には青いきれいな海が広がっていますね」
と先生は言ってくれた。

 

                         おわり





ツイッター版はこれです。

ある夏の日。潮騒の音を一日中聞いていた。あの日から潮騒の音は頭の中に居座っている。それの音が年々大きくなるので病院へ行ってみた。「頭の中に海がありますね」とお医者さんは言った。先生は「脳腫瘍の疑いがあります」と言ったと妻はいうのだが「頭の中に海がありますね」ちゃんとそう聞こえた。


アイデアも何もないところから、とりあえず「ある夏の日」と書き始め、そこから書きながら考えました。
何にもアイデアがないときは「ある秋の日」とか、とりあえず一言書いてみるっていうのもいい方法かもしれないですね。



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by marinegumi | 2010-10-05 21:06 | 掌編小説(新作) | Comments(0)