金木犀の香る時(きんもくせいのかおるとき)  (8枚)

中学2年生の亜季と、ボーイフレンドの駿(しゅん)が交通事故のとばっちりで大怪我をしたのは、学校からの帰り道だった。
季節は十月。
香り始めたばかりの金木犀の木の下を歩いていた時だった。
道路のカーブで乗用車と接触した大型トラックが二人を巻き込んで大破したのだ。
駿は病院へ運ばれて間もなく死んだ。
亜季は手術を受けたが、こん睡状態のまま長い長い眠りに入ってしまった。



そして1年後。
亜季は病室で目を覚ました。
病院の庭にある金木犀がその香りをふりまき始めた十月だった。
その香りに誘われでもしたかのように亜季は眼を開いた。
病室には誰もいなかった。
しばらくして入ってきた看護師は、電動ベッドを自分で操作して、上半身を起こして座っている亜季を見つけて目を丸くした。

すぐに家族が呼ばれた。
みんな泣いて喜んでくれた。
でも、亜季は笑顔ではあったものの、あまり感動を示さなかった。
それというのも、まだちゃんとした記憶が甦っていないようだった。
特に事故当日の記憶は全くなかったのだ。
それでも、家族と話をしているうちに徐々に甦ってきていたのだが。

亜季は1年間意識がなく眠り続けていたので、足の筋肉は弱り、全く歩けなかった。
しばらくこのまま病院にいて、リハビリを受けることになっていた。
そのうち次第に事故当日のことが思い出されて行った。

金木犀の甘い香り。駿の笑い声と、笑顔。
突然の大きな金属音。急ブレーキの音。衝撃、そして暗闇。
あの時、駿は迫って来るトラックから亜季をかばってくれたのだ。
それをまざまざと、映像として思い出していた。
「駿は?駿はどうしたの?!」
病室に毎日来てくれる母親に亜季は聞いた。
「亜季!あなた思い出したのね。あの日の事を」
母親の目からは涙があふれた。
「つらいことだから、思い出さなければそのままでもいいと思っていたのよ」
「駿は……死んだのね」
お見舞いに来てくれた友達の顔を思い出して、その中に駿の顔がなかった事でそれを悟っていた。
亜季と駿は本当に仲が良かった。
お互いの家を行き来し、二人の両親がお互いに「二人は将来、まず間違いなく結婚するだろうね」と笑い合っていたほどだった。
その駿がもういない。
自分をかばってくれたために死んでしまった駿。
亜季はふと気が遠くなった。
「亜季、どうしたの?」
母親のその声が遠のいていくのが亜季には解った。
亜季は再び、眠りに就こうとしてたのだ。
その閉じたまぶたからはしばらく涙が流れ続けていた。



金木犀は今年もまた、十月になると香り始めた。
長い間忘れてしまっていた、ささやかだがとても素敵な記憶が甦るように、それは香り始める。

亜季が目を覚ますと病室には両親や兄弟、たくさんの友達の顔も見えた。
十月だという事が解った。
開け放った窓の外から、金木犀の香りが漂ってくる。
亜季がほとんど1年中眠り続け、毎年十月になると目を覚ますようになってから、もう6年が過ぎていた。
「おはよう亜季。また1年経ったよ」
と母親が寂しそうな笑顔で言った。

テーブルの上にはケーキにろうそくが20本立てられていて、父親が火をつけた。
「お誕生日おめでとう」とみんなが言ってくれる。
そしてハッピーバースデーの合唱。
ここ最近の何年かはケーキのある目覚めを迎えていた。
誕生日は十一月だったが、秋にちなんでつけられた名前の亜季にはふさわしい日だった。
まっ先に秋を感じさせる金木犀の香る十月。

金木犀の香りが目を覚ます引き金になっているのかもしれないというので、キンモクセイの芳香剤を病室に置いたりしてみた。
冷凍保存していた金木犀を、季節外れに亜季に嗅がせてみたりもしたがすべて無駄だった。
十月になって、金木犀が香り始めるまで、亜季は眼を覚ますことはなかったのだ。

家族や友人たちは、どうにかして亜季があの事故の記憶を取り戻すのを少しでも遅らせようとしていた。
そうなのだ、長い眠りから目覚めた時の亜季は、再び事故の記憶を失っていた。
そして1週間ほどで徐々に記憶を取り戻し、駿がこの世にいないことを知ると、また眠りについてしまう。
それをこの6年間繰り返していたのだった。
少しでも、1時間でも1分でも、その瞬間を先に延ばそうと、みんなは亜季のためにいろんな話題を持って病室へやって来る。

しかし、その瞬間は必ず来てしまう。
亜季が完全に目を覚まし、自分の人生を送り、心身が成長して行ければ乗り越えられるのかもしれない駿の死。
しかし亜季はそれに背を向けて眠りについてしまうのだ。

「1年間、どんな夢を見ていたの?」
と母親が聞いた。
亜季はしばらく、うっとりと眼を細めていた。
そして「覚えてないや……」と、みんなの方を見てほほえむのだった。

かなり肌寒くなっているのに、大きく開け放たれた窓からは、金木犀の香りが漂って来ていた。

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昨日書いた10本目のツイッター小説を元にした作品です。

「ツイッター小説版」
金木犀は今年も十月になると香り始めた。彼女が目を覚ますと家族や友達の顔がそろっていた。「また1年たったよ」お母さんが言った。昏睡状態が続く彼女はなぜか十月の初めの1週間だけ目が覚めるのだ。金木犀が香り始める頃に。病室にはいつも金木犀の芳香剤が置かれている。でも、十月だけなのだ。


このツイッター版を書いていた時には思いもよらなかったドラマがあったんですね(って人ごとみたいに)
なんか、書いてると乗って来てついつい夜更かししてしまいました。

金木犀の花ことばを調べてみました。(書く前は知らなかったんですが)
謙虚 謙遜 真実 真実の愛 初恋 陶酔

おおー、ぴったりの「初恋」と言うのがあるんですね。

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by marinegumi | 2010-10-09 21:52 | 掌編小説(新作) | Comments(0)