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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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Solitude/ソリチュード(8枚)

1月3日、その日の朝、僕は我が家の愛犬、ココの散歩に出かけた。
小さなトイプードルのココに引っ張られるようにして、いつものルートを通って歩いて行った。
でも今日は休日なので、同じルートとは言え、いつもの夕方とは時間帯が違う。

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1月3日は悲しい思い出につながる日だった。
歩きながら、またあの日の事を思い出していた。

二人でドライブに行ったその日、君は一枚のCDを持って来た。
そのCDを僕が気に入ってしまい、一日中同じCDを聞いて過ごした。
緑の木々の間の通行量の少ない気持ちのいい道を走らせながら何度も何度も繰り返し聞いたのだ。
そのCDの中でも特に好きになった一曲があった。

僕がそのCDを気に入ったものだから、君はそのまま僕の車のカーステレオに残して行ってくれた。
僕は僕たちがこのままいつまでも一緒にいるものと信じていた。
だから君のCDはそのまま僕たちのCDと言う感じで、借りているという意識が薄かった様に思う。

だけどその日を境にして、なんとなく君の表情がさえなくなり、連絡を取れない事が増えて行き、とうとう別れを切り出されたのは3月に入ってからだった。

僕は喫茶店で君の話を聞きながら震える手をテーブルの下に隠していた。
君の話が別れ話だと言う事が解ってから僕は一言もしゃべる事が出来なかった。
最後まで君の話を聞いて、そのまま席を立ち、僕は自分の車に乗り込んで走らせた。
走り始めると同時に君が置いて行ったそのCDが流れ出したので、僕は急ブレーキをかけて車を止め、カーステレオからCDを取り出した。
車の外へ出ると、そこは川に架かる橋の上だった。
CDを手に持っていた僕は、衝動的にそれを川に向かって投げていたのだ。
CDは一度キラリと光ると、音もなく水の中に沈んで行った。

その事があってから十年以上過ぎた今、ふとそのCDの中のあの特に気に入っていた一曲が、もう一度聞きたくなっているのに気が付いたのだ。
ところが、その曲が誰の何という曲なのかが思い出せないし、いくら調べても判らなかった。
歌詞の一部が少し判るだけだった。

  遥かな夏の記憶‥
  一人にしないと言って ソリチュードは‥

不確かなメロディーと共に覚えているのはそれぐらいで、あとは言葉の断片だった。
「ソリチュード」という言葉をなぜかよく覚えていた。
それは多分どちらかが「ソリチュード」と言うのはどういう意味なのかと聞いて、調べた事があるからだ。
「Solitude/ソリチュード」は「孤独」と言う意味だった。
「ソリチュード」と言うタイトルの曲を調べてみると、フェバリッ・トブルーの「Solitude」と言うアルバムのタイトルになっている曲に行きついて、CDを買ってみた。
しかしそれは聞き覚えのあるあの曲ではなかった。
ただ、女性ボーカルのバンドには間違いないのだが。

散歩のコースをココはすっかり覚えていて、僕が考え事をしながらでも、よそ見をしながらでも、その散歩のコースの折り返し点になっている、近くにある「道の駅」まで先になって歩いてくれた。
そこの駐車場は正月休みのドライブや、早々とした帰省帰り等の車でいっぱいで、店は人でごった返していた。
僕はいつものように自動販売機で、コーヒーを買おうとココを片手で抱いてポケットの小銭を探った。
そこへ「わー、かわいい!」と言って10歳ぐらいの女の子が僕が抱いているココに手を差し出した。
その手をココはペロペロとなめた。
女の子はアイポッドを聞いているようで、イヤホンを両耳にしている。
そのイヤホンを外しながら「この犬って、トイプードルですか?」と聞いた。
「そうだよ」と答えながら僕は、彼女の外したイヤホンからかすかに漏れて聞こえている曲に気が付いた。
そして、ぞくっと背筋が少し震えた。
「アイポッド持ってるんだ?」と聞くと、女の子はココの頭をなでたりしながら夢中になっている。
「どんな曲を聴いてるのか聞かせてね」と言って片方のイヤホンを耳に当てると、間違いなかった。
君が僕の車に残して行ったCDに入っていた、ぼくが一番気に入っていたあの曲だったのだ。
「今、鳴ってる曲って、何という曲なの?」と僕が聞く。
女の子はアイポッドをポケットから取り出して、液晶画面を確認してから言った。
「デーループのラブミーテンダーと言う曲みたい」と教えてくれた。
画面を見なければ判らないということは、女の子はタイトルまでは知らないのかもしれない。
おそらく彼女が生まれる前にヒットした曲なのだから。
アイポッドの画面を覗き込む。
「D-ROOP ♪Love me tender 」と読めた。
「この曲って君が好きな曲なの?」と僕。
「うん、好きだよ。でもこれはお母さんの持ってるCDを入れたんだよ」
そう答えると女の子は「じゃあね。バイバイ」とココに手を振って駈けだした。
彼女が走って行った先には待っている彼女の家族がいた。
その母親らしい人の後ろ姿だけで十分だった。
その後ろ姿と、女の子の面影とで‥


その後僕はそのCDを手に入れた。
何度も繰り返し聞いた。
最初はその曲を聴くのが苦痛かもしれないと思っていたけれど、そんなことはなかった。
懐かしい思い出と共に、今は幸せそうな君の生活を想像する事も出来た。

あの時の駐車場で見かけた女の子の、後姿だけの母親が君だったのかどうかはわからない。
そしてあの瞬間、僕はたくさんの人ごみの中で「孤独」だった。
でも、今はもう違う。
その出来事があってから、不思議に何年も思いつめていた気持ちもほぐれ、新しい恋をする気持ちになれたのだ。
君と別れてから今までの自分の事が、本当に馬鹿みたいに今は思えた。




おわり



今年に入ってから、短編を一つ書きました。
ところがそれは、2011年最初の記事にするのはどうかなと思う内容なので、急きょ愛犬の散歩の途中にもう一つ考えたのがこの作品です。
念のため、実話ではありません(笑)
長年判らなかった曲名が最近判明したのは事実ですけどね。
散歩先の道の駅で、愛犬の相手をしてくれたのは女の子ではなく、40代ぐらいのきれいな女の人でしたし、その時アイポッドを聞いていたのは僕でした。
それだけをヒントに帰りの道すがらお話を作って、帰ってすぐに文章にしました。
お正月にふさわしく、なるべくハッピーな内容にしたかったのですが、やっぱり、ちょっとほろ苦系になりました(笑)

もう少し書いておこうかな。
「ラブミーテンダー」をもう一度聞きたくて、でも曲名が判らず、「ソリチュード」というFBのアルバムを買ったのは事実です。
実は「ラブミーテンダー」は僕が録音したMDの中に入っているはずだったんです。
ところが100枚近くあるMDのどれに入っているのかが判らない。
そのMDは、有線放送から当時のヒット曲をただただ分類もせず録音したものだったので、MD自体に番号は振ってあるものの何番に入っているかが判らない。
もう長い間、再生した事もなく、抜けている番号もあって、確実にその中にあるかどうかもわからない。
それでもどうしても聞きたくなって、ある日MDを1枚1枚再生してみることにしたんですよね。
アイポッドを買ったので、もう使わなくなってしまったMDプレーヤーで。
「いったいどれぐらい時間がかかるんだろう、めんどくせー」と思いながらね。
そしてその最初に手に取ったMDの1曲目が「ラブミーテンダー」だった時はびっくりしました。
いやいや、すごい偶然ですよね。
その偶然の出来事の感じを物語に形を変えて入れてみました。

D-ROOPというグループ名も覚えてなかったので、ネットで検索したんですが、ボーカルのMINAMIさんが2010年1月に亡くなっていたのを知って、ちょっとショックでした。
その後どんな曲を出してらっしゃるのか聞いてみたかったんです。

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Commented by 春待ち りこ at 2011-01-03 19:43 x
あけましておめでとうございます。

想い出の曲を中心に展開していく
ちょっと切ないラブストーリー
素敵でした。
心の傷を。。。想い出に変えながら
人は、成長していくものなのでしょうね。
主人公の新しい恋が、素敵な恋になりますように。。。
そんな事を思いながら。。。
拝読させていただきました。

ラブミーテンダー。。。いい曲ですね。(^^)v

今年も素敵なお話。。。楽しみにしています。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
Commented by marinegumi at 2011-01-03 21:30
りこさん今年もよろしく。

ラブストーリーなんて、昔の自分は絶対に書かなかったですよ。
オチのついたショートショートばかり書いていました。
でも単なるラブストーリーは今でも書かないでしょうね。
ちょっとひねりの利いたものを書いて行きたいと思います。
>素敵でした。
と言われて、「え?」っと思ってじっくり読みなおしてみました。
そのあとに「ラブミーテンダー」を聞くと、自分ながらちょっとうるっと来ましたね。
なるほど(笑)

例の小説は明日か明後日にアップしますよ。
Commented by y_fstw at 2011-01-11 23:56 x

 せつない話です。
 物は捨てられても曲の記憶は消えないんですよね。
 私は10年待たずに次に向かってしまうなぁ。現実はなかなかそうはならないですが…。
Commented by marinegumi at 2011-01-12 00:43
y_fstwさんこんばんは。
そうですねー、せつないです。
新年1作目なので、精一杯明るいものを書こうとしても、こんな感じになりました。

10年と言う設定はちょっと長すぎましたね。
僕の場合5年でした。
いや、このストーリーとは全然違いますよ。
あくまでこれは現実のほんのちょっとのヒントで作った小説ですから。
by marinegumi | 2011-01-03 15:59 | 掌編小説(新作) | Comments(4)