尾崎豊が死んだ (8枚)

1992年4月25日。
朝のテレビを見ている時、ニュース速報で「尾崎豊死亡」の文字を目にした。
しかしそれはただの文字でしかなかった。
何の意味も持たない数十個の漢字と仮名に過ぎず、何の感情も持ちようがなかった。
その時は。
一日中いろんな番組で尾崎豊死亡のニュースを聞き、目にして行くうちにやはり彼は死んだのだと言う思いが僕の中で、大きく重い物に変わって行くのが解った。



そしてあくる朝目が覚めた時、この世にはもう尾崎豊がいないんだと言う事実を改めて思い出した。
起きてほんの数秒間、僕はその事を忘れていたのだ。
その数秒間はいつもの朝と変わらず、普通に幸せな気分だった。
間もなく僕は尾崎豊が死んだと言う事実に押しつぶされ、ベッドから体を起こす事さえしばらく出来なくなってしまった。
彼のいない世界なんてこれまで想像したことさえなかったと言うのに。
それほどたくさん彼のコンサートに行ったわけではなかったが、あの魂の叫びそのもののような歌が、もう二度とライブでは聞けなくなったのだという事実が、どうしようもなく悲しかった。
街へ出てみた。
灰色の街並みを背景に車の騒音に交じって尾崎豊の歌が複数、小さく聞こえた。
それはどこかのアパートの一室のテレビ番組だったり、街角のレコードショップからだったりした。
が、その歌は、なぜか心に響いては来なかった。
ポケットのウォークマンで彼の歌を思いっきり大音量で聞いた。
それでも同じように何の感情も湧いて来なかったのだ。
尾崎豊が生きている世界だからこそ彼の歌が心に響いていたとでも言うのだろうか?
彼がいなくなったこの世界では、彼の歌ももうすでに抜け殻になってしまったとでも言うかのように。

その時、僕は気がついてしまった。
排気ガスの匂いの中、歩道橋の上からすすけた街を見下ろしている時にそれが解ってしまったのだ。
この世から尾崎豊がいなくなったのではなく、僕が尾崎豊のいない世界に飛ばされて来てしまったんだと。
あのニュース速報を目にした朝。
あの日、目覚めた時にはもうすでに僕は尾崎豊がいない世界に来てしまっていたのだ。
あり得ない事だったが、強くそんな気がして、僕は本当に心細くなっていた。
尾崎豊がまだ生きている世界に戻りたいと本気で思っていた。

そこまで尾崎豊が僕の中で大きな存在だったのかと、しばらくの間、何も手に付かずに過ごしていたある日の事。
ふと疑問が生じた。
前から違和感を覚えていたのだが、今、はっきりとその原因が解った。
テレビなどで耳にする尾崎豊の読み方だ。
誰もかれもが「おさきゆたか」と発音していた。
僕の記憶では「おざきゆたか」だったはずだ。
いや、絶対に「おざきゆたか」でなければおかしい。
それから尾崎豊の歌の歌詞だ。
テレビやラジオ、また、僕が持っているCDにしても、その歌詞が僕の記憶と微妙に違うのだ。
例えば「秋風」だ。
「過ぎた夏の記憶が おとす影の色は暗いよ」という部分は、僕の記憶では「過ぎた夏の思い出が おとす影の色は濃いよ」なのだ。
また有名な「卒業」では。
「孤独 瞳にうかべ 空しく歩いた」と言う所は「孤独 瞳にうかべ 寂しく歩いた」でなければならなかったのだ。
そんな小さな「ずれ」がいくつもいくつも出て来るばかりで、僕は自分の記憶を信じていいのか、僕の周りで鳴り続けている尾崎豊(おさきゆたか)の歌が本当なのか、日に日に大きくなる違和感に悩まされていた。
そして、次第にそんな事に悩まされるのに嫌気がさして来て、深く考えるのをやめてしまった。
なるべく気にしないでおこうと思った。



それから十数年もの時が流れ、大好きだったミュージシャンが何人も死んだ。
つい最近では忌野清志郎だ。
彼の死もまたショックだった。
2009年の間寛平のアースマラソンのゴールの時には、あんなに元気に間寛平を出迎え、歌を披露したのが記憶に新しい。



でも、何と言っても尾崎豊に匹敵するほど打ちのめされたのはジョン・レノンの死だった。
2010年10月9日に70歳で肺がんのために亡くなったのだが、その日はちょうど彼の誕生日だったと言う。
1980年12月8日にマーク・チャップマンに銃撃されて、瀕死の重傷を負ったものの奇跡的に命を取り留め、ジョン・レノンは不死身だと世のファンを驚かせたものだったが、病気には勝てなかったという事だ。


僕にはもう一人、絶対に死んでほしくないミュージシャンがいる。
その人の名は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト。



いや、いくらなんでも、モーツアルトだって?
クラシックというジャンルを超えて、最近新しい音楽的な試みを始めた彼は今年でいったい何歳になると言うんだろう。
まあいいか。
深く考えない事にしたのだから。



おわり



ジョン・バリーが亡くなってショックを受けている様子の矢菱虎犇さん。
誰にでもそんな大事な人がいるんだなと思いました。
そういう人に死なれるというのは、肉親の死とはまた違ったダメージを受けますよね。

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Commented by りんさん at 2011-02-06 00:37 x
海野さんもオザキのファンだったんですね。
私も好きでした。
コンサートも3回ほど行きました。
一番前で見て、オザキとハイタッチしたこともあります。いいでしょ^^
だからあのニュースは衝撃でした。
しかもオザキが亡くなった4月25日は、私の誕生日。。。
娘にその話をすると、
「そうなんだ。じゃあママの誕生日は、嬉しいやら悲しいやらだね」と大人みたいなことを言われて思わず笑いました。
彼が今も生きていたら、どんな歌を歌っているでしょうね。
Commented by ヴァッキーノ at 2011-02-06 14:37 x
ボクの友達の彼女が尾崎ファンで
高校生の時だったんですけど
友達が告白のかわりに、お昼の放送で
「IloveYou」をかけてくれって
ボクにお願いしてきたんです。
ボクの放送担当は水曜日で、映画音楽しか流さなかったんですけど
しょうがなく、尾崎をかけました。
で、告白は大成功!
その女の子、泣いてたっていうんです。
忘れもしません、その日は、クレイマー・クレイマーとピンク・パンサーをかけようと準備してたんですよ。

尾崎と聞くと、そのことをまず最初に思い出します。
Commented by marinegumi at 2011-02-06 20:16
りんさんこんばんは。
りんさんごめんなさい~
実は僕は生前の尾崎豊はほとんど知りません。
亡くなった時にそんな歌手がいたんだ?ぐらいでした。
でもまあ、亡くなってからは興味を持って聞くようにはなりましたけれど、そんなに熱狂的なファンではありません。
僕の場合、ある漫画家さんが亡くなった時に「自分がその漫画家さんがいない世界に来てしまった」と言う感じを持ってしまったのを思い出して、小説にするときに尾崎豊を持ってきたわけです。

誕生日、そうなんですね。
>嬉しいやら悲しいやらだね
と言うのは、ませた言い方が面白くて素晴らしいですね。
でもまあ、子供ならではかもしれません。
年をとるのがだんだん悲しい事になってくると、「悲しいやら悲しいやら」になっちゃいますよね。
Commented by marinegumi at 2011-02-06 20:22
ヴァッキーノさんこんにちは。
尾崎を聞きながら、どうやって告白したのでしょうかね。
その辺の事をもっと詳しく‥知りたくなんかないですよー
人のうまく行った話なんかね。
でもテクニックとしては知りたいかもしれません(どっちなんだよー!)

ところで、一番お聞きしたいのはこのお話の感想なんですけどね。
Commented by 春待ち りこ at 2011-02-07 00:36 x
パラレルワールドですね。(笑)
先日、新井素子先生のパラレルネタの本を読みました。
みなさんも。。。パラレル。。。ネタ。。。
なんだか、私も書きたくなりました。クスクス(´艸`o)゚.+:

微妙に、でも確実に違う二つの世界
楽しめましたよ!!!
ジョン レノン。。。
あの時、生きのびたんですね。
お話の中でだけど。。。嬉しくなっちゃいました。
あれは、ショッキングな出来事だったから。
尾崎さんの曲は、昔よく聞きました。
彼が亡くなったのも、びっくりでしたね。

個人的には、zardの坂井泉水さんが亡くなったのが
最もショックなミュージシャンの死でありました。
彼女は、弟の子供の頃からの友人でしたから。

パラレルワールドが本当にあって
そこでは今も、彼女の歌声が響いているかも
(・・*)。。oO(想像中)
そう思うと、なんだかちょっと嬉しくなります。
パラレルワールドって、いいかもしれない。(笑)

モーツアルト、お知り合いでしたら、ご紹介ください。
ぜひ、弟子にしていただきたい。フフフッ

とても、面白かったです。ありがとうございました。
Commented by 春待ち りこ at 2011-02-07 00:56 x
あと。。。
ブログのリンクを張らせていただいちゃいました。
勝手にすみません。
ダメなら、すぐ外しますので、言って下さいね。
Commented by marinegumi at 2011-02-07 23:59
りこさんこんばんは。
パラレルワールド物と言えるかもしれませんね。
でも僕の中では、もう一つの世界物と言う感じなんです。
パラレルワールドと言うのは、無数に並行して世界が存在していて、普通は一つの世界を生きて行くことしかできないのが、何らかの方法で隣の世界に入り込んでしまう。
で、そのまた隣、そのまた隣と言う風に少しづつ違う世界になっているというのが僕の思うパラレルワールドです。

うーん、ジョンレノンねー
70歳まで生きたという事にして書いたらなんだか、僕もちょっと嬉しくなってきましたね。
そういう風に想像するというのは故人を本当に死なせてしまわないための方法かもしれません。

坂井泉水さんの時もショックでしたね。
阪神大震災の時に非難所で「負けないで」がかかって、みんな勇気づけられたというエピソードがあります。
その頃からZARDを良く聞くようになりました。
でもでも、弟さんのお友達って?
ちょっとすごい事を聞いてしまいました。

ところでモーツアルトさんは、僕のおじい様がお友達でした(笑)
残念ながら、僕は面識はないのです。
Commented by marinegumi at 2011-02-08 00:00
リンクありがとうございます。
リンクはサイトーさんのブログから来てくれる人が多いですねー
どんどんお願いしたいです。
Commented by haru123fu at 2011-02-09 10:58
海野さんが尾崎豊のファンで、回想録なのかと思いながら、
読んでいたのですが、どうも小説の様な気がするなぁ。
って、感じがして、読み終えるとやっぱり小説でした。
あほな私です。
そして、最後に気づきました。海野さんの優しさに。

初コメントですが、これからもよろしくお願い致します。
リンクの快諾ありがとうございました。
Commented by marinegumi at 2011-02-10 00:35
haruさんおはようございます。
ありがとうございました。
それが一番正しい読み方ですね。
やさしさというか、願いですね。
すごい才能の持ち主が若くして亡くなるというのは本当に残念なことですから。
僕の場合、尊敬する漫画家さんの死が一番こたえたんです。
by marinegumi | 2011-02-05 21:17 | 掌編小説(新作) | Comments(10)