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黄昏のビー玉 (8枚)

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建物も道路も木々も行きかう人々さえ黄昏色に染まり、影の部分から闇の浸食がすでに始まっている。街は、そんな移ろいやすい時間の中にあった。
あなたは緩やかな坂道を登って行く。その坂道を登り切った所には川が流れ、コンクリートの橋が架かっていた。
あなたは仕事帰りで左肩にはショルダーバッグをかけ、右手には手袋を握っている。あなたには似つかわしくない小さな赤い毛糸の手袋だ。でもなぜかそれは右手だけだった。あなたが電車を降りた駅から、この橋までの道のりの途中で、あなたはそれを拾ったのだ。
それはまだ真新しく、道端のゴミ箱に放り込むのももったいない気がした。どうするかを迷いながら歩き、とうとうこの橋の上まで来てしまったのだった。
あなたはそれを夕陽に映える橋の手すりの上に置くことにした。この手袋の持ち主が探しに戻って来る事を考え、よく目立つその場所がいいように思ったのだ。
手袋がそこで大人しくしている事を確認する様に見ると、あなたは歩き出す。
橋を渡り終わったその先は下り坂になっていた。駅から橋までは緩やかな上り坂。この橋から先は結構急な下り坂になっている。駅前の整然とした道路とは対照的に古い狭い曲がりくねった道路が入り組んでいるのがあなたのいる場所からはよく見えた。
あなたは自分の家を目指して歩き始める。

次の日の夕暮時。あなたは昨日と同じ時間の電車で同じ駅に降り、しばらく歩いた所でまた落とし物を見つける。
小さな小さなクマのぬいぐるみだった。あなたは恐らく携帯のストラップにくっついていた物がちぎれて落ちてしまったんだと想像する。
それを拾い上げ、橋まで歩いて来ると迷う事なく昨日手袋を置いた手すりの上に置こうとした。
赤い手袋はなくなっていて、その場所に一つの赤いビー玉がキラリと光っていた。
橋の手すりはよく見るとその上面は平らではなく両側から真ん中に向かって少し傾斜があり、転がりやすい物でも手すりの真ん中に止まっている事が出来るようだった。
あなたは拾ったクマのぬいぐるみをビー玉の隣へ置いた。

また次の日の夕暮れ時。あなたはいつもの電車からいつもの駅に降りた。
そしてふと、こんな事をこれまで何十年も繰り返してきたような錯覚に囚われた。でもまだそれは1年にも満たないのだ。
あなたはしばらく歩いて行くと今日もまた落とし物を見つける。
それは透明な袋に入り、まだ使われた事のない手帳だった。表紙に猫のキャラクターがあしらわれたピンク色の、女の子が持つような手帳だった。
あなたは街にはいくらでも落とし物があるんだなと思う。今までは気をつけて見ていなかっただけで、一度拾ってしまった事で道路を見降ろして歩くのが普通になり、色んな物を見つけてしまう事になるんだと。
あなたは当然のようにその手帳を橋の手すりの上に置く事にする。
その場所にはビー玉が二つ並んでいた。一つ目は赤いビー玉。もう一つが茶色のビー玉で、クマのぬいぐるみはなくなっていた。
おかしな事があるもんだと思いながら、あなたは拾った手帳を茶色いビー玉の横に置いた。


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あなたは次の日も、また次の日も落とし物を拾う。
赤、茶、ピンクの三つのビー玉の横に消しゴムが。
赤、茶、ピンク、白の四つのビー玉の横に青い筆箱が。
赤、茶、ピンク、白、青の五つのビー玉の横に緑の帽子が。
そうやって橋の手すりの上のビー玉は増えて行った。

ある日落とし物を拾わなかった日。あなたは少し手持無沙汰な気持ちで橋の上にやって来る。
橋の手すりには、色とりどりの19個のビー玉が並んでいた。それぞれが夕陽の光の中で輝いていた。
あなたは手すりに近づいて腰をかがめてそのビー玉を一つ一つ見て行った。
あなたは気がつくと、それが当然の行動のような気持ちで、19個のビー玉を先頭の赤いビー玉から順番に指ではじき落とし始める。
一定の間隔で次々に橋の上にはじいて落とすと、ビー玉たちは坂道を輝きながら転がり、バウンドし、建物の塀に右に左にぶつかったりしながら道路を下りて行った。
あなたはそれを追いかけ始める。追いかけて行きながらどんどん坂道を下って行く。
ふと振り返ると、他の道路からも転がって来るビー玉が見えた。
たくさんの曲がりくねった入り組んだ道のあちこちからたくさんのビー玉が、夕陽の輝きをまとい、迷う事なく同じ方向を目指して転がって来る。
あなたにはそのビー玉たちは、あなたが落としたビー玉と同じ方向に集まって来るのがわかった。
あなたは狭い路地裏の道路に入り込み、突き当たりに煉瓦塀があるのを見つける。
ビー玉はその煉瓦塀に当たるとコロコロと右側に転がり、煉瓦塀とブロック塀の間の隙間に転がり込んで行った。
人が一人やっと通れるぐらいの幅のその隙間には、おびただしい数のビー玉が集まっていて、後から一つまた一つと新しいビー玉が増えて行く。あなたはガラス同士が触れ合う小さな堅い音を聞いた。
転がって来るビー玉もなくなり、あたりがすっかり闇に包まれる頃、闇の中でもなお輝いているビー玉たちをあなたは目にする。
それはそれほど明るい光ではなく黄昏の光をほんの少し蓄えてでもいるような、限りなく闇に近い光だった。
あなたはその中に幼い頃の自分の落とし物も混じっているような気がして、しばらく立ち尽くしていた。


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おわり




街角の落し物の角度を変えた姉妹編と言う感じの作品です。

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Commented by ヴァッキーノ at 2011-06-18 09:43 x
なんとも映像的な作品ですね。
実際にこんなことがあったら、ビー玉を踏んづけて
転んでしまいそうですけど、
やはり、詩的で海野さん独自の世界観が広がってますね。
落し物の話し、前も書いていましたよねって
言おうと思ったら、最後にそういう注釈があったので
やめます(笑)
あ、海野さんのアドバイスのとおり、画像が貼れなくても、「透明人間」の話し、書きました。
Commented by りんさん at 2011-06-18 15:01 x
素敵な話ですね。
状況が浮かびます。
たくさんのビー玉の中に、何を見つけたんでしょうね。
自分が拾ったものは、もしかしたら今までに自分が失くしたものだったのでしょうか。

そういえば、りこさんが「扉が開いた」の話を書いてましたよね。実は私も真似して書いてみたんです。
アップしたらお知らせします。
Commented by haru123fu at 2011-06-18 18:33
「黄昏のビー玉」なんてタイトルからしてステキですね。
主人公になった気分で、落とし物を一つずつ拾って歩きました。
これぞ海野さんの世界ですね。
扉が開いてすんなりと招き入れられてしまいました。
Commented by りんさん at 2011-06-20 19:21 x
こんばんは^^
「扉が開いた」のショートストーリーを書いてみました。よかったら読んでください。

それから、遅ればせながらリンク貼らせていただきました。事後報告ですみません。ご了承ください。
Commented by 春待ち りこ at 2011-06-20 21:04 x
美しい物語ですね。。。
たくさんのビー玉が闇に近い光を帯びて。。。
その情景が目に浮かんできます。

そっか。。。どこかに落として失くしたものは
ビー玉になるんですね。。。
この世のどこかにそのビー玉の集まる場所があって
持ち主を失ったビー玉たちが。。。淡く光っているのでしょう。
どうしても、見つけたい失くし物があったら
まず、ビー玉の闇に近い光を見つけ出さなければならないのですね。
このお話のように。。。ビー玉をはじいて
そっと。。。そのあとを追いかける。
いつか失くしてしまった私の落し物も
そうすれば。。。見つかるんでしょうか?
(・・*)。。oO(想像中)
なんだか、見つかる気がしてきました。

素敵な物語をありがとうございます♪
Commented by marinegumi at 2011-06-21 00:12
ヴァッキーノさんおはようおざいます。
おおー、そうかぁー
映像的な作品ってこういうのなんですね。
映像的な作品にあこがれていたんですが、いつの間にか書けるようになってた、と言うところでしょうか?

ふんずけたら転んじゃいますよね。
最初のイメージではビー玉の数はそんなに多くなくて、なんだかだんだんイメージ的に増えてしまいました。

街角の落し物姉妹編。
も一つぐらい書いてもいいかな?
Commented by marinegumi at 2011-06-21 00:19
りんさんこんばんは。
>自分が拾ったものは、もしかしたら今までに自分が失くしたものだったのでしょうか

そういう解釈も有りですね。
拾った手袋は主人公には似つかわしくない、と言う表現があるんですが、それが似つかわしかったころの落し物なんでしょうか?
そう考えると、お話に深みが出て来ますね。

りんさんの「扉が開いた」がアップされる前にコメントしようと思っていたんですが、遅くなってしまいました。
なんか気分が充実しなくて。
充実しないのにピグで遊びまわっていたりしてねー
なんだか疲れているのに、ピグで遊んでると元気なような気がするんですよね。
それで余計に疲れちゃうと言う悪循環。
Commented by marinegumi at 2011-06-21 00:25
haruさんこんばんは。
今回のタイトルちょっと考えましたよ。
いつもならすんなりと言うか、なんとなく決まってしまうタイトルが、今回は書き上げても決まっていませんでした。
ちょっといろいろひねくりまわして、落ち着いたのがこのタイトルです。

>扉が開いてすんなりと招き入れられてしまいました

なんでも「扉が開いた」に結び付ける病気にかかってません?
僕がまさにそうなんです。
でも後1本で50本コンプリートです。
やっと解放されるー
Commented by marinegumi at 2011-06-21 00:28
りんさんこんばんは。
見に行きますねー、と書いていますがもう読んできました。
もう一度感想を書きに行きます。
リンクありがとうでーす。
Commented by marinegumi at 2011-06-21 00:36
りこさんこんばんは。
なんだかりこさんのコメントが、ビー玉のように光っていますね。
ヴァッキーノさんのおっしゃるようにこの作品は映像的で、殆ど主人公の感情が描かれていませんよね。
りこさんのこのコメントはその足りない部分を補ってくれている気がしました。
足りないかどうかは分かりませんが、そういう感情的な物も入れて書くと言う方向もあったかもしれませんね。
Commented by y_fstw at 2011-07-01 04:11 x
 話を読んでいる間ずっと、私が橋の欄干に座っていたら、何色のビー玉になるのかなぁ、と考えていました。淀んだ……あんまりいい色にはなりそうにないです。海野さんは澄んだ海の色ですかね。
Commented by marinegumi at 2011-07-06 11:21
y_fstwさんおはよう(?)ございます。
ははー、欄干の上に人が座っているとビー玉になっちゃう。
物だけではなく。
そういう発想もいいですね。
y_fstwさんのビー玉は無色透明だと思います。
ハンドルネームからはどんな人物なのかが全く想像できないからですけどね。
by marinegumi | 2011-06-17 01:23 | 掌編小説(新作) | Comments(12)