星のエスカレーター (9枚)

アトマシン・シリーズ 2

はるかな外宇宙からやってきた「それ」は密度の高い気体の状態のままで空中を彷徨っていた。

「それ」は自分を生み出した「マスター」と共に、この星へやってきたのだが、彼らはもう遠くへ行ってしまったのを感じていた。
「マスター」の役に立つために作られた「それ」には感情はなかった。だから、ささやかな手違いのために、置き去りにされた事を特に嘆いてはいなかったのだ。「それ」の基本的な機能として新しい自分の「マスター」が見つかるまで、待機している状態だった。
自分を本当に必要としてくれる知的生命体が見つかるまで。


翔太はまだ2歳だった。だから、自分がなぜこんな山奥に車で運ばれ、一人っきりで置き去りにされたのか見当もつかなかった。
雪がうっすらと積もった、道らしい道もない結構高い山の中。しかも真夜中で、明りの一つも見えない場所だった。さらに悪い事に、彼はパジャマのままで裸足だった。
翔太はひとしきり母親の名前を呼んで泣き続け、泣き疲れて、とぼとぼと歩きだした。始めにどっちを向いて歩こうかと、小さいながらも考えた。大人なら山を下る方向に歩いただろうが、彼は違った。
山を下る方向は真っ暗で、山の上の方には星が瞬いているのが見えた。
翔太はそんなわずかな光を目指して歩き始めたのだった。
ほんの2歳の幼児が冬の夜中、草木の生い茂る山をどれだけも移動する力はないだろう。すぐに歩き疲れてしまい、眠り、凍死するまでにそれほど時間はかからないはずだった。

翔太は30分ほどは我慢して歩いた。「アンパンマンマーチ」を歌ったり、自分が戦隊ヒーローになったところを想像したり、立ち止まって「おかあさーん」と何度も叫んだりしながら。でもほんの2歳の幼児だった。
間もなく木の根元に座り込んでしまい、震えながら声もなく涙を流すしかなかった。
山の暗さに恐怖を感じていた間は眠気はやってこなかったが、それも長続きはしなかった。翔太の体温は次第に奪われ、意識はもうろうとして来た。
彼は思い出していた、楽しかったあの日の温かな場面を。

それは1週間ほど前に行ったデパートだった。
暖かいコートを着せられ、父親と母親の間で両手をつなぎ、歩いたあのきらびやかなデパートの光景を彼は閉じたまぶたの裏の闇に見ていた。初めてのデパートで、初めて乗ったエスカレーター。
長いエスカレーターの上がって行く先には照明を落とした暗い天井に小さなLEDランプがたくさん輝いていた。そのデパートのエスカレーター周りの天井は、星空をイメージしてディスプレイされていたのだ。
翔太はその記憶の中の映像と星空とを重ね合わせ、夢に見ていた。
寒く、心細い山道を必死に歩いている時に、楽々と自分を運んでくれたあのエスカレーターの事を思っていたのだった。

上空を風に乗って彷徨っていた「それ」は、か弱い心の叫び声を聞いた。
わずかな、ほんのかすかなその脳波の主は確かに自分を必要としているようだった。

その知的生命体の子はひどく弱っていた。しかし、必死に何かを求めているその意思は頑なで強力だった。
彼が必要としているのは「えしゅかるーたー」という名前のものらしかった。
知的生命体の子はそれに乗って星空へと登っていく場面をイメージしていた。
それは宇宙船なのだろうか?それとも軌道エレベーターの類なのか?
「それ」は薄れて行く彼の意識を汲み上げ、分析し、彼が必要としているその物に姿を変えようとしていた。

翔太は自分がたくさんの明かりに包まれているのに気がついた。そして体は嘘のようにポカポカと暖かかった。
彼は両親と行ったデパートで乗った、あのエスカレーターに足を置いて立っている自分に驚いた。いや、そこはデパートではなかった。そのエスカレーターは、デパートにあった物よりも、ずっとずっと長かった。翔太の乗ったエレベーターは先が見えなくなるまで遠く長く、星空目指して続いていたのだ。
翔太は下を見下ろした。かなり登って来たらしく、真っ暗な山の暗闇の向こうに小さく町の明かりが見えていた。そして上を見ると、きらきらと無数に輝く星空を、ほぼ無音でどんどん伸びて行くエスカレーターが細く糸のようになるまで続いていた。

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翔太の父親は駅の通路で、家からの電話を聞いて青ざめた。妻の言葉は信じられないものだったのだ。
「翔太がいなくなった?そんなばかな!」
妻はうろたえるばかりで、話は要領を得ない。どうやら誰かが家に忍び込み、眠ったばかりの翔太を連れ去ったようだった。
「すぐに帰る!」
父親は改札口を抜け、エスカレーターに乗った。その速度のあまりの遅さにいらついて、人をよけて駆け上がり始めた。
その時、天井に星空が見えた。気がつくと周りの人はいなくなり、彼だけがそのエスカレーターに乗っていた。星空に伸びる、どこまで続くとも知れない長い長いエスカレーターに。

警察に連絡を済ませたもののそれから何をすればいいのか翔太の母親はうろたえていた。
「そうだ、翔太の写真を…」捜索のために警察に見せる写真を用意しようと、やっとそれを思いついて2階への階段を上がりかけた。
その時、何か機械音がして階段が上に動き始めたのだ。上を見るとそれはエスカレーターになっていた。2階の天井よりはるかに高く長く、それは登って行った。星空を目指して。

星空の、一つの明るい星がさらに明るさを増したと思えば、見る間に1本の長いエスカレータになり、翔太の家の庭に突き刺さるように固定された。
やがてそのエスカレーターに乗って下りて来る人の姿が見え出す。
両親の間で手をつないだ翔太がうれしそうにはしゃいでいる。二人の手にぶら下がり、持ち上げられたりしながら笑い声をあげている。
三人が庭に降りると、その瞬間、エスカレーターは何の痕跡も残さずに消えてしまった。
そして三人を包んでいた暖かい空気のバリヤーも消えていた。

警察が到着して、到底信じてもらえない部分は省略して事情を説明している所に家の電話が鳴った。
父親が出ると、それは何かで口を覆ったような、くぐもった男の声だった。
「子供は預かった。2000万円用意しろ。警察には言うんじゃないぞ」
「あの…」
「子供は無事だ。言う通りにすれば無傷で帰してやる」
父親は、翔太を殺すつもりで山に放置した犯人に怒り、罵倒したい気持ちを抑えながら、そばにいる刑事からの、電話を長引かせるための指示に従った。

「えちゅかれーたー」に姿を変えていた「それ」はまだ翔太の家の上空に密度の高い気体の状態で漂っていた。
そして間もなく自分がもう必要とされてはいないのを感じ取ると風に乗って移動を始めた。
次の、自分を本当に必要としてくれる知的生命体を探すともなく探しながら。



おわり



この作品は日本ブログ村のトーナメント機能を使って、川越敏司さんが企画した「エスカレーター」をテーマにしたショートストーリートーナメントのために書きました。

トーナメントの投票には参加しますが、自分の作品には常に引き分けに投票する事にしました。。

小説のアイデアに詰まったら、何かの募集のテーマに乗っかって考えるのもいいかもしれないと思いましたよ。自分でまずテーマを決めてから考え始めるとかね。

ところで、「エスカレーター」か「エスカレータ」で迷いましたが、Wikipediaでは「エスカレーター」、メーカーの三菱電機のホムペでも「エスカレーター」なので、「エスカレーター」にしました。


「アトマシン・シリーズ」と言うのを、さきほどでっちあげました。
その1はこちらです。
    ↓
「自動販売機」

「アトマシン」と言うのは「ナノマシン」よりさらに小さい機械と言う設定です。
「ナノ」は十億分の一、「アト」は百京分の一。
「ミリ」が0.001に対して「アト」は0.000000000000000001の大きさ。
よくわかりませんが、そういうことらしいですね(笑)

最初は「ナノマシン」より1段階小さい「ピコマシン」かなと思ったんです。
「ピコマシン」って響きが、かわいくていいかなと。
でもネットで検索すると、結構使われているようなので、次にさらに小さい「フェムトマシン」に決めていたんですが、あまり可愛くない(笑)
というわけでさらに小さい「アトマシン」で決定しました。
「ピコマシン」にはかなわないけど、なんとなく「アトム」っぽくてちょっとかわいいネーミングでしょ?

ショートストーリー「エスカレータ」ブログトーナメントに参加するものの、準決勝進出ならず。



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Commented by haru123fu at 2011-09-23 13:06
ファンタジーエスカレーターですね。
私のところにも来てはくれないでしょうかね。すぐ乗っかるのに。
「遠いかくれんぼ」やっとできました。たった今UP致しました。ありがとうございました。
Commented by marinegumi at 2011-09-23 16:20
ファンタジーっぽいですが、これはSFですよ。
アトマシンは普段は気体で、「マスター」の要求があればどんなものにも姿を変えられる超科学の産物なんですね。
それが地球に取り残された今も、見知らぬ人類の要求を何とか読み取り、役に立とうとするシリーズです。

異星の産物なので、人類となかなかコミュニケーションがうまく取れず、この作品の場合、めちゃファンタジーな結果になっちゃったんですね。
本来なら、家まで帰れる乗り物を要求すれば済む話ですからね。
Commented by 春待ち りこ at 2011-09-24 00:16 x
うわぁ~。SFですが。。。ファンタジーですね。
知的生命体が2歳児だと。。。
こんなSFファンタジーな結末になるんですね。
私、こういうの大好きです。
星明りを目指して
山を登ってしまう発想は。。。
やっぱりファンタジー要素が満載かも。

「えちゅかれーたー」という文字を見たときに
つい満面に笑顔が浮かんでしまいました。
海野さんのセンス。。。とっても素敵♪

「マスター」の望むものに姿を変えられる「それ」。。。
野望や絶望を心に持つものと出会ってしまったら
人類にとって、もっとも恐ろしいものにさえなれるであろう「それ」

だけど。。。「えちゅかれーたー」になったんですね。
あっ。。。また。。。つい笑顔になってしまいました。(*^_^*)

次は、どんなものになるんでしょう。。。「それ」
怖いものには、ならないでほしいなぁ。
楽しみました。ありがとっ♪
Commented by りんさん at 2011-09-28 19:05 x
いいですね。
山で体力がなくなっていく中で、エスカレーターを思い出すのが2歳児らしくてかわいい。
エスカレーターが幸せな家族の象徴みたいで、すごくいいなと思いました。
最後に3人でエスカレーターを降りて来たときは、ホッとしました。
トーナメント、私は海野さんに投票しましたよ。
一通り読みましたが、みんな面白かったです。(小説以外もありましたが)
Commented by marinegumi at 2011-09-29 00:31
りこさんこんばんは。
お返事遅くなっちゃいましたね。
携帯ではコメント見ながら返事を書く事が出来ないし、打つのがまどろっこしいんですよね。

>星明りを目指して山を登ってしまう発想
これは書きながら2歳児はこんな時にどう反応するのかなと思って想像してみました。
地形的に下る方向が真っ暗だと、星明かりでも目指すのじゃないかと。
>「えちゅかれーたー」
は読み直してみて、自分でも笑ってしまいました。
>人類にとって、もっとも恐ろしいものにさえなれるであろう「それ」
そうなんですよね。
「それ」の事を完全に理解して、利用しようとする人間が出てくるのか?
それは異星の超科学の産物ですから、何か歯止めが用意されているといいのですが。
「それ」は異星人の宇宙船に空気のように満たされていて、乗組員のためにいろんなものに姿を変える。
宇宙船の外に出る時にも乗組員のまわりに漂っていると言う感じですね。
Commented by marinegumi at 2011-09-29 00:43
りんさんこんばんは。
冬の寒い時期、暖房の行きとどいたきらきらと輝くデパートの中って、子供にとって別世界だと思いますね。
おしゃれして、あったかいコートを着せられてクリスマスの季節あたりに、両親に手をひかれてデパートでお買いものなんて、幸せな家族その物だと思います。
それを思い浮かべてエスカレーターを降りてくるシーンを書きましたよ。
投票ありがとうございます。
投票に参加する人ってどれぐらいいるんでしょうね。
少なそうだから、1票の重みが大きいかな。
そう思って、自分の投票には「引き分け」に入れる事にしました。
Commented by 川越敏司 at 2011-09-30 08:21 x
海野さん、準決勝に進出できずに残念でしたね。
ずいぶん力のこもった作品だと思いました。アイディアや内容はとてもよかったのですが、ちょっとカットバックとか、シーンが多すぎたのが、ちょっと読みずらかったかな?とは思いました。
アトマシン・シリーズはこれからも続くんでしょうか?誰がどういう原理でまたどういう目的でこれを発明したのか、興味があります。
あと、エスカレータかエスカレーターかですが、JIS規格に沿って「エスカレータ」としています。また、業界団体でも日本エレベータ協会となっております。
Commented by marinegumi at 2011-09-30 08:55
川越さんおはようございます。
残念でしたー
こういう事なら自分に投票すればよかったかな?(笑)
しませんけど。
知り合いの人以外の作品もなかなかの力作でしたね。
投票するのも迷ってしまいます。

アトマシン・シリーズ、たぶん続くと思います。
最初の作品は、シリーズ物として書いたんですが、続きを書く気が全然ありませんでしたから、何かの拍子に書くんでしょう。

>エスカレータかエスカレーターか

正式には「エスカレータ」なんですね。
でもまあ、一般的には「エスカレーター」と言う事かもしれません。
ちょっと違いますが、「日本」の読み方ですが、正式には「にっぽん」ですね。
僕は「にほん」が好きなんです。
だって、「日本酒」や「日本髪」は「にっぽんしゅ」「にっぽんがみ」とは言わないでしょ(笑)
全部「にっぽん」と言うとおかしなものが出てくるけれど、「にほん」ならそういう事はないんじゃないかと。
by marinegumi | 2011-09-27 23:28 | 掌編小説(新作) | Comments(8)