窓/少年 (7枚)

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少年の病室の窓から見える景色は、すっかり葉を落としてしまった落葉樹の林だった。
この見ているだけで心が寒くなって来る風景を目にするのは、これで何年目なのか、少年はもう考えない事にしていた。
病室は暖かく、ベッドの上で布団から上半身を出していても平気だった。しかし、外の風景が目に入るたびに、ふと、冷たい風が吹き込むような気がするのだった。
少年はベッドの上から精一杯右手をのばし、手のひらで窓ガラスに触れて見た。それはとても冷たかった。その氷よりも冷たい感触は、終わりのない冬の温度だ。死の暗闇へとつながる冷たさなのだ。
少年は手のひらを目の前に持って来るとじっと見つめた。それは冷たさのため、うっすらと赤くなっていた。
「僕はまだ死なないよね」
少年はかすれた声で呟いた。


窓の外の景色は緑にあふれていた。若い黄緑色の木の葉が一斉に木々を飾り、季節は春を迎えていた。
少年は不自由な体で精一杯右手をのばし、窓ガラスに触る。それは少年が想像していたほどには暖かくなかった。まだまだひんやりと、死の予感のように冷たかった。
春の風景を目にした少年は、死からわずかの間だけ猶予を与えられたと思った。少年にとって死と冬は直結していたのだ。
しかしそれも束の間だ。すぐに次の冬がやって来る。ほんの短い間暖かい季節になったとしても、すぐにまた死の季節が来る事に何の変わりもないのだ。


夏になった。
窓の外の緑は濃くなり、木々は太陽が照り返す暑さの中でぐったりとしているように見えた。
そんなある日、やけに病室が暑く感じた。
「ごめんね坊や、暑くなったでしょ?窓を開けるわね」
と言いながら看護師さんが入って来た。
病院は年中エアコンが効いていて、窓が開かれることはめったにない。
「冷房の機械が故障しちゃって、今直してもらってるからちょっと待ってね」
窓を開くと、風が吹きこんで来たが、それほど涼しい風ではなかった。締め切っているよりはちょっとましと言うぐらいになった。
少年は右手を上にあげて風を感じた。これが夏の風なのかと少年は思った。窓の外からは風だけではなく色んなものが運ばれてきた。
セミの鳴き声だ。少年がずっと幼い頃にお父さんに連れられてセミ捕りに行ったかすかな記憶がよみがえった。
風にそよぐ木々の葉の触れ合う音も聞こえた。
積乱雲の向こうから何の音か定かではない、ごうごうと鳴る遠い音も響いていた。
少年は手を思い切り伸ばし、窓枠に置いて、手のひらを上にする。
手のひらは夏の太陽に照らされ、少年は夏を感じた。
彼は指を閉じたり開いたり、まるで夏を掴もうとでも言うように動かした。
するとその手にポトリと落ちるように飛び込んで来たものがあった。赤い体に黒い斑点のナナホシテントウだった。
少年は手を目の前に持って来るとそれをじっと見つめた。その虫も少年の幼い頃の記憶にちゃんと残っていた。
見ているうちにナナホシテントウは飛び立ち、病室のカーテンにとまり、今度は窓の外へと消えてしまった。虫を目で追っていた少年は手のひらに目を戻した。手のひらにはまだあの虫の動く感触が残っていた。
「夏だ…」
少年は小さくつぶやいた。


林の木々の葉はすっかり紅葉し、落ち葉が盛んに降り続いていた。
エアコンが故障を起こした日以来、少年は看護師さんに頼んで日中は窓を開けてもらうようにしていた。
秋も深まり、次第に気温が下がるにつれ窓は少しづつ狭く開けられるだけになって行った。
少年はそんな少しだけ開かれた窓から季節を感じていた。
枯れ葉の落ちる時のわずかな音。野良犬が落ち葉を踏んで歩く音。冬の予感を思わせる風の音。
その時、窓枠に枯葉が一枚引っ掛かった。それは半分丸まりかけて、ところどころ虫に食われていて、そのシルエットが小鳥のように見えた。それは風で動いて二、三度餌をついばむ様な動きをした。
「小鳥だ。小鳥が来たよ」
少年は病室を振り返った。今いたはずの看護師さんに教えようとしたのだが、もう出て行ってしまっていた。
その落ち葉が風に飛ばされると同時に林の中からたくさんの小鳥が一斉に飛び立った。


季節は移り変わり、窓の外はまた冬の景色になっていた。
窓はぴったりと閉じられ、もう看護師さんも開けてくれなくなっていた。
その日、窓の外には雪が降っていた。小さな粒の粉雪だった。窓ガラスにはうっすらと霜が着き、吹きつけられる雪もへばりついていた。
少年は思い切り手を伸ばして、手のひらを窓ガラスに当てて見た。
冷たかった。冷たかったが、今までの死の予感に満ちた冷たさではなかった。
「季節だ。季節が変わるんだ」
少年の声は小さかったが、かすれてはいなかった。
少年にとって、冬はもう死の代名詞ではなくなっていた。春、夏、秋の次に来る冬と言う季節。ただそれだけの事だった。
そう、いつかは自分は死ぬのだろう。もうすぐかもしれないし、遠い未来かもしれない。でもそれは冬のせいではないのだ。
少年が窓ガラスを手で押すと、窓はわずかに開いた。看護師さんは鍵をかけていなかったのだ。その隙間から一粒の雪が少年の手のひらに落ちた。
手を目の前に持って来ると、冷え切った少年の手の上でそれはしばらく雪のままだった。
「冬だ…」
少年はそれが溶けて水になり、さらに、戻って来た手のぬくもりで蒸発してしまうまでじっと見ていた。



おわり



ふと、なぜか漫画を描きたいような気持ちになったんですね。
それで考えたのが、「窓」と言うお話なんですが、この作品ではないです。
どう言う事かと言うと、漫画にしたいと思って考えたお話をいろいろいじくっている過程でもうひとつ出てきたお話が「窓/少年」で、最初に考えていたのを「窓/少女」というタイトルにして連作にする事にしたんです。
この「窓/少年」はちょっと漫画にはしにくいお話ですし、「窓/少女」の方も漫画にはせずに文章になるはずです。
いまさら漫画を描くにはちょっと体力がないと思いますね。

ところで、この作品の写真ですが、窓の写真と枯葉の写真を合成したものです。
その枯葉ですがもともとはこれです。
a0152009_1135332.jpg

それを漫画を描くソフト「コミックスタジオ」で小鳥の形にトリミングすると。
a0152009_1137630.jpg

こうなります。
それで窓の写真にペタリ、というわけですね。

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Commented by 川越敏司 at 2011-11-03 07:12 x
サイモン&ガーファンクルの「四月になれば彼女は April come she will」を思い出すような作品でしたね。ちょっと幻想的で意味深な歌詞なのです。
Commented by haru at 2011-11-03 08:18 x
ん!原稿用紙7枚!あ、朗読できそう……かな?
でも残された時間は今日一日だけ…ふぅ~ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
私の朗読の最初の作品が海野さんの「扉が開いた」で、
最後も海野さんのがいいなあ!
出来るかどうかわかりませんが、朗読させてもらって良いですか?お願いします。
Commented by marinegumi at 2011-11-03 08:27
川越さんおはようございます。
サイモン&ガーファンクルのその曲は、何度も聞いていますが、意味まではきちんと把握していませんでした。
こんど訳詞と照らし合わせて聴いてみようと思います。
Commented by marinegumi at 2011-11-03 08:33
haruさんおはようございます。
もちろん朗読は良いんですが、気になる事をおっしゃいますねー
最後の作品って、ど・ゆ・こ・と??ですよー
もうしばらくは朗読を辞めようと言う事ですか?
やめなければいけない事情がある?
想像するに、しばらく入院と言う事になってしまったとかですか?
もしそうだとして、まあ、ずっと前から入院を勧められていたのに出来なかったという事なので、それはそれでいい事かもしれませんね。
たぶん一時休止と言う事だと思っています。
Commented by haru at 2011-11-03 08:49 x
はい!明日入院します。どうしても体調が優れず自宅療養でなんとかと思っていましたが、お医者さんの言うとおりにして、もう少し頑張ってみようかと思います。
なので、暫く朗読は出来なくなります。
海野さんには沢山アドバイスを頂きありがとうございました。
今日は、思う存分(?)朗読をして。(笑)
海野さんの作品がUPされていて嬉しかったです。
Commented by marinegumi at 2011-11-03 11:45
やっぱりそうなんですね。
おばあちゃんを預かってもらえるようになったんですね。
元気になって近いうちにまた会える事を信じて待っています。

でも、この作品って、入院する前に朗読するのにあまりにもぴったりしすぎていますね。
何かの不思議な巡り合わせですかね。
同じ病院を舞台にしたものでも、暗い結末の作品でなくてよかったです(笑)
Commented by 春待ち りこ at 2011-11-03 14:42 x
深みのある作品ですね。
冬の冷たさと死。。。
このイメージが固定化されてしまった少年の心
窓を開けることで。。。季節が変化することを体験する
冷たさと温かさ。。。両方を感じることで
冬は、四季のひとつでしか過ぎないことに改めて気づき
がんじがらめの心が少し。。。解き放たれる

なかなか趣のあってよかったです。。。
読後になんとも言えない余韻が残りますね。
明日も。。。生きよって気になりました。。。

・・・・・・そして。。。
明日も。。。食べよ♪っと
私、未だに。。。
食欲の秋が。。。おわりません。(笑)

楽しみました。ありがとっ♪
Commented by haru at 2011-11-03 19:39 x
海野さん、ごめんなさいです。これでも一応主婦なのでまったくと言っていいほどPCに向かう時間が取れず。(泣)
朗読はあきらめて、退院してからの楽しみにします。
わーっ!早く帰ってきたいヨー!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
Commented by marinegumi at 2011-11-03 22:07
りこさんこんにちは。
りこさんすごいなー
この作品をきっちり要約してくれちゃってますね。
なんとなく書き始めた時はそういう方向性は見えてなかったんですよね。
書きすすめるうちにそんな感じにまとまってゆきました。
それをきっちり短く要約していただくと、そうか、初めからそういう方向で書くと、もっといい作品になったかもしれないと思いましたね。
ありがとうございましたー

この秋は読書の秋で行こうと思ったんですが、川越さんのよい影響か、いつになくハイペースで、小説が書けています。
Commented by marinegumi at 2011-11-03 22:11
haruさん、いいんですよー
朗読劇場第一部の最初の作品に選んでいただいたので、今度は第二部の最初の作品と言う事になると光栄です。
楽しみですか?
それは良かったです。
楽しみが待っていると入院もまた楽し?ってか。
行ってらっしゃいませ。
by marinegumi | 2011-11-02 18:34 | 掌編小説(新作) | Comments(10)