アフター・クリスマス (8枚)

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特にしゃれた店でもなく、レトロと言うにも程遠い古びた喫茶店の窓辺に若いカップルが座っていた。
二人の窓から見えるクリスマスの終わった街はイルミネーションもなく、ただ暗かった。
店内の客と言えばその二人だけで、彼らの会話も途切れ、小さく流れている音楽がなければしんと静まり返っていただろう。

「雪が降りそうだなー」
一樹は窓ガラスに頬をくっつけて空を見上げた。夜になって、急に冷え込んで来た、星の見えない空だった。
真奈はそんな一樹の横顔を頬杖をしながら見ていた。
「クリスマスに会えなくてごめんね、私の都合で」
真奈がそう言っても一樹はそのまま空を見上げている。
真奈には解っていた。一樹が返事をしないのは彼が上の空なのではなく、その態度とは裏腹に、緊張しているんだと言う事を。
真奈は助け船を出してやる事にした。
「で?何か言いたい事があるわけ?」
一樹はそのままの格好で目だけ真奈の方へ向けた。そして真奈の正面に座り直す。
「あのさー」
一樹は上着のポケットに手を突っ込んで、そのままで話した。
「俺さあ、クリスマスに言うつもりだったんだけどさ、機会を逃しちゃって…」
「そうだと思った。それで雰囲気的に切り出しにくくなったと言う訳ね」
「真奈にはかなわないなー。なんでもお見通しだ」
ポケットから出して来た一樹の手には小さな包みがあった。
「俺でよかったら…」と言いながらその包みをテーブルの上に置いた。
その時一瞬、店内の空気が変わったような気がした。ふと、ずっとかかっていたはずの音楽が、今は山下達郎の「クリスマスイブ」なのに真奈は気が付いた。
「で?」
「俺と結婚してみるか?」
「一樹らしい言い方ね」そう言いながら真奈はバッグの中から紙を取り出した。薄っぺらい小冊子だった。
「はいこれ」
真奈はその小冊子の、あるページを開いて一樹の前に置いた。
「『使用上の注意』?なんだこれ?」
それはちゃんと印刷されて製本されていたけれど、パソコンで作ったものだと言うのがわかった。

使用上の注意

●落とす、ぶつける、殴る、蹴るなどの衝撃を与えないでください。(故障、破損の原因)
●本体を急に引きずって移動しないでください。(脱臼の恐れ)
●大きな声を出さないでください。(漏水(涙)の原因)
●ひと月に1回はリフレッシュが必要です。

「なんなんだよこれ?」
まだまだ文章は続いていた。一樹が表紙を見ると、『取扱説明書 塚原真奈』と書いてあった。
「真奈の取扱説明書なの?」
「そういうことね」
「なんだこれ?写真が付いてる」
真奈の全身の写真にはいろんな場所に線が引っ張ってあり、それぞれ「頭」とか「手」とか書いてある。
「『各部の名前』だって?やりすぎだよー」
苦笑いしながら、一樹は次々読んで行った。

「それでさー、これがどうしたんだい?」
「うふふ…、最初のページを見なさいよ」
一樹は表紙の裏側のページを開いてみた。

●ごあいさつ
お買い上げありがとうございます。末永くご愛用ください。

「って、真奈…」
「よろしくお願いします」
真奈はテーブルの上の小さな包みを開いた。中の箱を開けると、真奈の誕生石、ルビーの指輪が出てきた。それを自分の薬指にはめると、顔の横で一樹に見えるように向けた。
「どう?」
「似合ってるよー」
「その説明書の7ページ目を見て」

●結婚指輪について
結婚指輪はダイヤモンドで、給料の1.5カ月分にしてください。

「それさー、去年だったら1カ月分だったのになー。待たせすぎたので、ペナルティーね」
真奈はくすくすと笑った。
「なんだよそれー!去年からこんなの用意してたのか?」
一樹はため息をついた。そしてペラペラと説明書をしばらく見直した。
「あれ?ここが袋とじになってるじゃん」
「あ、それは後で開けてね」
「なんでだよー、気になるじゃん」
「いいから、帰ってから開けなさいってば」
一樹はコーヒーのスプーンの柄で今にも開けようとした。
「だめだってば!」と、真奈は取り上げた。
「あー、さてはHなお願いが書いてあるんじゃね?」
一樹はまた素早く真奈の手から取り上げる
「こらー!返しなさい」
「なんでだよー、おれが貰ったんだぜ」
ふと気が付くと、店内にはいつの間にか5~6人のお客さんがいて、マスターも、ウエイトレスの女の子もみんなが二人を見て笑っていた。
「あ…」
一瞬凍りついた二人は顔を赤くして、大人しく座り直した。

「あ…雪だ」
一樹の言葉に、真奈も窓の外を見た。
真っ暗な空から小さな粒の雪が次々に降りて来るのが見え、それは次第に増えて行った。
その時、窓の外の歩道の街路樹にイルミネーションがともった。
「あ。きれい」
一樹が店内に目をやると、マスターが笑顔で手を挙げた。クリスマスのイルミネーションは電源が切ってあっただけで、まだ片づけられてはいなかったようだ。

ふたりはそろってもう一度外を眺めた。
きらきらと輝く白いLEDのイルミネーションと白い雪が重なり、クリスマスの終わった街を、昨日のクリスマス以上に美しく飾っていた。



おわり



クリスマスネタで何か一つ書きたかったんですが、過ぎてしまいました。
だもんで、それを逆手にとってこう言う作品にしてみました。


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Commented by haru123fu at 2011-12-26 18:36
クリスマス当日よりもずっとステキなプロポーズになりましたね。
さっすが~パチパチパチ(拍手)
ああ。。。私も10年若ければ……?
えっ!サバの読み過ぎ。。。
そうでした10才若くても大して変わりなし。(ノ_-。)

こんなステキなお話を読むと……返してヨー!私の青春!
って、誰に言っているのだろう?(´・ω・`)ショボーンです。
Commented by marinegumi at 2011-12-26 21:06
haruさんこんばんは。
この作品は仕事中に時間を見つけて書いていました。
結構順調に書けました。
でもまさか、仕事時間中にアップまで出来るとは思ってもいませんでしたね。
この作品は去年の「クリスマス作戦」と同じようなシチュエーションですね。
あえてそうしてみました。
Commented by りんさん at 2011-12-28 15:00 x
いいですね。素敵なお話です。
自分の取り扱い説明書を作るなんて、なんてキュートな彼女でしょう。
袋とじが気になりますね~^^
Commented by 川越敏司 at 2011-12-30 19:55 x
途中、「●ごあいさつ」の後、有紀って誰だ!って思いましたが、真奈ですよね? 

取扱説明書のネタは見たことがありますが、同じタイミングでこんなものを用意している二人ですから、実はそんなものがなくても上手くやっていけると思うのですけどね。

マンガにすると素敵なショートストーリーだと思いました。あだち充っぽい。

海野さんには、この1年、作品のことでは色々とアドバイスと励ましをいただきありがとうございました。12月は風邪が2週間も長引き、その後は締め切りラッシュで、あまり訪問できずにすいません。録音のラジオ・ドラマもいつも楽しみに聞いています。まだ残っていたらアップして下さい。それでは、良いお年を!
Commented by marinegumi at 2011-12-30 22:59
りんさんこんにちは。
女の子の取り扱い説明書なんて、ちょっと人間性を無視してるかなーと思ったんですが、自分で作ってるんだから、まあいいか(笑)
袋とじねー、ぐふふふ…
りんさんだったら何を書きますか?
Commented by marinegumi at 2011-12-30 23:08
川越さんこんばんは。
あちゃー!「有紀」
大失敗ですね。
彼女の名前は「有紀」にして一度書きあげたんですが、彼が「一樹」なので、名前の響きが似てるなーと思って、「真奈」に直したんですが、1か所、直し漏れていましたね。
ありがとうございました。
修正します。

こちらこそいろいろお世話になりました。
なによりも今自分が小説を楽しく書けているのは川越さんの存在が大きいです。
来年もよろしく。

ラジオドラマですね。
続けてアップしていこうと思っていたんですが、なんかめんどくさい病が発症してしまったもので。
近いうちにお耳にかけます。

Commented by haru123fu at 2011-12-31 10:07
2011年もいよいよ今日一日となりましたね。
海野さんにはいつも的確なアドバイスや朗読の許可を頂いたりと、
大変お世話になりました。
2012年も、海野さんにとって素晴らしい年になりますよう
お祈り申し上げます。

あ、朗読もう少し上手にできるようがんばりま~す。ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
Commented by marinegumi at 2011-12-31 21:10
haruさんおはようございます。
こちらこそよろしくお願いしますね。
僕が小説を書く上で、ちょっとした場面からでもお話を組み立てられるんだと言う自信をいただいたのは、haruさんのむちゃぶり(笑)があったからだと思います。
ありがとうございました。
by marinegumi | 2011-12-26 18:18 | 掌編小説(新作) | Comments(8)