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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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秋の教室 (7枚)

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私は気が付くと、小学校の校門の前に立っていた。門柱には木の板に黒々と書かれた文字。
「宮山市立宮山小学校」
土のままの校庭に足を踏み入れた時、足元を秋の風が吹き、わら半紙が1枚運ばれて行った。
それを目で追いかけ、そのまま視線を上げると青空の見えない灰色の空を背景にして、古びた木造校舎が見えた。
校庭の真ん中にぽつんと一人、私だけがいる。
そこには街の騒音とは縁のない、しんと静まりかえった懐かしい空間が広がっていた。
運動場には石灰で書かれた何本もの直線や曲線が、消えかけてはいたが、まだ残っていた。

木造校舎に近づいて行くと、さっきのわら半紙が地面から延びる雲梯(うんてい)の鉄パイプに引っかかっている。
それを拾い上げた。
「秋の運動会のお知らせ」
ガリ版刷りの不鮮明な文字でそう書かれていた。それは、運動会が開かれる日時を父兄に知らせるものだった。もう今は終わってしまった運動会。
私はそれを何となく折りたたみ、ポケットにしまった。

木造校舎に足を踏み入れると、ぷんと油引き(あぶらびき)された木の床のにおいがした。
わずかにきしむ廊下を右に曲がると職員室があり、窓側に掛けられた消火器の赤色が鮮やかだった。
時々風で音を立てるガラス窓からの光が廊下にあふれていた。

誰もいない職員室をガラス越しに見ながら通り過ぎる。
引き戸の横には「火気責任者」の文字の下に懐かしい先生の名前が書かれていた。

間もなく二階へ上る階段がある。
それを上り始めると、ギシギシと大きな音を立てた。
踊り場には生徒たちが書いたポスターが二、三枚張られている。
「階段や廊下は走らない」「元気であいさつ」「あぶないよ、ふざけっこ」
子供らしい絵に、稚拙な文字の組み合わせ。

二階の廊下に足を踏み入れた時、何かが変わったような気がした。
空気なのだろうか?
そう、ここは下よりも確かに少し暖かい、でもそれだけではない何かが変ったように思えた。
窓からは太陽の光が差し込んでいる。ガラス越しに外を見るといつの間にか空は青空で、小さな白い雲が流れるのが見えている。
校舎裏の雑木林はみんな黄色く色づいていた。
陽の光に照らされ、私の顔がガラス窓に映っていた。髪の毛はすっかり白くなり、深いしわの刻まれた顔。
ああそうなんだと私は気が付いた。
もう私はこの小学校の生徒ではなく、それどころかもうずっと昔にこの街から都会へと出て行ってしまっていたんだと思い出した。
ふと、そんな自分が滑稽に思えた。
「やれやれ。私も歳をとったもんだ。時間の感覚がちょっとおかしくなってるのかもしれないな。そうだろ?」
と、ガラスに映った自分に話しかけた。
「それで?私はこんなところに何をしに来たんだ?」

その時、後ろでけらけらと笑う女の子の声が聞こえた。振り向くと、そこには見覚えのある懐かしい顔があった。
「弘志くん、今日も遅刻だよね」
そう笑顔で言うのは学級委員長をしていた加奈子だった。
その加奈子が小学生の姿のままでそこに立っていたのだ。
加奈子は教室の引き戸を開けると、中へ入り手招きをした。
「みんなもうそろっているのよ。先生はいないから安心してね」
教室に首を突っ込むと、あの時のままの級友たちがみんな、思い思いの格好でそこにいた。
机の上に座って、隣の机に足を上げている太郎。
椅子に後ろ向きに座って裕子に話しかけている健太。
教室のカーテンを頭からかぶっていた義男がその布のすき間から顔だけ出して言った。
「遅刻の常習犯、弘志くんの登場です!」
教室のみんながどっと笑った。
加奈子が私の手を引っ張った。
「ほんと、みんな待ちくたびれていたんだからね」
教室の中に入ると、私の視線がゆっくりと低くなって行くのがわかった。気が付くと私もみんなと同じ小学生の頃の姿に戻ったようだった。

黒板の前に誰かがいたが先生ではなかった。
思い出した。
絵がうまかった修だった。
修は木製の椅子を踏み台にして、黒板一杯にチョークで絵を描いていた。描いては消し描いては消しを繰り返していたらしく、古い絵がうっすらと残っている所もあった。
とても小学生の描く絵とは思えないほどに正確に細かく描かれた色んな動物や花々、そしてクラスメイト全員のそっくりな似顔絵。
思い出していた。
修はぼくたちのこのクラスが始まって2カ月ほどで死んでしまったのだ。
ぼくは子供に戻ったすっきりとした頭で、次々と思い出して行った。
修が病院で息を引き取る時に、特に仲の良かったぼくと委員長の加奈子が呼ばれたのだ。
苦しい息の下の修の最後の言葉がはっきりと耳に蘇った。
「まってるよ」
と修は言ったのだ。
「まってるよ。みんなと一緒じゃなきゃいやだ。みんなが来るのをずっと…」

そう言う事なんだ。
そして修は、ちゃんとみんなを待っていたわけだ。
生きていれば、きっと有名な絵描きになったに違いない修は、この教室で黒板に絵を描きながら何十年も何十年も待っていたんだ。うまいとは言え、まだまだ幼かった絵がこんなに上達するまで描き続けながら待ち続けていたんだ。
そして、その修の強い思いがこうやって、大の仲良しだったクラス全員を集めたんだと。

「それじゃあ、クラスでぼくが一番長生きしたということなんだね、修」
修が笑顔で振り返り、チョークを黒板の下に置いた。




おわり



元は140文字のツイッター小説です。
こちら「扉が開いた その44」
元のままのお話をふくらませて書くだけでは、何か物足りなかったので、一つエピソードを追加しました。

haruさんがこの作品を映像とともに朗読してくださっています。

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Commented by haru123fu at 2012-02-26 18:56
なんとなく記憶にあるような、とっても懐かしいような。。。
あ、なるほどtwitter小説ですね。
「扉が開いた」のシリーズ。しっかり思い出しました。
そうだ!私がYouTubeを使って朗読を入れた最初の作品がこの
海野さんの「扉が開いた」の中の一つでした。
そんなに昔というほど時間が経過したわけでもないのに、なぜか
懐かしく思うのは、きっと海野さんのこの作品からかもしでる雰囲気なのでしょうね。
Commented by 春待ち りこ at 2012-02-27 01:31 x
待ってました!!!
このお話、絶対長くしてくれるって思ってましたよ。
文章全体から感じる空気感が
とても素敵です。
描写の上手さが光りますね。
懐かしさを感じて
私まで、タイムスリップしそうです。

待っていたんですね。。。
みんな一緒が一番だったんですね。うんうん。。。
あらためて、素敵なお話だなぁと
しみじみ。。。
楽しみました。ありがとっ♪
Commented by 雫石鉄也 at 2012-02-27 09:55 x
小学校の情景描写が、大変、なつかしく。
うれしかったです。
主人公は、最後まで遅れていったのですね。
Commented at 2012-02-27 09:59 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by りんさん at 2012-02-27 23:55 x
ガリ版のプリントやきしむ廊下。
懐かしさを感じました。
最後はちょっとほのぼので、優しいお話ですね。

修くん、ずいぶん待ったんでしょうね。
Commented by marinegumi at 2012-02-29 10:43
haruさんこんばんは。
ツイッター版も、これも懐かしさを感じられると言う事に力を注いでいますからねー(笑)
学校の描写は自分の小学校を思い出しだし書きました。

haruさんのあの「扉が開いた」の朗読はたった140文字とは思えない出来でしたね。
Commented by marinegumi at 2012-02-29 10:51
りこさんこんばんは。
お待たせしました(笑)
何か書こうと思った時に、特にアイデアがないとツイッター作品から探してみる感じですが、まだまだ長くしてみたい物はあります。
>空気感
じつはまだまだ書き足りないと言うか、表現に納得が行ってないんですよね。
小学校の校庭に大人になってから行ってみた時の、あの街から切り離された感じ、時間からも切り離された感じが表現できてないんですね。

ツイッター小説の時は、なぜ小学校の教室にみんな集まらな帰ればならなかったのかが抜けていましたね。
それがなかったので掌編に出来なかったんですが、こういうのを思いつきました。
Commented by marinegumi at 2012-02-29 10:57
雫石さんおはようございます。
小学校の情景描写は自分の行った学校や、仕事で行った別の小学校などが混ざっていますよ。
ところで、油引きの床と言うのは関西だけの物なんでしょうかね?
そうそう、昨日仕事で高校の理科室に行きました。
物理教室や生物教室。
実験器具や標本が並び、雰囲気がうれしかったですねー
なんかお話に取り入れたくてわくわくしてました。
Commented by marinegumi at 2012-02-29 11:02
りんさんこんばんは。
これで懐かしさを感じなければ何が懐かしいのだー?と言う気合で書きました(笑)
ガリ版刷りのプリントねー
あれを最後に伏線として生かしたかったんですが思いつかず、ポケットに入れたまま放置になりました。

>修くん、ずいぶん待ったんでしょうね。

そりゃーもう、クラス全員が亡くなるまで待ったんですからねー(笑)
Commented by かよ湖 at 2012-03-01 00:47 x
素晴らしい作品だなぁ。
小学校の校庭や校舎・教室に足を運んで行く描写はそれだけでも素晴らしいですね。
ストーリーもなんだかとても暖かく感じます。
「そう言うことなんだ。」で「そう言うことなんだ」と私も理解できました。そう言うことなんだ。
でも、この作品が「手紙を書こう」と同じ著者とは思いたくない!(笑)
Commented by marinegumi at 2012-03-03 10:44
かよ湖さんこんばんは。
ありがとうございます。
この作品、小説としての出来はともかく、とても好きな作品になりました。
ふと、これを二人称で書き直してみたくなったりしていますよ。
>あなたは気がつくと小学校の校門の前に立っていた

「手紙を書こう」は思いっきりデフォルメしてありますからねー(笑)
多かれ少なかれそういう部分が人間にはあるという事で。
ロマンチックな作品を書く時も、そういう方向にデフォルメしているわけですし。
by marinegumi | 2012-02-26 16:20 | 掌編小説(新作) | Comments(11)