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みなしご 〈初期形〉 (8枚)

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ぼくはどうやって生れて来たんだろう……
ぼくはなぜ生きてるんだろう……
ぼくはこれからどうなるんだろう……
ぼくは……ぼくは……

少年はそんな事を毎日毎日考え続けてすごした。彼には幼い頃の記憶がほとんどなかったのだ。母の記憶も、ふるさとの記憶も。

彼は今目覚めたばかりのベッドにしばらく腰掛け、今日もその事を考え始めていた。そしてゆっくりとした動作で、きしむベッドから立ち上がり、窓辺へ行きそれを静かに開け放つ。
ここは屋根裏部屋だった。
両開きの窓が開いたとたんに、どこまでも続く町の家並が目に入って来た。赤いレンガ塀や、青いとんがり屋根がある家の群れ。
少年はその町へ行った事がなかった。時々遠い昔にそこに行ったような記憶がかすかによみがえる事もあったが、それは母の記憶、ふるさとの記憶と同じく、すぐに霧の向こうに閉ざされてしまうのだ。

彼は自分以外の人間に出会った事がなかった。また彼を訪ねてこの屋根裏部屋へやって来た人間もいなかった。少なくとも彼が覚えている限りでは。

少年は大きく開け放った窓から町を見下ろす。あそこにはきっといろんな人々が住んでいるに違いない。そしてそこにはふるさとがあり、彼の母も住んでいるのだ。そう言う少年の確信は日ごとに強くなって行き、そしてそれと共にあの町へ出て行きたいと言う気持ちも限りなく強まって行くのだった。

彼は再び記憶をたどり始めた。きのうの事からその前の日、またその前の日、そしてさらに過去へとさかのぼって行く。しかし過去へ入って行けば行くほど、それはかすかになり、母の記憶、ふるさとの記憶にたどり着く前にすっかり消え去ってしまうのだった。
しかし、あの町へ行った事があるかもしれないと言う、ただそれだけの、かすかなかすかな思いだけは頼りなげにそこに存在していた。毎日考え続けていると、わずかずつではあるが、過去へと近づいているという確信もあったのだ。

少年は窓のそばを離れて部屋の隅に行った。そこは床の一部が四角い扉になっていて、それを開けると梯子が下にのびていた。彼は降りて行った。
そこは荒れ放題の小さな部屋で、人の住んでいる気配は全くなかった。
この部屋の半分壊れた食器棚の陰にさらに下へ降りる階段が続いており、彼はそれも降りて行った。

彼の住んでいる屋根裏部屋より二階下のその部屋はかなり整理はされてはいるものの、窓ガラスはすっかり汚れ、ベッドやスタンド、肘掛椅子などの全ての家具は分厚く埃をかぶり、人の住んでいる気配がないのはこの上の部屋と同じ事だった。
少年はそこを素通りしてさらに下の部屋へと降りて行く。
その部屋への階段は暖炉の後ろに隠されており、彼はそれを見つけるのに何日もこの部屋を探しまわったものだった。

三階下のその部屋は割合にきれいだった。もしかしたら数か月前までは誰かかすんでいたかもしれなかった。しかしもう人の気配はなく、いつかは上の二つの部屋と同じように荒れ果ててしまうのだろう。
少年が降りて来た事があるのはこの部屋までだった。どの部屋も下へ降りる階段は巧妙に隠されており容易に見つけることは出来なかった。
彼はその部屋もまた何カ月もかけて散々探しまわった。そして、隅から隅まで調べた挙句に階段が隠されているのは部屋の壁の部分しかないと確信していた。今日からは壁を中心に探してみると決めていたのだった。
少年は部屋中の壁を手で、ドンドンと手でたたいて回りながら少しの音の変化も聞き逃すまいと、耳を澄ました。
下へ行く階段さえ見つかれば、下の部屋へ行けば、そこには人が住んでいるかもしれないのだ。

壁は白く硬く冷たかった。手が次第に痛みだした。そして階段らしいものは見つからなかった。
それでも少年はもう一通り壁を叩いて調べなおしてみたがやはり見つからなかった。
少年は痛む手首をもう片方の手で握り締めながらも、もう一度初めからこの部屋を調べなおしてみる決心をしていた。
しばらくの間その部屋を見渡していた少年はふと気がついた。部屋に作りつけになっていて、動かないと思い込んでいた洋服箪笥の後ろが少し壁から離れて数ミリの隙間が出来ていたのだ。前に来た時はぴったりとくっついていたはずなのに。
少年は洋服箪笥を力いっぱいに押した。するとそれはほんのわずか、さらに隙間が大きくなった。冷たい風がわずかに吹き上がって来た。
そこに階段があったのだ。
体がやっと通るほど洋服箪笥を動かすと、少年は期待に震えながらその階段を降りて行った。

彼の屋根裏部屋から数えて四階下のその部屋は上のどの部屋よりもさらに整理されていて、さらにきれいだった。カーテンは埃をかぶってはいるもののまだ色あせてはいなかった。
少年はしばらくそのまあ立ち尽くした。心臓は大きく鼓動して、静かな部屋に響いているような気がした。
そこは大きな部屋だった。少年の屋根裏部屋の何十倍もあった。感動に震えながらそばにあった椅子に座りこむと、長い時間そのままで部屋を隅々まで眺めまわした。
この部屋のどこかにまたさらに下の部屋への階段が隠されているのだ。

彼は自分の屋根裏部屋へ引き返した。今日は四階下まで降りる事が出来ただけで十分だった。
また明日からも探し続けることになる。下へ向かう階段を。そして、さらに下へ下へと降りて行き、いつかは外へ出られるのだ。そして、その目の前には町が開けている。いつかはたどり着くのだ。母の元へ…ふるさとへ…そしてたくさんの仲間たちの所へ。

少年は窓辺に寄りかかり町を見渡した。
そこはもうたそがれ色にそまり、家々に灯がともり始めていた。青く、赤く、そしてただ白くきらめく灯が。
少年にとってあそこにはすべてがあった。

彼は窓を静かに閉じ、カーテンを引くとベッドに横になった。シーツを胸元まで引き上げ、じっと天井を見上げる。
そこにはまるで奇跡のように青く輝く孤独な地球が、何億と輝く星々を背景にぽっかりと浮かんでいた。
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おわり




これはまた前回アップした「みなしご」の原型になる作品です。
これはこれでなかなか捨てがたい物も有りますので、少々手直ししただけでアップしました。

そもそもこの「みなしご」と言う作品は、ちょっと難解なというか、考えさせる作品を書いてみたいと言う事で思いついたものです。
ところがそんなに奥深い作品を書ける僕ではない、と言う事で考えたのがこの方法です。
つまり、少年は地球人類です。少年の部屋は地球です。少年の部屋の下の荒れ果てた小さな部屋は月なんですね。
つまり地球人類が宇宙に出て行き、月に到達し、火星にたどり着きという人類の進歩と言う隠されたテーマを頭に置いて、少年の住んでいる太陽系に見立てた建物に、いちいち当てはめて描写して行ったものなんですね。
少年の部屋の窓から見える街の灯り、たくさんの建物は他の遠い別の太陽系なんですね。
そこに自分のルーツを探しに行くと言う感じです。

でもまあそう言うテーマが解らなくても十分面白い作品になっていると思って当時はそのままにしました。
そして何十年も後になった今頃、その辺がわかるように書きなおしてみようと言う試みをやってみたわけですね。
少年の部屋は屋根裏部屋ではなく、金星と水星に見立てた(より太陽に近い)部屋が上にある。赤い部屋は火星。大きな部屋は木星。ぐるりとバルコニーのある部屋は環のある土星。
まあ、余計な物を付けくわえただけかもしれませんが、ダイナミックな作品になったとは思います。

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by marinegumi | 2012-04-13 01:44 | 掌編小説(旧作改稿) | Comments(2)

Commented by haru123fu at 2012-04-13 19:07
みなしご(18枚)を読んでいたので、すんなりと楽しめました。
もしも、宇宙規模のお話だというテーマがわからなかったら、
サスペンスを感じていたかもしれません。
タイトルの「みなしご」って言うのもいいですし、
オチをつけてサスペンスにも。。。
海野さんなら書き換えることもできるのでは?
Commented by marinegumi at 2012-04-14 12:10
haruさんこんばんは。
サスペンスにするには、主人公は大人ですね。
僕の好みで行くと若い女性です。
異様な建物の屋根裏部屋に閉じ込められた女性の必死の脱出行。
最後には脱出に成功するものの、待っていたのは驚愕の真実だった。
ハリウッド映画だー