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窓いっぱいの桜 (5枚)

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ぼくはベッドに寝たままで、窓の外の景色を見ていた。
窓を殆ど覆い隠すぐらいに咲いた満開の桜の木がそこにある。
よく晴れた春の青空が、その花の向こうから遠慮深げにのぞいていた。
ぼくはもう何日も何日も同じ風景を見続けていた。
それはもう、思い出せる限りの昔からのような気がした。
ベッドに横になったまま顔だけを左側、窓の方に向けて、ずっと同じ姿勢で桜の花を見ていた。
こんなに長い間同じ姿勢を続けているのに背中も首も痛くはなかった。
そしていつか、そのまま眠りに落ちていた。

目覚めた時、目に入って来たのは同じ満開の桜の花だった。
眠る前と同じ風景なのか、少しでも違いはあるのかと目を凝らした。
桜の花びらが一枚、木の枝から離れて空中に浮かんでいるのを見つけた。
それは青空に、まるで張りつけられてでもいるかのように動かない。
動かないと思っていたけれど、何時間も見ているうちに、それは少しづつ下に舞い落ちているのがわかった。
僕が見ているのがただの絵ではなく、本当の風景なのがはっきりして、少し安心した。
するとまた睡魔がやって来た。

何度も眠り、何度も目覚め、長い長い日々が過ぎて行ったように思った。
それでも夢から覚めるたびに目に入るのは必ず春の景色。
窓の外いっぱいの桜の花、花、花…
何度眠っても、必ず春の午前中の気持ちのいい風景がそこにはあった。
木から離れて空中を舞う花びらの数をいつも数えていた。
今ではもう12枚の花びらが舞い落ちている途中だった。
最初に見つけた花びらはすでに木から1メートル以上離れていた。

何度も眠り、何度も目覚め、何度も眠り、何度も目覚め…
たくさんの同じような日々が過ぎて行った
でも毎日は少しづつ違っている。
ほんのわずかだけ。

何十年も私はその景色を見て過ごしたはずだ。
何もすることもなく、体を動かせるでもなく、私はその景色を見続け、桜の花びらを数え続けていた。
たくさんのピンク色の花びらが窓の外いっぱいに浮かんでいた。
1万3千7百58枚。
最初に見つけた花は、とっくに窓のカンバスからフレームアウトしていた。

そしてさらに長い時間が過ぎる。
さすがに私も年老いて、生きているのが退屈になる。


新薬「トワゼノン」は不治の病に侵され余命数カ月と診断された患者に処方される。
この薬を投与された患者は次第に時間の感覚に変化が現れるのだ。
個人差はあるものの、日を追うごとに実際の時間と、感じる時間の差が大きくなって行く。
1時間ならその1時間を、倍の2時間ぐらいと感じるまでに数日かかる。
投薬し続けると日を追うごとに、同じ1時間を4時間、さらに倍の8時間と言う風にどんどんその体感時間が長くなっていくのだ。
患者にとってはまるで世界が静止しているかのように映る事だろう。
反対に言えば、患者はとてつもなく速い精神活動を行うのだが、この新薬の副作用として運動能力が全く奪われてしまう事になる。
患者は感覚的には実に長い長い退屈な時間を生き続け、「トワゼノン」投与を止められると、数日で正常な感覚に戻る。
永遠とも感じる長い退屈な時間を過ごし、充分に長く生きたという満足感を持ち、最後の時間を迎える事になるのだ。


窓の外の桜の花はすっかり散ってしまっていた。
少しの風にでも、ざわざわと桜の木は枝を揺らしていた。
世界はまた普通にその動きを取り戻したのだ。
病室をぐるりと見渡すと何十年も変わらない部屋があった。

壁に掛けた鏡には、年老いているはずなのにまるで少年のような、しかしやせ衰えた私の顔が映っていた。




おわり



ブログでお知り合いの皆さんがさまざまな、桜についての物語を物語ってらっしゃるので、つい僕も物語りたくなっちゃいました。
これは僕のアイデアノートにある、物語の断片を引きずり出してきたものです。
「トワゼノン」と言う新薬を思いついて、その部分だけノートに書いてあったんですが、それ以上お話に発展させる事が出来ずに放置していたものなんですね。
それをふと、桜をモチーフにと考えていると出て来た少年と桜のお話でサンドイッチしてみました。
比較的暇な土日の、仕事中の成果であります(笑)


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Commented by haru123fu at 2012-04-14 19:29
あー!いいですねこのお話。今の季節にピッタリ!。。。(メ・ん・)?
札幌ではまだ桜は咲いてないですが。笑
Commented by haru123fu at 2012-04-14 19:34
あ、朗読のお願いをし忘れていた。
海野さんの掌編小説ランキングをクリックしたら、注目記事の1位・2位が「みなしご」でした。
8枚と12枚。。。この作品の朗読宜しくお願いします。
Commented by marinegumi at 2012-04-14 20:44
haruさんこんばんは。
みなさんが桜のお話を書いているのでつい書きたくなってしまいました。
仕事中にさっさーと書いて、ぽいぽいと画像を付けてアップしました。
今晩中に一度見直して、おかしな所があれば直しますので、朗読にかかるのは明日にしてもらえばいいと思います。

みなしごが1,2位独占?
親がいなくても頑張ってるんですねー(笑)
Commented by ヴァッキーノ at 2012-04-15 19:29 x
この前、矢菱さんが「ガッツポーズ」で地球の時間全部停止!
みたいなお話しを書いてましたけど、こっちは、ゆっくりと時間が流れていくんですね。
マトリックスみたいに。
もし、そうなったらボクは、やっぱり良からぬことを考えてしまいます(笑)
Commented by りんさん at 2012-04-16 19:25 x
桜って、なんとなく生きる気力を与えてくれるのかな…という気がします。
あと何回桜が見られるか。そんな話をよく耳にします。

こういう薬は、自然に反する行為かもしれないけど、満足して逝けるのならいいですね。
理想の薬です。
Commented by marinegumi at 2012-04-17 00:07
ヴァッキーノさんこんばんは。
だめですよー
この「トワゼノン」と言う薬は精神活動のみ早くなって、その代り肉体的には全く活動できません。
良からぬ事は考えるだけしかできないわけですね。
矢菱さんの「ガッツポーズ」は『時間ゆっくり光線』の影響で止まっているように見えてるんですね。
あれもやっぱりゆっくり動いてるはずです。
Commented by marinegumi at 2012-04-17 00:16
りんさんこんばんは。
桜ってそうですねー
見る人によって生きる勇気になったり、人生のはかなさを思い知らされたりいろいろなんですよね、たぶん。
りこさんのように桜を見るたびに早くに旅立った人を思い出したり、桜を見るたび花見のドンチャン騒ぎに胸躍らせたり…

こんな薬が出来れば、余命いくばくもない人には使ってあげたいですよね。
特に子供や、若い人には。
by marinegumi | 2012-04-14 18:39 | 掌編小説(新作) | Comments(7)