海 (6枚)

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目を覚ますと、雨が降っていた。
ただでさえ憂鬱な月曜日が、さらに灰色の気分になった。
それでも体はしぶしぶでも起き上がり、出かける準備を始めていた。
味のしないトーストに、今日は思い切り蜂蜜を塗りたくった。
ふと、さっきまで見ていた夢の残渣なのか、蜂蜜の味に混じって潮の香りがした。

私は電車に乗っていても、あの潮の香りが気になった。
きっと海の夢でも見ていたのだと思う。
湿った生温かい空気の淀んだ電車はそれだけで気分が滅入る。
髪の毛はぺたんこになり、肌がじっとり湿っている。
そんな電車にしばらく揺られ、七つ目の駅に着く。
会社のある駅まではまだ遠い。
この駅で降りると、海まで歩いていける距離なんだなと思う。

ドアが閉まるとわたしは、ホームに立っている自分に気がついた。
その駅で降りる見知らぬ人々の流れに乗って改札口を通り抜けた。
そして、海を目指して歩き始めた。

傘をさして雨の中を歩いていても、海に向かっているんだと思うと気分は良かった。
駅から敷石の坂道を下りながら、わたしは題名のわからない曲をハミングしていた。
たぶん海の事を歌った歌だと思う。

電車が駅に着くと、私は人並みに呑まれるように歩くともなく歩いた。
体はまるで幽霊のように運ばれて行き、一つの大きなビルを目指していた。
もう目をつぶっていてもたぶんたどり着けるはずの場所。

坂道をどんどんなかば走るように降りて行く。
雨は小雨にになり、空には少しだけ青空がのぞいていた。
わたしが毎日乗るのとは違う鉄道の踏切を、違った色の電車が通り過ぎて行った。
ぎっしりと憂鬱たちを詰め込んで。

エレベーターに乗り、たくさんの無表情な同僚たちと一緒に私の体は運ばれて行く。

踏切を渡ってしばらく歩くと国道があり、国道沿いの長い長い防波堤が見えてくる。
その防波堤沿いにさらに歩いて行く。
歩きながら見下ろすと、無数のテトラポットが波に洗われている。
海の色はまだまだ灰色だった。

自分の勤める会社のオフィスが何階にあるのか、ぼんやり考えても判らなかった。
でもちゃんと無意識でもたどり着いてしまう、そんな場所だった。

国道から離れ、歩いて行くうちに家もまばらになっていた。
雨にぬれた木々の葉がきらきらと輝いている。
空が明るくなっているのに気がついて傘を傾けると、雨はやみ、青空が大きくなっている。
舗装されていない緩やかな坂道の向こうには砂浜が見えていた。
そしてその砂浜の向こうには青空の色を溶け込ませた青い海が広がっていた。


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私はタイムカードを押し、自分の机に座り、金曜日の残業で散らかった机の上を整理した。
電卓や筆記用具は左側に、書類を揃えて右側に、バッグは机の横にかけ、パソコンを立ち上げる。

わたしは砂浜へ降りると裸足になって歩いた。
砂は冷たかったけれど、気持ちがよかった。
波の音だけが聞こえた。
青い海は遠く、まだ雨の後の湿った空気のためにかすんでいて、水平線と空の境目がわからなかった。
今朝、目覚めるまで見ていた夢はこの海の夢だったんだろうか。

パソコンが立ち上がると、デスクトップは海の風景だった。
ネットで拾った、どことも判らない海の壁紙。
今朝、目覚めるまで見ていた夢はこの海の夢だったんだろうか。

私は何の感情もなくその海の風景を見ていた。
動かないはずのその海の写真の砂浜を歩いている人がいた。
それは広い砂浜に、ぽつんとほんとに小さく見えていたけれど、確かに歩いているのだ。
そしてその人の着ている服には見覚えがあった。
私がさっき、制服に着替えるまで着ていた同じワンピース…

パソコンのデスクトップの海の砂浜から、足跡だけを残して、その人が消えているのに気がつく。
ポン、と肩をたたかれる。
同僚の女の子だ。
今日も元気そうね、と言いながら笑顔で指をひらひらさせて自分の席に座る。
元気そう?
そう言えばそうだった。
なぜかとても気分がよかった。
雨の月曜日だと言うのに。

ふと、頬にかかる髪の毛から潮の香りがした。



おわり



この作品は、Tome館長さんのブログ、「Tome文芸館」の作品「野宿」の中の文章「海を目指して歩き始めた」が素敵だなーと思って、書いたものです。
その、たった一言から生まれたお話です。
「積もらない雪」と言う作品も、雫石鉄也さんの作品の書き出しの一言「雪が降ってきた」から生まれたものです。
時々そうやって、ある言葉にピンと来てしまって作品にしたくなるんですよね。

最近は仕事中の暇な時間に書く事が多かったのですが、これは久々に家に帰ってから書きましたね。
タイトルも、ごくシンプルにと言うのは最近の好みです。



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Commented by curatortome at 2012-04-30 11:55
素敵なイメージですね。

  海恋し 潮の遠鳴りかぞへては
            OLとなりし パソコン画面
Commented by marinegumi at 2012-04-30 14:19
Tome館長さんこんにちは。
ありがとうございます。
Tome館長さんの素敵な文章から生まれたイメージですもん。
しかし、Tome文芸館にはどれだけ小説の種が眠っているんでしょうかねー
これからも宜しく。

これは短歌ですね。
海辺の町で育った少女がOLになってもパソコンの画面に向かいながらふるさとの海を思う。
おおー、また別の物語が…
Commented by haru123fu at 2012-04-30 18:53
意識と身体の分離でしょうか。同時に同じ人物が向かう先が語られ、
並行して進み、そしてPCを前にして一つになる。
なんか、すごいなぁ~!
一話で倍楽しめちゃいました。

Tome館長さんの短歌も凄い!海野さんのお話にピッタリ(;゚Д゚)!


Commented by marinegumi at 2012-04-30 20:36
haruさんこんばんは。
意識と身体の分離ですね。
「屋上」もそうでした。
これは繰り返し使えますよー(笑)

最初は、机の上の海の写真に主人公がいるという風に考えていたんですが、そうだパソコンがある、と思って変更しました。

そうですね。
即興のTome館長さんの短歌はとてもいいですね。
Commented by haru123fu at 2012-04-30 21:18
追伸 少し休んでから朗読させてもらってもいいでしょうか?
さすがに15分以上のしゃべまくりは疲れました。(笑)
宜しくおねがいします。
Commented by 春待ち りこ at 2012-04-30 23:29 x
またまた。。。不思議な作品。。。
今回はなんと。。。潮の香りがしてきました。
震災以来。。。あの津波の映像が心に焼き付いて
どうも海が嫌いになりかけていたんですけど
不思議ですね。。。
この海に私も行きたいなと思いました。。。

潮の香りと素敵なお話。。。
ありがとうございます。楽しみました♪
っで。。。
出来ることなら私も。。。
分身の術の使い手になりたいです!!!
なぁんて(笑)
Commented by marinegumi at 2012-05-01 11:22
haruさんこんばんは。
あれは疲れますよね(笑)
もう少し更新のペースを意識的に抑えてもいいかなと思う今日この頃。
朗読、楽しみにしています。
Commented by marinegumi at 2012-05-01 11:27
りこさんこんばんは。
そうですか。
よかったです。
自然と言うのはなんでも両面を持っていますからね。
癒される部分と、凶暴な部分。
雨でも雪でも、風でも、山でも海でも川でもね。

分身の術かー
すでにもう使ってらっしゃいますでしょう。
小説を書くと言うのはすでに分身を意のままに操っているんですからね。
by marinegumi | 2012-04-30 01:31 | 掌編小説(新作) | Comments(8)