ワンダー海神ランド (6枚)

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バー「海神」のランタンの光が雨の中でにじんでいた。
今日は朝からずっと雨で、鏑木が店を開けた頃には更に雨脚が強くなっていた。
客は常連が2,3人顔を見せただけで、いつになく暇な日だった。
今はその客もいなくなり、鏑木はグラスを一つ一つ丁寧に磨きながら閉店時間が来るのを待つとはなしに待っていた。
ふとバック棚に目をやる。
三段あったキープボトルの棚も一番上の段には造花が飾ってあり、下の二段も隙間が多くなっていた。
鏑木はキープしてあるボトルが全てなくなれば店を閉じるつもりでいた。
だから新規のボトルキープは断っている。
無意識にそのボトルを数えている自分に気がついて、途中でやめ、苦笑いをした。
「今日は早じまいだな」
そう呟くとカウンターを出て、さらに外に出るドアを押しあけた。

カラーンとカウベルが鳴る。

意外な事に雨はきれいに上がっていた。
わずかしか明かりのついていない商店街のまだ濡れている道路。
その道路に何か小さな影が見えた。
最近、ほとんど姿を見ない野良犬かと思ったが、それにしては動きがおかしかった。
ぴょんぴょんと跳ねている。
ウサギだった。
鏑木は目を丸くした。
ただのウサギなら誰かが飼っていたペットが逃げ出したのかと思ってそんなに驚かなかっただろう。
アスファルトの道をだんだん近付いて来るそのウサギは服を着ていた。
しかもタキシードだ。
そして、鏑木の目の前で懐から大きな懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「おお。もうこんな時間だ!遅れちまうぞ」
そう言うとウサギは懐中時計を懐にしまい、鏑木の方を胡散臭そうに一瞥すると、猛スピードで跳ねながら次の角を曲って姿を消した。
しばらく唖然とウサギが消えた角を見ていた鏑木は気を取り直し、店の中に戻った。
「ウサギだ。ウサギだよな。しかもしゃべったぞ…」
ぶつぶつと呟きながらカウンターの上を片づけ始めた。手早く店じまいをして家に帰ろうと思った。
「マスターさん。さっきから何をきょろきょろしてらっしゃるの?」
カウンターには金髪の美女が座っていた。
「それからウサギがどうとか、おかしな独り言をおっしゃって」
彼女は青い瞳を少し細めて笑った。
「いらっしゃいませ。いつの間にいらしたんですか?」
鏑木はカウンターの中に入りながら目をこすった。
「よく言うわね。幻でも見てらしたの?ハイボールをくださいな」
鏑木はアーリーモーニングのロックを作って女の前に置いた。。
彼女は一口飲むと目の前にグラス持って来て揺らし、それを眺めながら言う。
「キープしてあるボトルがなくなると店を閉めるって言ってらしたわね?でも、幻を見るようになっちゃ、もうそろそろじゃないですこと?」
女はクククク…と笑った。
「そうかもしれませんね、大人になったあなたが見えるんですからね。アリスさん」
カウンター席のずっと奥を鏑木は見た。
照明の陰になっている席にいるのは、パイプをくゆらせる芋虫だった。
その向こうにはチェシャ猫や帽子屋もいる。
彼らは勝手に酒を棚から出して来て飲んでいたらしい。
「こっちにもバーボンをお出し!」
そう言ったのはハートの女王だ。彼女は自分で酒を用意する気はないらしい。
鏑木はフォアローゼスのロックを作って女王の前に置いた。
「大儀じゃ」

カラーンとカウベルが鳴った。
「海神」の店内は一瞬にして真っ暗になった。

鏑木は店に入って来ると、壁のスイッチを入れた。
真っ暗だった海神の店内は薄明るく照らされた。
更にいくつか照明のスイッチを入れるたびに少しづつ明るくなって行く。
当然、誰もいない。
いないはずなのだが…
鏑木はきょろきょろとあたりを見渡した。
何かの気配を感じたのだ。
昨日の酒の臭いが濃く残っているので、そんな気がしただけかもしれない。
彼は換気扇を回した。
その時、足元に何かの影が走ったような気がした。
「ウサギ?」
きょろきょろと足元を見る。
いやいやと、彼は頭を振ってその思いを振り払う。
「あり得ない物を見るようになったら、即、店をたたまなくちゃな…」
鏑木はカウンターの中に入り、別のスイッチを入れる。

今夜も海神のランタンに灯がともった。



おわり



この作品はおなじみ雫石鉄也さんの「とつぜんブログ」の「雫石鉄也ショートショート劇場」の中の「バー海神シリーズ」の設定をお借りしたパロディーになっています。
これは某掲示板に冗談半分で書いたものですが、それを元に今回きちんと作品の形にしてみました。


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Commented by 雫石鉄也 at 2012-05-15 14:01 x
う~ん、不思議の国の海神ですか。
奇妙な味のショートショートに仕上がってますね。
いい感じです。
ところで、この鏑木はだいぶんボケてきてるようですね。
Commented by marinegumi at 2012-05-16 00:03
雫石さんこんにちは。
>この鏑木はだいぶんボケてきてるようですね。
いつも冷静にお客を観察している鏑木さんですが、パロディーと言う事で、ちょっと三枚目な所を出したいと。
でも、パロディーなら、もっとはじけた方がいいんでしょうが、控えめにしてしまいました。
Commented by haru123fu at 2012-05-16 10:04
海神の中に不思議の国のアリスが。。。
あ、確かヴァッキーノさんの演劇部の候補に上がったのに「ロミオとジュリエット」に
なってしまったんですよね。
海野さんやさしいな~海神のパロディーで世に出すとは。(笑)
Commented by marinegumi at 2012-05-16 12:59
haruさんおはようございます。
あー、そっちの方ではないんですね。
某掲示板でウサギをテーマにショートショートの出来そこないを書きあってたんですが、そこに雫石さんが海神にウサギがお酒を飲みに来るお話を書いたので、それヒントにショートショートにでっちあげた物なんです。
Commented by りんさん at 2012-05-16 16:27 x
いいですね。
大人になったアリスは、ちょっとセクシーな感じでしょうか。
他のキャラクターも面白く描かれていますね。
幻なのか、不思議な国に迷い込んだのか、どちらにしてもオシャレに仕上がってますね。
Commented by marinegumi at 2012-05-16 18:25
りんさんこんにちは。
アリスさん、僕の頭の中ではめちゃセクシーですよー(笑)

これはですねー
ちょっとボケ始めた鏑木が将来見る事になる幻たちが、閉店後の「海神」に集まっているんですね。
鏑木自身の幻もそこにいるんです。
鏑木が店に入ってきた途端にみんな消えてしまう。
でも、そんな幻を見る予感がひしひしとある。
そんな感じで書きました。
Commented by ヴァッキーノ at 2012-05-28 21:48 x
ボクは、ウサギを飼っているので、ウサギが登場すると
嬉しいです。
ウサギは育てやすいので、これからもどうぞよろしく。
Commented by marinegumi at 2012-05-29 15:41
ヴァッキーノさんこんばんは。
ウサギは飼ったことはないですね。
ウサギの思い出と言えばー
親戚がウサギを飼ってて、うちの犬を連れてその家に行くと、ウサギがストレスを感じて小屋をガリガリしていたというのを思い出します。
全く感情がないようでいて、ストレスを感じるんだなー
by marinegumi | 2012-05-15 01:39 | 掌編小説(新作) | Comments(8)