帰り道 (6枚)

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僕はひどく疲れていた。
電車で大阪まで出て、大きな書店をいくつも回って本を漁った。
さらに古書店をいくつも見て回り、いつになく長い距離を歩いたのだ。
帰りの電車に乗る頃には気分が悪くなるほど疲れていたが、電車は混んでいて座る事が出来なかった。
お年寄りに席を譲っている人を見かけると「こっちが譲ってほしいんだよ!」と心の中で毒づいた。
それほど疲れてしまっていたのだ。

夜遅くに僕の降りる駅に電車が到着し、それからも長い階段にうんざりしながら、やっとの思いで自転車預かり所までたどり着いた。
そしてなんとか自転車を漕ぎ出した時にはやっとわずかにホッとしていた。
あと少しで我が家に着く。
そうしたらすぐに横になれるんだと思うと、疲れていながらもペダルを漕ぐ足に力が入った。

時々車が行き交うだけの暗い夜道を一人走って行く。
「最後の気力を振り絞って」と言う陳腐な表現が実にぴったり来ていた。
その事に、悲壮感さえ感じていた。
いくつかのゆるい上り坂にさえ悪態をつきながら、やっと我が家まで平坦な道を残すだけになった。

しばらく走ると、前の方に一台の自転車が見えて来た。
その自転車は実にゆっくり走っているので、みるみる追いつきそうになった。
乗っているのは後ろ姿で女子高生だと言うのがわかった。
このまま近づいてしまうとまずいかなと考えた。
こんなに夜遅く、あまり車も通らない道で後ろからどんどん近寄って行くと不審者と間違われるのじゃないかと。
しかしその女子高生は、まどろっこしいほどゆっくりとペダルを漕いでいるのだ。
思いっきりスピードを出して一気に追い抜くと言うほどには体力が残っていない。
かといって距離を充分に開けたまま同じスピードで走るにはあまりに体は疲れていた。
一刻も早く家について横にならなければ今にも倒れそうな気がしていたのだ。
それでどんどん距離が縮まってしまう。
たぶん前を行く彼女も後ろから自転車が追い上げて来るのに気が付いているのだろうけれど、後ろを振り返る事はしない。
それはひょっとして、彼女が怖くて振り返る事が出来ないと言う事かもしれないと想像した。
しかしスピードを落とす事が出来なかった。

何とか追いついてしまわないうちに、我が家へ入る横道が見えてきた。
あの道を左に入ればすぐそこが我が家だった。

その時、なんと言う事か、前を行く彼女はその道に入ってしまったのだ。
一瞬の間にいろんな考えが頭をよぎった。
この小道の奥の近所には女子高生の子供がいる家はなかったはずだ。
ひょっとして彼女は僕をやり過ごすためにわざとそこで曲がったのかもしれない。
だとすると、僕がこのまままっすぐ行ってしまうのを期待しているのだろう。
そうすると僕はここで曲がらずに通り過ぎてしまった方がいいのかもしれない。
そして次の道で左に入ってぐるっと回って我が家まで帰るか?
しかしそれをするにはあまりに疲れていた。
今の僕にはあまりに遠い距離なのだ。
そして、大回りをした場合、別の可能性が出て来る。
回り道をして帰って来た僕と、彼女が鉢合わせをしてしまう事だ。
彼女が道を引き返せばいいが、そのまま通り過ぎて大周りをして元の道に帰る事を考えたとしたら鉢合わせの可能性が大いにある。
その時は彼女は完全に自分が狙われていると思うだろう。

それだけの事が一瞬に頭をよぎり、僕はそのまま僕の家に入る小道を選んだ。
そして見たものは、僕の家の前で自転車を降り、恐怖を浮かべた目で僕の方を見ている彼女だった。
恐らく僕が同じ道に入ってきたら大声を出して人を呼ぼうと身構えているのだろう。
「そこをのけよ!そこが僕の家なんだ!」と、心の中で彼女を罵っていた。
でも実際はそんな元気は残っていないのだ。
「ここが僕の家なんです」と言い出すタイミングを計りながら近づいて行った。

その時、彼女が大きな悲鳴を上げた。

それからの事はめまぐるしく、疲れが限界に来ていた事もあり、夢の中の出来事のようだった。
どこからか現れた男に僕は腕を掴まれ、道に引き倒された。
「ここが僕の家なんです」と何度も繰り返したが、誰もそれを聞いてくれなかった。
パトカーのサイレンが響き、僕は疲れと諦めで、そのまま気が遠くなって行った。

さっき僕を地面に引き倒した男。
あの人はなぜ僕と同じ顔をしていたのだろう?と思いながら。



おわり



うーん、なんか書いてしまうとアップせずにおられない性分なんでしょうか?(笑)
これで3日連続ですね。

この作品は、Tome館長さんの作品「引き裂く」を読んだ時に思い出した、僕が実際に経験した出来事がベースになっています。
それは「引き裂く」のコメント欄に書いたのですがそれを元にショートショートにしてみました。
でもまあ、結末を除くとほぼ実話なんですけどね。

自転車から降りて僕の方を今にも悲鳴をあげそうな顔で見ている彼女の前をそのまま通り過ぎて家に入っておしまいでした。
今から思えば家に入りながら声をかければよかったかなと思いますが。
「あ、僕の家はここなんですよね。ひょっとして痴漢か何かと間違えてた?僕の事。いやいや今日はめちゃくちゃ疲れてねー、少しでも早く家に着いて寝ころびたかったんですよね。だからついつい追いついてしまって。ごめんごめん」
てな感じですかねー(「引き裂く」のコメント欄から引用)

そして、そう言えばこう言う事があったと言うのを誰にも話していないのを思い出しました。
「引き裂く」のコメント欄に書くまではね。


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Commented by curatortome at 2012-06-02 23:08
疑心暗鬼で、本物の鬼が出た!

疲れすぎて霊魂分離。
またはパラレルワールドに左折してしまいましたね。
Commented by marinegumi at 2012-06-02 23:42
Tome館長さんこんばんは。

>疲れすぎて霊魂分離。

うわーい。
一言で言い当てられた感。
最近「霊魂分離」ネタを書き過ぎてるので、またかいなと思われちゃうかもと思いながら、こうなっちゃいました。
しかしTome館長さんのところは、作品のネタの宝庫です。
Commented by ヴァッキーノ at 2012-06-03 09:23 x
疲労感がたまると、なんか変な空間が広がりますね。
実際、女子高生がちんたら目の前を歩いていて、道をふさぐことがあるんです。
あれは、腹が立ちます。
でも、なにもできない。
もどかしさが、蘇ります。
Commented by marinegumi at 2012-06-04 18:44
ヴァッキーノさんおはようございます。
主人公にその気がなくてもずるずるのっぴきならない状況に落ち込んでいくというドラマがよくありますが、あれはハラハラしますね。
作りごとだとわかっていてもです。
似たような体験があるからかもしれませんね。
by marinegumi | 2012-06-02 19:43 | 掌編小説(新作) | Comments(4)