鍵束 (7枚)

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友人から個展の案内の葉書が届いた。
大学では僕は商業デザイン科で、彼は油絵を専攻していた。
卒業してからもう7年になるけれど、それぞれ何とか希望の道を歩んでいる。
彼は個展を開いた時には必ず案内葉書を送ってくれた。
そして葉書の片すみに直筆のメッセージを忘れる事はなかった。
「来てくれなくちゃ、すねちゃうから」
いつもそんな彼らしいふざけたメッセージが書き添えてあるのだ。
しかし、彼の住む東京は遠い。
電車を乗り継いで3時間以上かかるのだが、僕は毎回必ず出かけて行く事にしていた。

文庫本を2冊カバンに突っ込み、マンションのドアをロックして、駅前まで自転車で行く。
電車に揺られ始めた時には午前8時になっていた。
東京が近くなった頃、改めて案内葉書を取り出して見た。
彼が描いた絵をあしらったしゃれた案内状だ。
彼の個展は毎回必ず同じテーマの作品をそろえる。
今回のテーマは「鍵」らしい。
ただ風景や人物を描くだけではなく、テーマに沿ったアイデアのある油絵なので退屈する事なく見る事が出来る。
距離が遠い事だけを除けば毎回本当に楽しみにしているのだ。

個展会場は、JRを乗り換えた地下鉄の駅を上がって左の商店街のアーケードを20メートルほど歩いた所だ。
表のポスターを確かめて中へ入ると、彼が数人の人と談笑をしているのが見えた。
受付で名前を書いてパンフレットをもらった。
そこで少し待ったが、彼の話がまだ終わりそうにない様子だったので先に絵を見て回る事にした。
最初の絵は少女の絵だった。
森の中にたたずむ少女が彼女の背丈ほどもある大きな鍵を両手で横向きに抱えている。
タイトルは「森の不思議」
そんなふうに、物語を想像させる絵が彼の得意とするところだった。
次の絵は果てしないレンガ塀に黒々と開いた大きな鍵穴の絵だった。
これもまた巨大な鍵穴で、その奥の暗闇を一人の老人がのぞきこんでいる。
僕は次々、興味深く絵を見て回った。
半分ほど見たところで、肩をたたかれた。
彼だった。
「よう!元気そうだな」少年の頃のままの笑顔で彼は言った。
握手をする彼の手には、落ち切れていない油絵具が薄く残っていた。

会場の休憩室に案内されてコーヒーを飲みながらしばらく話をした。
共通の友人の話になり、「そう言えばあいつはどうしてる?」と言う事で、お互いに知らない友人のメアドなどを提供し合ったのだ。
ポケットの中身を全部テーブルの上に出して、携帯を見たり、名刺を探したりするうち、鍵の束の車のキーを目ざとく見つけた彼は言った。
「ほほーBMWに乗ってるのか?相当儲けてるな」
「何言ってるんだ。僕は趣味が車だけで、儲けは全部そっちに行ってしまうからさ」
「いやいや、俺は貧乏絵描きだからな。せいぜい軽四しか買えないし」
「僕は信じてるぞ。お前はそのうち大ブレイクするってね。今のうちに1枚買っとかなくちゃ手が出なくなるかもな」
そう言って二人で大笑いをした。

絵の残り半分は彼と一緒に見て回った。
彼の絵の世界にどっぷりと浸る事が出来た。

帰りの電車で、読みかけだった文庫本を読み終わり、もう1冊を半分ほど読んだ頃に駅に着いた。
時間は午後5時を過ぎていた。
マンションのドアの前に立って、ポケットを探った。
ところが鍵の束がなかったのだ。
落としたのか、と思って一瞬ドキッとする。
そうだ、個展会場でポケットから出したんだと気が付く。
財布や携帯はポケットに戻っていたが、恐らくあそこに忘れて来たに違いないと思った。
あわてて時間を確認しながら彼の携帯にかけてみた。
「ああ、お前か?たった今電話しようと思っていたところだ。鍵を忘れてるぞ」
「よかったー落としてなくて」
「で?どうするんだ?これ。送ってやろうか?」
「マンションに入れないじゃん。大家に開けてもらっても、車のキーもあるしな」
「今から来るとしても3時間以上かかるんだろ?」
取りに行く事にした。
「個展は夜9時までやってるから慌てずに来いよ」
そう言ってくれた。

電車が走るうちにすっかり空は暗くなり、街の明かりだけが車窓を過ぎて行った。
9時を30分以上過ぎて会場に着いた。
彼は受付に座って笑顔で待っていたが、他には人の気配がない。
「ごくろうさん」と彼は言うと後ろの壁を指差した。
「これがお前の鍵だよ」
そこには額に入れられた一枚の青空の絵が架けてあり、その真ん中に僕の鍵束があった。
彼の後ろに回って取ろうとすると、それは精密に描かれた絵だった。
「なんだよ?」
言いながら彼の方を見ると、いたずらっぽい笑みを浮かべてテーブルの下から鍵束を取り出した。
「本物はこちら」
僕はもう一度鍵束の絵を見た。
本物と間違うほどに実によく描けている。
「いつの間にこれを描いたんだ?そうか、僕がとんぼ返りして来る間だよな」
「鍵をテーマにした個展の会場に鍵を忘れると言う素敵なイベントをありがとうな」
そう言うと、油絵具で汚れた手を差し出した。

他の店舗はみんな閉まり、そこだけ明るい個展会場を後にした。
ふと思い付き、電車の中でポケットから、しわだらけになった案内葉書を取り出して見た。
開場時間はAM10時からPM7時になっていた。
「9時じゃなかったんだ」
僕は誰も来ない個展会場の中で一人きり、僕を待つ間に鍵束の絵を描いている彼の姿を思い浮かべていた。


おわり


前日書いたツイッター小説を元にした掌編小説です。
やっぱりこれはショートショートと言うよりも掌編小説と言った方がぴったり来ますね。
元になったツイッター小説はこちらです。

友人の絵の展覧会に行った。
毎回テーマを統一した絵で会を開くので、いつも楽しみだ。
電車を乗り継いで5時間もかけて見に行った。
今回は「鍵」がテーマ。
どの絵にも必ず鍵が描き込まれた絵。
友人と談笑し別れた。
家の前に立った時、鍵を会場に忘れた事に気が付いた。


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Commented by haru123fu at 2012-10-07 18:45
これはやはり純粋に掌編小説ですよね。
7ページか!うぅ~ん。。。復活してから怒涛の勢いで
UPをしてます。(その方が何も考えなくていいので。笑)

少し疲れ気味なので不安ですが、ちょっとお時間を頂いて
朗読させてください。お願いします。
Commented by marinegumi at 2012-10-07 20:19
haruさんこんばんは。
いかにもショートショートと言うのも面白いのですが、こう言うのも好きですねー

おうおう、7ページに挑戦ですか?
くれぐれも無理はしないでくださいね。
ちょこちょこ手直しをしますから、2~3日は開けてもらいましょうか?
Commented by haru123fu at 2012-10-08 08:59
了解しました☆彡

あ、まさかこれ以上原稿を増やしたりはしませんよね。←疑いの目
私の能力の乏しさを、海野さんは充分ご存知ですよね。←疑いの目(笑)

Commented by marinegumi at 2012-10-08 14:45
haruさん、おはようございます。

こんなものかなー
「展覧会」という言葉にずっと違和感があたんですが、「個展」に変えて、なんかすっきりしました。
ちょこちょこ手直しもしましたよ。

手を入れるうちに、文字数が増えたり減ったり、増えたり、増えたり、増えたり(笑)減ったり、減ったりしましたね。
今晩あたりもう一度読み直して、それで終わりと言う事にしましょう。
Commented by りんさん at 2012-10-09 15:56 x
いいですね。
どんな展開になるのか、ミステリーなのか?
いろいろ想像しながら読みました。
たまにしか逢わないふたりなのに、変わらない友情がいいですね。
待ち時間を楽しんじゃう余裕は、絵描きならでは…かな。
見習いたいところです^^

ハロウィンのスキンいいですね。
Commented by marinegumi at 2012-10-09 22:09
りんさん、そうですよね。
どんな展開なのかをついつい先読みしちゃう悪いくせ(笑)
僕も、人の作品を読むときはこれまでの作品を見て、こうなるのかなーなんて思って読みます。
掌編小説なのに、ショートショートのつもりで、オチを想像して読んだり。
そこはブログだからでしょうか。
単行本だと、同じ傾向の作品ばかりまとめたりするとまた読まれ方が違うんでしょうね。

はっぴーはろういーん
このスキンは文字が読みやすいですね。
年中これで行こうかしら。
しかしハロウィーンだなー
Commented by y_fstw at 2012-10-10 02:07 x
 ええ話やー(ニセ関西弁)。
 時間があると自然と絵を描いてしまうのは、絵描きの性ですね。
Commented by marinegumi at 2012-10-10 09:58
y_fstwさんこんばんは。

おおきにー
前は時間があると必ず小説を読んでいましたが、今はすぐ寝ちゃいますね。
by marinegumi | 2012-10-07 17:49 | 掌編小説(新作) | Comments(8)