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勇者の剣 (9枚)

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トメノギ城の城下町に住む若者キュロンは靴屋をしていた。
貧しい町だったので、新しい靴はめったに売れず、毎日毎日汗くさい靴の修理に明け暮れていた。
そんな毎日に飽き飽きしていたのだ。
かといって外へ出て違う仕事を見つけると言うのもあまりに面倒くさい考えだった。
体を動かす事がとにかく億劫な男だった。

ある日キュロンは珍しく森へ出かけた。
日ごろから想いを寄せているパン屋の娘の誕生日が近い。
しかしプレゼントを買うお金もないと言うので、森へ美しい花でも咲いていないかと出かけて行った。
誰も行かないような森の奥深くなら、珍しい見たことがないような花が咲いているかもしれない。
彼女もまた貧しいので、そんなものでも喜んでくれるに違いないと思ったのだ。

キュロンはことさら険しい道のりを選んだ。
人がよく通って自然に出来た道を避け、森の奥へ奥へと進んで行った。
誰も見た事のない花を見つけるにはこれしかないと思ったからだ。
へとへとになって座りこんだ場所はまだ森の入り口から1.5キロほどだった。
座りこんだ勢いで後ろに倒れそうになって頭を何かにぶつけた。
後ろ頭をさすりながら振り返ると大きな岩がキュロンを見下ろすように聳え立っていたのだ。
岩の全体が見えるまで後ろに下がると、その岩のてっぺんから何か細い物が生えているのが見えた。
花にしては、やけに細く長いものだった。
岩に絡み付くつる草に掴まって、キュロンは岩に上った。
かなり歩いて疲れてはいたが、岩の上にある物に対する興味が彼を奮い立たせたのだ。

傷だらけになってやっと岩の上までたどり着いた。
そこには何と言う事だろう、見事な装飾を施した一本の剣が深々と岩に突き刺さっていたのだ。
雨風に晒されているはずなのにわずかの錆さえ浮かんでいない。
高く上った太陽の光で冷たく光っていた。
キュロンは勇者の剣の伝説を思い出していた。
大昔の勇者クレノリスが魔王の怒りを鎮めるために身代わりの岩に剣を突き立てたと言う。
「その剣を抜いて我が物にした時、その者が勇者となる…」
キュロンは自然とそう呟いていた。
そして、これがその勇者の剣に違いないと確信していた。
でなければ何十年、いや何百年か?それほどの時を経てもなお、こんなに美しいはずがないと思った。

キュロンはおずおずと剣の柄(つか)に手を伸ばした。
じわりと握る手に力を入れた。
そして軽く上に引き上げたが、予想通りびくともしなかった。
今度は両手でつかみ、腰を十分に入れ、満身の力を込めて引き上げ続けた。
やはり剣はびくともしない。
それから日没前までキュロンは剣と格闘を続けた。
汗だくになり、剣を持ち上げ、剣の刃を縦に横に揺さぶるように力を加え続けた。
しかし、剣は横には大きく湾曲するものの、全く抜ける気配もなかったのだ。
丸太を岩の上に運び上げ、つる草で縛り、てこの原理で引き抜こうとしたが無駄だった。
キュロンの体はもう傷だらけだった。
あちこち血がにじんでいた。
間もなく夕闇が迫るのでその日は諦める事にし、森を後にしたのだった。

あくる日は靴屋の仕事を放置したまま朝早くから森に向かった。
あの剣をどうしても手に入れるのだと言う強い思いがあったので、昨日の疲れも何の事はなかった。
同じ険しい長い道を歩き、重い体を引き上げ、岩に上がると勇者の剣は神々しくそこに立っていた。
昨日と変わらず深々と岩に刺さっていた。
そして両手でしっかりと剣の柄を握り、刃に対して前後に力を加えた。
剣を揺さぶる感じだ。
上に抜こうとするより、これが一番効果的な気がしたのだ。
何度も何度も体重をかけて揺さぶる。
しかし剣は殆ど動く事はない。
今度は左右に揺さぶりをかける。
剣はしなりはするものの、その強靭な弾力でキュロンの体重を受け流す様だった。
何時間もそれを続け、たまには上に引っ張りもした。
しかし剣はびくともしないのだった。

キュロンはいつものように朝早くから森へ出かけた。
あの剣が刺さった岩に通うようになって早くも三カ月が過ぎていた。
剣を誰か仲間と一緒に抜きに行くという発想は鼻からなかった。
自分ひとりでやり遂げなければ勇者にはなれないと確信していたのだ。
キュロンは軽々と岩の上に上り、いつものように剣の柄に手をかけた。
見事な装飾が施された柄は、毎日のキュロンの手垢や血がついて、黒ずむかと思われたが美しいままだった。
そして思い切り体重をかけた次の瞬間、一瞬の抵抗の後、ポロリと剣は抜けたのだった。
勢い余ってキュロンは岩の下に落ちてしまった。
しかしすばやくつる草をつかみ、落ちる勢いを鈍らせ、身軽に怪我をする事もなく地上に体を転がした。
その手に剣が握られていた。
やっと抜けたかと剣を見ると、抜けたのではなく岩に刺さった部分を残して刃が折れていたのだった。
さしもの勇者の剣も、いわゆる金属疲労には勝てなかったという事だろう。

町に帰ったキュロンはその日のうちに勇者の剣を鍛冶屋に持って行った。
折れた剣先を整え、研ぎを入れ、剣として使えるように改造したのだ。
柄に対して、刃の部分が少し短くはあったが、十分美しい剣になった。
靴の材料の皮を使い自分で鞘を作るとそれに剣を納め、腰に差して街を歩いた。
すると、町中の若い娘たちが彼を見るのだ。
しかし、彼の持つその勇者の剣を見るのではない。
筋骨隆々で、たくましく、精悍で、しかしその瞳は深い優しさをたたえているキュロンの容姿に目を奪われたのだ。
パン屋の娘も例外ではなかったが、彼女は彼がキュロンだと言う事に気が付いていなかった。
キュロンはほんの三カ月前には体重が180キロもあり、少し歩いただけで大汗をかいて息を荒らげる様な青年だったのだ。
腹は4重にもたわみ、背の高さよりも広かった。
二の腕はたわわに肉をたたえ、日本の着物の振袖のようだった。
それが、毎日険しい森の道を通い、更に勇者の剣を抜くために何時間も揺さぶったり引き上げたりを繰り返すうちに脂肪や肉が落ち、筋肉がどんどん付き、見事な体になっていたのだった。

キュロンは町中の娘が振り返る今、もうパン屋の娘は眼中になかった。
女は誰でもより取り見取りだと思ったのだ。
毎日どの娘が一番好みに合うのか考えていたが、ある日お城の近衛兵の隊長の目に止まりキュロンはスカウトされる事になった。
キュロンは喜んだ。
これは勇者になるための第一歩ではないかと。
勇者になれば、もっともっと素晴らしい美女を手に入れる事もできよう。


その剣の柄にはだれも読める者のない古い文字でこう書かれていた。

この剣を引き抜く者は 真の勇者となる
この剣を折り取る物は 勇者の仮面を被る


その後、キュロンは初めての戦(いくさ)であっけなく殺されたと言う。




おわり



つい最近のツイッター小説の掌編化です。
ファンタジーはファンタジーでも、こう言った「剣と魔法」テーマみたいなものは苦手ですね。
僕にとってファンタジーの基本は飽くまでブラッドベリです。
でもまあ、こんな物も童話の延長と考えれば、それはそれでいいのかもしれません。
とはいえ、「剣と魔法」を借りた落とし噺なわけですが。

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Commented by りんさん at 2012-12-03 17:19 x
面白かったです。
冒険物なのかと思ったら違いました^^
だけど、どうなるのかとワクワクしながら読みましたよ。
剣は彼が本物の勇者ではないことを知っていたんですね。
180キロが痩せたら確かに別人になりますね。
そこでいい気になっちゃったのがダメですね。
Commented by marinegumi at 2012-12-05 15:46
りんさんこんにちは。
そうですねー
いまさらまっとうな冒険物は書けないですね。
書けないと言うか、書きたくもなし。
>剣は彼が本物の勇者ではないことを知っていたんですね。
そうかー
そんな解釈も有りですね。
剣に言葉を刻んだ人の思いが残っていると言う感じです。
このお話を更にふざけた物にするとすれば、剣はいつまでたっても折れずに、筋肉隆々になった主人公が剣を使ったトレーニングジムを始めると言うのはどうでしょう?
Commented by y_fstw at 2012-12-09 13:18 x
 久しぶりにお邪魔します。
 面白いですね!
 剣をを抜こうとしてスリムになるのはいいですが、そこでほかの女性に目移りしてはいけないですよね。

 大地に刺さった剣を抜く話って、よくモチーフに使われますが、私はその原典を知りません。海野さんはご存じですか?
Commented by haru123fu at 2012-12-11 21:06
とっても面白いお話ですね。
9枚かぁ。。。と悩みながらも、やってやれない事はない精神で、
久々に長いお話頑張ってみようと思います。
朗読宜しいでしょうか?お願いします。
Commented by marinegumi at 2012-12-12 12:04
y_fstwさん、こんにちは。
韓国レポート興味深く拝見しています。
大変そうですが頑張ってください。

>私はその原典を知りません。海野さんはご存じですか?
実は僕も知らないんですよね。
この話に画像を入れるためにちょこっと検索しただけですから。
この画像はゲームの場面見たいですね。
アーサー王の伝説とか何とか、そう言う剣と魔法のファンタジーとか、ゲームなんて言う物が苦手なので、普段は全く興味がありません。
Commented by marinegumi at 2012-12-12 12:08
haruさんこんばんは。
9枚、がんばってみますか?
今までで一番長かったのは何でしょうね。
ぼくの作品では幻の「明日香の手」の12枚?
あー、「バスの窓の少女」も12枚ですね。
どうぞよろしくお願いします。
by marinegumi | 2012-11-30 22:14 | 掌編小説(新作) | Comments(6)