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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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水面の記憶 (8枚)

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覗き込んだ水面にわたしの顔が写っていた。
ゆらゆら揺れて、縦に歪んだり横に歪んだり、ふとまともになったりを繰り返している。
そのわたしの後ろには青空と流れる白い雲、そして風に揺れるたくさんのヒマワリの花が見えた。
だからそれは夏の記憶に違いない。
風が収まり水面の揺れが静まると、わたしはわたしの顔をはっきりと見ることが出来た。
10歳になったばかりだろうか。
それは髪の毛は長くしていたけれど、確かに男の子だった。
上半身は裸で、海水パンツをはいている。
鼻の頭に泥をくっつけた、悪戯そうな男の子だ。
わたしは土で汚れた手を湖の水に浸し、じゃぶじゃぶと洗った。
手に着いていた汚れが透明な水をしばらくの間濁らせる。
わたしの顔はかき乱され、わたしの記憶からも遠ざかってしまう。

長い長い時が流れた。
いや、そうではなくて時が後戻りをしているのかもしれない。
どちらにしても、それはまたあの夏の記憶とは別の記憶だった。
でも、場所は同じ湖のようだ。
湖の水面に映る木々の葉は黄色く赤く色付き、時々湖に舞い落ちていた。
わたしはまた同じ様に水面を覗き込んでいる。
何度も何度も時を置いて、この湖を同じ場所から覗きこんでいた気がする。
なぜかそうしなくてはいられなかった。
ただその場所に魅せられていとしか言いようがなかった。
風が木々を揺らし、たくさんの落ち葉が降り、水面に映っていた景色は千々に乱れる。
揺れが収まって来ると、写り込む私の顔がまともに見えるようになる。
それは女の人だ。
細面の、目が大きく愁いを湛えた女性だった。
それがわたしなんだろうか?
水面にまた一つ波紋が広がったのは、わたしが花を一輪投げ込んだからのようだった。

それからまた時は流れ、もしくは遡り、わたしは同じ湖の同じ場所に立っていた。
わたしはさっき引きずって来た何か大きな物を湖へと沈めた所だった。
そうする事によってわたしはやっと一息をついた。
何かずっと感じていた不安な気持ちが消え、ひどく安心していた。
わたしの背後に見える水面に映った景色はどんよりと曇った冬空。
白い物が波紋さえ残さずに水面に降り、すぐに消えて行く。
水底からはしばらくポコポコと泡が上がっていた。
それが収まるとわたしは冷たい湖の水に手を入れて洗った。
すると水はたちまち真っ赤な色に染められて行く。
わたしは手だけではなく、腕や着ている服まで赤く染まっていた。
しばらく手や腕を洗い続けていたわたしは、やがて洗うのをやめ、静まった水面をしばらく見ていた。
そこに写るのは男の顔だった。
見覚えのある顔の大人の男の人。
それが本当にわたしなんだろうか?
いったい本当の私は誰なんだろう?

それまでは自分の見ている物を自分の記憶だと思い、そのまま受け入れていた。
でも、そうではないと言う思いが大きくなった。
この記憶はわたしの物ではないのではないかと。
そしてどうやらわたしは水面に映った自分を見ていたのではないと気が付いた。
水底から水を通して見上げていたのではないだろうかと。

クリスマスも近いある日。
わたしは一人で森の中の湖へ出かけた。
真っ白な生地に真っ白なフェイクファーで縁取ったフード付きのお気に入りのコートを着て。
いつもならそろそろ氷が張り出す頃だったのだ。
毎年そこでスケートをするのが楽しみで待ち切れず、時々氷の様子を見に湖まで出かけた。
でもまだまだ氷は貼り始めてもいなかった。
水面を覗き込むと、冬の雪雲とわたしの顔が写っていた。
白いフードに包まれたおさげ髪のわたしの顔。
まだそばかすが少しあり、青い瞳と、口紅を塗ったように赤い唇。
その時、わたしの顔の後ろに黒い大きな影が見えた。
そう思った次の瞬間、わたしはごつごつした手で腕を掴まれていた。
振り返る間もなく、強い力になすすべもなく、ぐいぐいと引っ張られて行った。
引きずられるようにして連れられて行く先に、冬は誰もいない木こり小屋が見えて来る。
見上げると、私を捉えているのは黒い服を着た大きな男の人だ。
わたしは訳のわからない恐怖に悲鳴を上げた。
何度も何度も上げ続けた。
すると男の人はわたしを地面に投げ飛ばした。
背中を強く打ち、声が出せなくなる。
ただ涙がボロボロと出るばかりだった。
男の人は泣いているわたしを木こり小屋に引きずり込むと、肩を揺さぶり頭を壁にぶつけ始めた。
世界はわたしの頭と壁がぶつかる音だけになった。
見る見るうちに白いコートが赤く染まって行くのを見ていた。
気が遠くなりながら考えていたのは「まるでサンタさんの服みたいだな」と言う事だった。
その時にはもう痛みも感じていなかったのだ。
記憶がどんどん消えて行く。
周りの世界が消えて行く。

そう。
わたしは湖の水面に映った自分の顔を見ていたのではなかったんだ。
わたしは湖の水底から湖を覗き込む人を見上げていたんだ。
その情景を自分の記憶だと感じていただけなんだ。
男の子は誰だったんだろう。
女の人は誰のために花を一輪投げたんだろう。
男の人は…
そう、あの男の人の事だけは思い出せる。
男の人はわたしを殺したあと、木こり小屋にあったビニールシートでわたしをくるんだ。
そして、おもりの石を付けると、湖まで引きずって来てこの場所に沈めたんだ。
わたしは死んだけれど意識だけになり、少しは考える事が出来た。
今までのわたしの記憶は殺される時にバラバラになってしまった。
だから、しばらくは自分が誰なのかさえ分からなかった。
長い月日のうちに少しづつ記憶を取り戻したけれど、見ている物と自分の記憶の境目が曖昧だった。
それが今、急にはっきりと蘇って来た。
そして、あの男の人が別の事件で掴まった事もなぜか理解していた。
そう、あの男の人はやがてわたしを殺した事も告白するだろう。
そうするとわたしの体は、今いるこの冷たい場所から家に帰れる日も近いのかもしれない。



おわり



例によって、ツイッター小説の掌編化です。
夏に始まってクリスマスに終わる物語。
書き終って、即アップです。
校正は後からぼちぼちと言う、いつものパターン。

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Commented by haru123fu at 2012-12-19 07:03
早速お邪魔しま~す。おはようございます。
夏から冬へと季節の移ろいとともに記憶が少しづつ甦えり、
衝撃のラスト。
ひまわりに雪の降る画像可愛い。
手直しが終わったら、朗読しても良いですか。?お願いします。
Commented by marinegumi at 2012-12-19 16:28
haruさんおはようございます。
朗読しても良いですよー(笑)

そうですねー
今夜と明日の夜ぐらいには直しておきますので、21日にはテキストにしてもらってもいいかな。
いろいろ(年賀状とか)忙しいので。
漢字の読みに関して「水面」は「みなも」、「水底」は「みなぞこ」と読んでくださいませ。
よろしくー
by marinegumi | 2012-12-18 23:05 | 掌編小説(新作) | Comments(2)