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雨の音楽 (3枚)

その日、雨は朝から降り続いていた。
ベッドの上の少年は長い間、高熱に浮かされていた。
彼の目はうつろで、白い天井を見上げるともなく見上げている。
やがてまぶたは閉じられたけれど、少年はその耳で、全身全霊を傾けて雨の音を聞いていた。
周りにいる大人たちは誰もそれに気が付くはずもない。


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少年は雨音を音楽として聞いていた。
耳に入る雨が地面に落ちる音、地面にできた水たまりで撥ねる音。
木々の枝の無数の緑の葉をたたく音や小さな花をなでて行く音。
人々の暮らす町の色とりどりの様々な形の屋根をぬらし、ノックをしてゆく音。
屋根から樋に集まり、流れて行くその音まで、少年の耳には聞こえていた。
病院の窓ガラスを打つ雨は流れて、少年のほほにその影を落としている。
少年は感じていた。
雨の音によって窓の外の世界を。
そこに暮らす人々の息遣いや、その思いまで。
喜びや悲しみや、愛情や憎しみや、思いやりやひがみ、安らぎそして死の予感まで。
全てを感じ、それを音楽として受け止めているのだ。
少年のやせた両手のそれぞれの指はわずかに動き、彼のその最後の夢の中で、慣れ親しんだピアノを弾いていたのだ。


雨の音楽 (3枚)_a0152009_17584657.jpg


その曲は少年の作品だった。
少年が自分のその開花する事のなかった才能で作り上げている、壮大なスケールを持った雨のピアノ曲だ。
どんな大作曲家にも書けなかった、人を感動させずにはおかない偉大な音楽だった。
それを今、少年は即興で作り出していたのだ。
しかしそれは、その曲は、その偉大な芸術作品は、少年の頭の中でしか聞こえてはいない。
少年がもしも意識を取り戻し、元気になり、もう一度ピアノの前に座れたなら譜面に書き起こされたはずの音楽。
それが人々の前で演奏される事があれば、必ず誰もが喝さいを送った事だろう。
しかし今、少年は様々な医療機器を体に着けられ、横たわったままだった。
心電図も、脳波計も、彼が懸命に演奏しているその曲を響かせはしなかった。
それどころか波形は次第に弱まり、やがて数人の大人たちが見守る中、1本の横線を描くだけになってしまった。


雨の音楽 (3枚)_a0152009_17591817.jpg


少年の死とともに世界に降る雨も上がり、その演奏を終えたようだった。





おわり




この作品はツイッターでやっている「31文字の小説」の一つを元にしています。

 熱にうかされ 雨の音 ピアノの音色に聞く君は 人知れず逝く天才作曲家


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by marinegumi | 2013-02-13 18:03 | 掌編小説(新作) | Comments(2)

Commented by りんさん at 2013-02-15 18:32 x
すごくいいですね。
雨の音を音楽にしてしまう。
天才とは、最後の最後まで音を奏でるものかもしれませんね。誰も聴くことが出来ないのが残念ですが。
心電図が最後に一本の線になったところの表現が好きです。
Commented by marinegumi at 2013-02-16 18:39
りんさんこんばんは。
ありがとうございます。
天才でなくても僕も、最後の最後まで、140文字の物語を考えていたいものですね。
違うか。
長い長い物語を紡ぎながら、という感じかな。