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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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水槽の人魚 (7枚)

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近所の古いスーパーが、しばらく閉店していたと思ったが、売り場面積を倍にして新装開店をしたらしい。
何ページもある折り込みチラシが新聞に入っていた。
仕事をしながらの、男の一人暮らしだから、毎日の買い物の店は近い方がありがたい。

出かけて行くと、すごい人出だった。
ぴかぴかの外観。
広く、真新しい店内。
品ぞろえが豊富になり、照明は眩しいほどに明るい。
一通り今夜の夕食の材料を買い終わり、鮮魚売り場の前にやって来た。
そこには巨大な水槽が据え付けられていた。
その中にはタイやヒラメ、アワビなどが活かされているけれど、ひときわ目を引くのは一匹の美しい人魚だった。
髪の毛は長く、亜麻色でウエーブがかかり、ゆったり泳ぐにつれて優雅に揺れた。
肌は抜けるように白く、顔は端正で目は青く愛きょうがあり、何とも言えない憂いを秘めていた。
なめらかで美しい体の曲線を目で追って行くと、やがてうろこに覆われた下半身へとつながる。
それは、とても作り物では出来ない生き生きとした動きで彼女を水槽の中を自由に泳がせていた。
正真正銘の人魚なのだ。

一人の悪戯そうな男の子がその水槽の前にやって来た。
そしていきなりそのガラスを「ドン」と叩いたのだ。
中の人魚は驚き、水槽の隅に遠ざかった。
その目は恐怖におびえている。
売り場の店員が男の子をたしなめる。
男の子の母親らしい人が走り寄って来て店員に謝った。
「まあ、この水槽はアクリルですからめったに割れはしませんけどね。気をつけてね坊や」
と愛想がいい。

次にやって来たのは中年の女性だ。
カートに乗せたバスケット二つに、あふれるほど買い物をしている。
水槽をしばらく覗いていたと思うと、店員に声をかけた。
二人は水槽を時々指差して何やら話をしている。
「三枚に下ろす」「身は赤身ですね」とか「脂がのってますよ」など、話の端々にそんな言葉が聞こえた。
水槽の中の人魚にはその言葉が聞こえるはずはない。
水が音をさえぎっているだろうし、エアーポンプの音もしている。
でも人魚は彼らの方を見て聞き耳を立てている風だった。
その表情はとても悲しげだった。
水槽に浮かびながら胸の前で両手を組み合わせて、祈っているように見えた。
やがてそのお客は、ちらりと水槽に目をやるとカートを押して行ってしまい、人魚は穏やかな表情にもどる。

私は水槽に近づき、人魚を近くで見た。
人間ならテレビタレントにでもなって、美女だと騒がれてもおかしくないほどの顔をしている。
目が合った。
その目はとても大きく澄んでいて無垢だった。
私を見て微笑んだり、横目で見たり、不安そうに眉をしかめたりする。
そして離れて見ているよりもずっと幼く見えた。
私は水槽を離れ、鮮魚売り場のカウンターの中の店員に声をかけた。
「あの人魚はどこで捕れたんだい?」
「大間産と書いてますから、津軽海峡あたりで捕れたんじゃないっすか?」
「家で飼育するには、やっぱりこれぐらいの設備がいるんだろうね」
人魚を見ると、興味深そうにこっちを見ている。
「お客さん、これは食用ですよ。飼うなんてちょっと無理じゃないですか?」
「やっぱり食べるには刺身がいいのかな?」
「まず刺身でしようね。でもこれだけの大物だからね。刺身だけと言うのはね。煮付けもいいし、みそ焼きも…」
私達は小声で話をしていたのだが、人魚の表情が見る見る悲しげに変化するのが判った。
彼女はテレパシーでも使えるのだろうか。
「でもこれだけ大きいと、何かのパーティーの時でもないと食べきれないな。半身(はんみ)だけと言うわけにはいかないもんかね?」
「半身と言いますと?」
「ほら、水槽の魚を半身だけ切って料理して、残りは水槽に戻して泳がせておくってのをテレビで見た事がある」
「あー、それは無理でしょうね。水槽が血で真っ赤に染まっちゃうっしょ?」
人魚は私達の方を見ながらさっきのように両手を胸の前で組み合わせている。
そして憂いに満ちた瞳で私達に何かを訴えているようだった。
「近々、私の姪(めい)の結婚式なのだが、その披露宴で、この人魚の解体ショーなんてのはやってもらえるものかね?」
「まあ、そりゃ請け負わない事もないですがね。結婚式にふさわしいかな~?」
人魚は水槽の中でうなだれてしまった。
力なく漂い、その目からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちるのが見えた。
「一体いくらぐらいかかるものなんだ?」
私はそれを聞いて驚いた。
とても手が出る金額ではなかった。
「なるほどね。珍しいものだからそれぐらいはするのかな。はいはい、邪魔したね。また考えておくよ」
もう一度水槽の前に立った。
人魚は穏やかな表情に戻っている。
私を横目で見ながら少し微笑みを浮かべていた。

その時、店員が小さな網を持って台に上がり水槽の蓋を開けた。
そして水槽の底にあるものをすくった。
それはさっき人魚が流した涙が固まった物のようだ。
「きみ。それは?」
「ああ、これは真珠ですよ。真珠貝から採れる物よりずっと質がいいんです。このスーパーの2階に宝石売り場が出来てますが、「人魚の真珠アクセサリー」はそこで手に入れられますよ」

私はレジを済ませると、外に出た。
アクセサリーを送る相手もいないし宝石売り場には興味がない。
「待てよ。結婚式もある事だし、ネクタイピンぐらいなら…」
私はもう一度店内に戻った。




おわり



昨夜と言うか、今朝と言うか。
前の晩に書いたばかりのツイッター小説を掌編小説にしてみました。
人魚を食べる話と言うのはいくつも書かれていると思いますが、鮮魚売り場で売られていると言うのはあるのかな?
以前はかぶりがないかよく調べていましたが、最近はやめています。
同じアイデアでも書く人によって違う作品になりますからね。
それはそれでいいと、開き直り。

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Commented by りんさん at 2013-07-07 06:41 x
ありえない話と思いながらも、想像してしまいました。
人魚の解体ショー…おぞましい^^;
血に染まった水槽とか、日常会話のように話しているのが面白いですね。
上質な真珠が採れるなら、ずっと飼っていてもいいのにね(笑)
あ、でも数に限りがあるのかな?涙も枯れちゃうとか。
いずれにしても、いい商売ですね^^
Commented by marinegumi at 2013-07-07 22:00
りんさんおはようございます。
あり得ないですよね。
人魚の解体ショーの事を普通に話している主人公。
このお話は不条理の方に片足を入れていますね。
そう言う感じは書いて行く途中で思い浮かびました。

そうだなー
真珠のエピソードはあった方がいいのかない方がいいのか微妙な所ですね。
元のツイッター小説の通り、『その涙は真珠だった』で終わらせる方がいいかもしれません。
by marinegumi | 2013-07-03 14:56 | 掌編小説(新作) | Comments(2)