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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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空のクリスマス (12枚)

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空港の出発フロアには美しいイルミネーションで輝く大きなクリスマスツリーがあった。
一人でソファーに座りヒロムはそれを見ている。
彼の瞳の中でも明かりが点滅している。
しかし、その青白い、温かみのないLEDの光は彼の気持ちを寒々とさせていた。
たくさんの人々でごった返すフロアにはヒロムと同い年ぐらいの小さな子どもたちもいる。
彼らは当然みんな親子連れだった。
大きな、玩具やお菓子の箱を抱え、それぞれ暖かそうな服を着て、みんながみんな笑顔だ。
これから飛行機に乗る子供もいるようだし、クリスマスの買い物のためだけにこの空港まで来た親子連れもいる。
自分以外の誰もが幸せそうにヒロムには見えた。

「今日はクリスマスだ」とヒロムはその日、何度思った事だろう。
両親もいない、プレゼントもご馳走もないクリスマスは初めてだった。
外国にいるお母さんが新しいお父さんと暮らし始め、ヒロムはそこへ行くことになり、今ここにいる。
本当のお父さんが病気で亡くなり、2か月ほど叔父の世話になっていた。
そのヒロムの叔父は受付カウンターで搭乗手続きをしていた。
それが終ったらしく戻って来ると電光掲示板を見ながら言った。
「あと30分ぐらいで出発だからな。このお姉ちゃんによく頼んでおいたから大丈夫だよ」
ヒロムが顔を上げると叔父の後ろで空港の制服を着た女の人が笑っていた。
「あなたがヒロムくんね。飛行機のチケットは私が預かっているからね。心配はいらないよ」
ヒロムはその女の人に手を引かれ国際線ゲートエリアに向かった。
振り返ると叔父が笑顔で手を振っていた。
ヒロムが一度目をそらし、もう一度見直すと、叔父は後ろ姿だった。
両手を腰に当て、一つ大きなため息をつくと数秒後には歩き出していた。

飛行機は寒空に飛び立った。
ヒロムは隣の見知らぬ女の人が代わってくれた窓際に座っていた。
半分凍りついた窓からは夕闇の中の街明かりがはるか下の方に見えている。
ヒロムはその無数の明かりの描く模様にクリスマスツリーの形を見つけようとした。
でもそれは何の形にもなってはいない。

女性の客室乗務員が何度もヒロムの所へ来てくれた。
シートベルトの世話や、寂しくないかとか、お腹がすいてないかとか、優しい言葉をかけてくれる。
彼は声に出さず、うなづくだけだ。
ヒロムはリュックの中から本を取り出した。
特に大事にしている2冊の本。
1冊は絵本の「オズのまほうつかい」
これは自分で読める。
もう1冊は「80日間世界一周」
これは自分一人では殆ど読めない。
お母さんに一度読んでもらった事があって、その面白さが忘れられなかった。
そんな2冊を膝の上に置き、「オズのまほうつかい」のページをめくった。
他の本やヒロムの持ち物はみんな後で叔父が送ってくれると言っていたはずだ。

機内サービスにあの世話好きな客室乗務員が来て、ヒロムに声をかける。
「メリークリスマス。ヒロムくん」
そう言って紙コップに暖かい紅茶と小さなケーキを置いてくれた。
そして小さなリボンをかけた箱。
「今年はサンタさんが来なかったんだって?お姉ちゃんが代わりに上げるからね」
それは機内販売で扱っている旅客機の模型だった。
彼女が自分でお金を払ったものだ。
包装紙を取りその箱の飛行機の絵を見て、ヒロムは少し笑顔になった。
「ありがとう」と、かすれた声でお礼を言った。
でもなぜか心の中の寂しさは、かえって大きくなったような気がしていた。
普通のショートケーキの三分の一ほどのオレンジケーキに、小さなおもちゃ。
父親と二人きりの数年間でも、ちゃんとクリスマスには大きなケーキといくつかのプレゼントと御馳走があった。
今年のクリスマスはこんな空の上。
真っ暗な冷たい空の上のクリスマスだ。
それももうすぐ終わってしまう。

ヒロムは眠ろうとした。
少し、うとうととするものの、なかなか寝付けなかった。
それでも少しは眠ったのだろう。
気が付くとヒロムの体には毛布が掛けてあった。
眠りかけては目が覚め、まだ飛行機の中なのに気が付き、長い眠れない時間を過ごす。
そしてまたうとうとする。

少し眠ったと思ったが、飛行機が着陸態勢に入ったざわめきで目が覚めてしまった。

ようやく飛行機は空港へ着いた。
と言うことは飛行機の外は見知らぬ外国なのだ。
寝起きでぼんやりした頭のまま、大人達と一緒に飛行機の通路を歩いて行く。
外へ出る時にあの客室乗務員が声をかけた。
「ヒロムくん。元気でね。バイバイ」
満面の笑顔で手を振ってくれた。
出口には外国人の空港の係員の女性が立っていてヒロムと手をつないだ。
意味のわからない言葉をしゃべり、ぐいぐいと引っ張って歩いて行く。
空港のロビーには見知らぬ外国人の男の人が迎えに来ていた。
その人は片言の日本語でしゃべった。
「ヒロムクン。ボクガキミノアタラシイオトウサンダヨ。ヨロシクオネガイシマス」
そう言って無理やり握手をした。
その手はびっくりするほど大きかった。
でもとても暖かいのだ。

空港から男の人の運転する車に乗った。
空港の周りこそ明かりが点いていたけれど、しばらく走るともう街灯もないような寂しい道が続くばかりだ。
不気味な木々が両脇を通り過ぎて行く暗い暗い道。
車のバックシートは飛行機の座席よりも居心地がよくヒロムはすぐに眠りに落ちてしまった。
一度車が止まり、毛布が自分の体に掛けられたのを覚えていた。

目が覚めるとベッドの上だった。
ふかふかのクッションの彫刻が施された木のベッドだった。
部屋は日本の自分の部屋とは大違いで洒落た木の家具が揃っている。
窓を覆っていたカーテンを両側へ開く。
窓は上がカーブした両開きの木の枠の窓だ。
そして外の景色を見て驚いた。
すっかり葉を落とした雑木林が広がり、一面を雪が覆っていた。
サンタクロースがそりを走らせるのが似合いそうな景色だった。
後ろのドアが開いた。
「あ、やっと起きたのね。ヒロム」
そこには何年振りかで見る母親が立っていた。
着ている服も日本にいる時とは違ってまるでおとぎ話の登場人物みたいなドレスだ。
そしてとてもきれいだった。
母親はヒロムに近づくと目の高さまでしゃがんで彼を抱きしめた。
「ごめんね、つらかったでしょ。これからはずっと一緒だよ」

母親に手を引かれ一階に降りると、そこには大きなクリスマスツリーがまだ飾ってあった。
レンガで出来た暖炉では本物の火が勢いよく燃え、テーブルの上には御馳走がこれでもかと言うほどに並んでいる。
その真ん中には写真や絵でしか見たことのない七面鳥の丸焼きがドーンと居座っているのだ。
「今日はクリスマスだよ。これだけの用意をするのに忙しくてさ。空港に迎えに行けなかったんだ。ごめんね」
母親は奥の部屋に声をかけた。
「ジョン!」
ドアが開いて男の人が大きなリボンのかかった箱を持って入って来た。
「メリークリスマス!ヒロムクンヘノプレゼントダヨ」
ヒロムは目を丸くした。
「だって、クリスマスはもう終わったのに?」
「何言ってるの?今日は12月25日だよ」
そこで母親は、ポンと手を打った。
「そうか、そうだよね。ヒロムは飛行機で日付変更線を越えたからね」
彼は部屋を見回した。
壁に掛けられた自分のリュックを見つけた。
それを下ろして開き、「80日間世界一周」の本を取り出した。
「日付変更線だ!ぼく、日付変更線を渡ったんだね?」
日付変更線の事を知ったのはその「80日間世界一周」の本を読んでもらってからだった。
「あ、その本まだ持ってたのね。自分で読めるようになった?」
ヒロムは首を振った。
「うふふ。じゃあ今夜また読んであげようか?」
ヒロムは何度も首を縦に振った。
「メリークリスマス!」
いきなりドアが乱暴に開き、外からサンタクロースが入って来た。
「ホーホッホー」
外国の言葉で早口にしゃべり、三人にそれぞれいくつかのキャンディーを渡すとまた出て行った。
外に待っていたのはそりだった。
トナカイではなく馬に引かせているそりだったけれど。
サンタクロースは馬に鞭をあて、瞬く間に雑木林に消えて行った。
「今年のサンタさんは、ロバートさんちのおじいちゃんね」
母親はジョンに同じ事を外国語でもう一度言ったようだった。
彼女はヒロムに向き直った。
「どう?この国のクリスマスは?まるで夢の中みたいでしょ」
そう、ずっとヒロムは思っていた。
これは夢かもしれないと。
「でも夢じゃないんだからね」
ヒロムは雪を踏んで外へ出てみた。
そして初めて自分が住むことになった家を見た。
まるでおとぎ話に出て来るような急こう配の屋根の木の家だ。
真っ白な雪をかぶり、あちこちにクリスマスのリースが飾ってある。
うしろには落葉樹の林。
ヒロムが家の中に入ると、
母親と男の人の間に小さな女の子がいた。
ジョンと同じ金髪で、くるくる巻き毛で青い瞳の女の子だ。
赤いワンピースの服にレースのエプロンを着けている。
「『こんにちは』って言うのよ。ドロシー」
「コンチニワ」
女の子はそう言うとぺろりと舌を出した。
「この子はあなたの妹だよ。仲よくしてね」
「ドロシーだ!」ヒロムは心の中で叫んだ。
リュックの中のもう一冊の本は「オズのまほうつかい」だ。

「お母さん。お父さん。ドロシー」
ヒロムは口の中で呟いた。
大きな声で言うのは、まだ恥ずかしかったのだ。



おわり



クリスマスストーリー第2弾は、思いがけなく長くなってしまいました。
ちょっと暗く始まってハッピーな結末と言う事を決めて考えて行ったものです。
長いので朗読はスルーしてくださってもいいですよ。
まだまだ書こうと思いますから。

「海のクリスマス」の次が「空のクリスマス」って、そんな安易な~
なんて思わないでくださいね。
海と空ぐらい対照的な二つの作品なんですから。

もし朗読してくださる場合は、アップした日から1日2日ぐらい後の物をテキストとしてお使い下さい。
修正がちょこちょこ入ります。

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Commented by haru123fu at 2013-11-20 22:24
ああ、ごめんなさい。こんな素敵なお話を飛ばしていたなんて。
素敵なクリスマスですね。
原稿用紙12枚って言うのも懐かしい気がします。このぐらいの
読みごたえがある作品は、文章で読むより朗読の方が入りやすい気がします。「おばあちゃんが死んだ」の時みたいにね。

私はだんだん声が出づらくなっていますが、もぐらさんもいるので、
大丈夫。どちらかが朗読させてもらいますから。お願いします。
Commented by marinegumi at 2013-11-21 21:59
この作品は「海のクリスマス」に対して「空」で何か書けないかな~といろいろ考えているうちにだんだん固まってきたものです。
なかなか形にならず、仕事中にも車の運転中にもずっと考えて3日ほどかかって形になりました。

朗読よろしゅう。
by marinegumi | 2013-11-19 23:37 | 掌編小説(新作) | Comments(2)