雛人形 (7枚)

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京子の雛人形は豪華な七段飾りだ。
三人官女や五人囃子、右大臣と左大臣、三人の仕丁と、ちゃんと揃っている。
お籠や牛車、道具類も細かい細工で小さい頃は見ていて飽きなかった。
金色の屏風の前に並んで座る雄雛と雌雛はその衣装も特に豪華で、表情は限りなく優しかった。
それは祖母が京子が生まれて初節句に買ってくれたものだった。

雛人形は二月に入ると床の間に飾られる。
それを箱から出して飾り付けるのは父親の仕事だ。
父親は初めてその人形が来た日、人形屋さんが飾り付けたのを写真に撮っていた。
そして毎年その写真を見ながら同じように並べて行くのだ。
京子は物心がついた頃から、父親が雛人形を出して行くのを見るのが好きだった。
スチール製の雛段を組み立て、その上に毛せんを掛け、洗濯バサミで仮止めをして人形や道具を並べて行く。
一番初めに金屏風。
その両側に雪洞(ぼんぼり)を置く。
お雛様とお内裏様が仲良く並ぶと、それだけでため息が出た。
なんと神秘的な静かな、そして優しい表情。
一時間近くかけて並べ終わると雪洞に灯をともす。
そのスイッチを入れるのだけは幼い京子の仕事だった。
お雛様は四月が終わる頃まで飾られ、また大事に仕舞われた。
「せっかく時間をかけて飾るんだから三月だけじゃもったいないでしょ」
母親がよくそう言っていた。
京子は三月の雛祭りが終わると急速に興味を失ってしまっていたのだけれど、雛壇のない床の間はがらんと広く見え、少し寂しさを感じるのだった。

ある年の雛祭りを少し過ぎた頃に友達の由香の家に遊びに行ったことがあった。
彼女の家の床の間には雛人形がなかった。
「あれ?由香ちゃんち、お雛様は?」と、思わず聞いた。
「お雛様出してたよ。昨日片付けちゃったけど」
「そうなの?うちは四月まで出してるよ。三月だけじゃもったいないってお母さんが言うから」
「そうだね。うちのはお内裏様とお雛様だけだから簡単に出したり片付けたり出来るからさ」

その由香も二年前に結婚をして、遠い街で暮らしていた。
今年の年賀状には生れたばかりの赤ん坊の写真があった。
そして由香の直筆で気になることが書かれていた。
「京子はまだ結婚はしないのかな?そろそろいい人見つけないとね。お雛様を長いこと出したままだと結婚遅れちゃうってさ(笑)」
え?っと思った。
迷信には違いないだろうけれどなぜか気になった。
ネットで調べたり、近所のおばさんに聞いたりしても昔から結構言われている迷信のようだった。
両親はそんな迷信がある事を知らないのだろうかと、ちょっと不思議に、そして少々不満を感じた。
京子にはつい最近まで恋人がいたのだ。
亮介と言う名前の小さな商事会社の社員だったが、京子はたぶんこの人と結婚をするだろうと感じていたのだが、彼の方から別れ話が出てしまった。
海外の支社に転勤が決まったのだと言う。
「ちょっと政情が不安定な国だからな。お前を連れては行けない。いつ帰れるかもわからないしな」
彼は京子の目も見ずにそう言った。

それから何年も過ぎた。
何人かの恋人は出来たものの結婚までには至らない恋ばかりが通り過ぎた。
その間に高校時代の友人たちは次々に結婚をして、それぞれに家庭を持って行くのだった。

それからも毎年二月に雛人形は飾られ、4月が終わる頃にやっと片付けられると言う事が繰り返されていた。
嬉々としてそれを毎年出し入れする父親には聞けなかった。
どうして雛祭りが終わってすぐに片付けないのかと。
お雛様は雛祭りが終わるとすぐに片づけないとお嫁に行けなくなっちゃうって言うよと教えてやりたかった。

ある年の春。
父親が突然に心不全で亡くなった。
葬式を終わり、涙にくれる日々が過ぎ、やっと悲しみが癒えかけた頃、雛祭りを迎えた。
京子が大人になってからは特に雛祭りを祝うこともなくなったがお雛様だけはずっと飾られていたのだ。
床の間には生前の父親が最後に飾った雛壇があった。
あくる日の三月四日に京子は自分で雛人形を片づけることにした。
押入れから箱を出して雛壇の前に持って来るのを見て、母親は何か言いかけたが声には出さなかった。

片づけ方は父親の手順を見て覚えていたので迷う事はなかった。
殆ど箱に納め終わり、あとはお雛様を入れると終わりだった。
一番上の段からお雛様を持ち上げた時、そのふところに何かが挟まっているのに京子は気がついた。
小さな折りたたんだ紙片のようだ。
取り出して広げてみる。
それには父親の字で何やら書かれていたのだ。
「キョウコガ、イツマデモイッショニイテクレルヨウニ」
ふと、背中が寒くなった。
片仮名の文章が少し不気味だったのだ。
続きがあった。
「ヨメニハ、イカセタクナイ」

あくる日には、昨日はちょっと怖かった父親の気持ちも理解していた。
京子は一人っ子だったから本当に手放したくなかったのだろうと思うと少しいじらしくも思えて来るのだった。
玄関のチャイムが鳴った。
出て行く母親の足音と声が聞こえた。
しばらくして京子の部屋へ母親が声をかけた。
「京子。お客さまよ」
ドアを開けると母親の後ろには亮介が立っていた。
それは京子が38歳の春のことだった。




おわり




実にひさびさに、ツイッター小説を元にしていない作品を書きました。
これはお休みだった今朝、布団の中でうとうとしている時に出来たお話です。
ストーリーがほぼ出来上がってからまた少し寝てしまって、最後の結末は夢の中で考えたんですね。
目が覚めて「なるほど!そう言うことね」と声を出してしまいました。
面白い体験でしたね。

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Commented by 雫石鉄也 at 2014-02-06 13:17 x
なんだか複雑な気分にさせられる作品ですね。
父親の妄執なのか愛情なのか。
父が生きている間は、父の願いというか呪いは生きていたのですね。その父が死んで呪いがとけた。怖いです。
Commented by haru123fu at 2014-02-06 17:56
キャッ!怖っ!
サスペンスタッチで、とても面白かったです。
私も背中が寒くなって……ああ、それは気温のせいですね。
戸外は-10℃です。雪まつりにはちょうど良い気温かも。(笑)

息が続くようでしたら、そのうち朗読させて下さいね。
原稿用紙7枚か?……悩めるところです。でも、朗読したい!(笑)
Commented by りんさん at 2014-02-07 21:56 x
すごくいいですね。面白かったです。
もちろんただの迷信なんだけど、父親は実際に結婚の邪魔をしていたのかもしれませんね。
ちょっと怖い愛情です。
わが家もひとり娘ですが、嫁に行けなかったら困るなあ~^^
Commented by りんさん at 2014-02-07 21:58 x
あ、すみません、追伸です。
公募ガイドの虎の穴で、海野さん佳作でしたよ。
私も佳作に入ってました(かろうじて)
Commented by marinegumi at 2014-02-07 23:57
雫石さんこんにちは。
父親の妄執に、母親も加担している感じですか。
初め考えたストーリーは、嫁に行き遅れた娘がその迷信を初めて聞いてそう言えばうちは雛人形を4月まで出していたなと気がつくと言うだけだったんですね。
この結末は夢に出て来たものです。
Commented by marinegumi at 2014-02-08 00:05
はるさんこんにちは。
今夜はこちらも雪が降っています。
明日の朝には積もっているかも。
朗読よろしく。
しかし、ほぼ毎日の更新、バイタリティーには恐れ入ります。
でもまあ、もっとじっくり完成度を高めると言うのもいいかもしれませんね。
Commented by marinegumi at 2014-02-08 00:09
りんさんこんばんは。
あーそうですね。
雛人形を4月まで出しっぱなし以外に、具体的に邪魔をしていたとか?
父親が亮介の会社の上司で、彼を外国に飛ばしたのが父親だったりしたらどうしましょ?

りんさん情報ありがとうございます。
今回は一緒に佳作でしたか?
ありがたいことです。
しかし入選したい!
でも、でも、その情報はどこから?
発表ブログもまだ更新されてないのに。
by marinegumi | 2014-02-05 17:55 | 掌編小説(新作) | Comments(7)