旅立ち (6枚)

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もう絶対に家には帰って来ない。
あなたはそう決心して、自分の部屋のドアを開けた。
真っ暗な廊下へ出て、音をたてないようにドアを閉じると、それだけでもう旅の一歩を踏み出したような気がした。
もう何にも縛られない。
親にも、学校にも。
門限も校則ももうみんな関係ないんだとあなたは思った。

階段を降りて台所のドアを開けた。
冷蔵庫から水のペットボトルを2本、手に提げていたリュックに入れた。
あなたはそのリュックを背負うとクローゼットのドアを開けて中に入り、コートを取り腕にかける。
靴箱から履きなれたスニーカーを出して部屋履きと履き替える。
玄関のドアを開けた。
常夜灯でうっすらと明るい静かな廊下が伸びていた。
家の中と違い空気が冷たかった。

少し歩くと階段室の鉄の扉がある。
あなたが重い扉のノブを回し、体重をかけて開くと真っ暗な階段にセンサーのライトが点いた。
階段を降り、踊り場で曲り、また階段を降りると再び鉄の扉がある。
その扉を開くと下のフロアーの廊下だ。
階段を降り、踊り場で曲り、階段を降りる。
それを何度となく繰り返すうちにあなたはいったい何階まで降りて来たのか分からなくなっていた。
普通こういう建物には階段の途中の踊り場とかに階数表示があるはずなのに、何もないのだ。
あなたの住んでいたフロアーは12階。
もうとっくに12階分の階段を降りて来たような気もする。
あなたはそんなに遠い距離ではないと思って、いくつ階段を降りたのかは数えていなかったのだ。
だんだん足が痛くなってきていた。
エレベーターは人に会うリスクがあるからと避けた事をあなたは後悔していた。
そして今からでもエレベーターに乗ればいいのだと気がついた。

あなたは次の階の鉄の扉を開けて廊下へ出た。
するとその廊下は他の階の廊下と様子が違っているのだ。
妙に古びている。
壁は苔むしたレンガの壁だった。
ところどころレンガの間から水が滴っている。
明かりはと言えば太い蝋燭が点々と灯っているばかりだった。
あなたは自分の住んでいた階の廊下しか知らなかったという事に気がついた。
この建物はフロアーごとに意匠を凝らしたデザインの廊下になっているのだろうか?
それにしてもこの廊下の様子はあまりにも奇妙だった。
「今どき蝋燭だなんて」とあなたは声に出さずにつぶやいた。

あなたはじめついた廊下を歩いてエレベーターホールがあるはずの場所までやって来た。
エレベーターは確かにあったが、それは映画でしか見たことのない古い時代のデザインだった。
扉は鉄格子で真っ暗な昇降路の闇が見えていた。
数本の錆びた鋼鉄のワイヤーも見えている。
エレベーターの階数表示はデジタルではなく数字を針が指し示すものだった。
あなたは試しに下へ降りるボタンを押してみた。
何の反応もない。
古いだけではなくひどく錆びていて、動くことを期待してボタンを押したのではなかったが、あなたがエレベーターホールを後にして歩き始めた時、重い機械音が聞こえた。
エレベーターの箱が上がって来ているようだ。
不気味な機械音に混じって何か獣のうめき声が聞こえる気がした。
ガシャーンと大きな音を立ててエレベーターが止まった。
そして格子で出来た扉が横に開く音。
あなたはすでにエレベーターが見えない所まで歩いて来ていた。
その恐ろしげな音を立てるエレベーターの箱から何が出て来るのだろうか?
あなたはあらゆる不吉な忌まわしい得体のしれない者の姿を想像した。
廊下を歩く重い足音が聞こえる気がした。
あなたは恐怖のあまり走り出してしまう。
すぐ後ろにありえない怪物の姿を想像しながら必死に全速力で走り続けた。
廊下を走り、木製の扉を開き、階段を降り、走り続け、行き止まりに行き当り、引き返し、別の扉を開け、階段を上がったり、また下ったり何度も繰り返した。
そして、ある一つの扉を開けると奇跡のようにそこは建物の外だった。
あなたは星空を見上げた。
一歩踏み出そうとした時、あなたの襟首を冷たい爪のある手が捕まえた。
後ろにいる何者かの生臭い息が首にかかった。
あなたはそのまま気が遠くなった。

気がつくとあなたは自分の住む建物の見慣れたエレベーターホールの前に倒れていた。
そこは一階だった。
もう外へ出る気力もなくエレベーターの扉を開き12階のボタンを押そうとした。
その時あなたはエレベーターの箱の中の鏡に映る自分の姿を見た。
服は汚れてよれよれになっている。
ところどころが破れ、ただ汚れているだけではなく、長い年月で古くなっているように見えた。
リュックも同様で、肩ひもはちぎれかかっていた。
そしてあなたの顔。
どう見てもそれは少年の物ではなかった。




おわり



元ツイッター小説です。
ツイッター小説の時には特にオチらしいものがなく、どういう結末にするか書きながら考えました。

ところで本日、公募ガイドさんから賞品と言うか、賞金と言うか、商品券が届きました。
りんさんは公募ガイド発売日の2~3日前に届いたと言ってらっしゃったので、遅いのでちょっとやきもきしました(笑)

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Commented by haru123fu at 2014-03-22 12:30
海野さん、これって怖い!
浦島太郎よりもっと短い時間が数十年も経過したのかな?
朗読のお願いです。って言うか出来上がれば今日中にUP
したいです。よろしくお願いします。
Commented by marinegumi at 2014-03-22 13:24
はるさんこんにちは。
お願いします。
怖さを出そうとして、無理に凄味のある声にしようとは思わない方がいいと思いますよ。
ひょっとしてもう出来上がってたりして。
Commented by haru123fu at 2014-03-22 13:45
いえいえまだですよ。はい!わかっています。(笑)
Commented by りんさん at 2014-03-23 17:17 x
すごいですね。
やっぱり話の持って行き方が絶妙です。
ドキドキした~^^
第三者に語らせることで、怖さが引き立ちます。
しかし気づいたら年を取っていたなんて、絶対イヤだ~!

公募ガイドの賞品、今回は特に遅かったですね。
私も来ないのかと思ってヤキモキしました。
年度末でいろいろ忙しかったのかな^^
Commented by marinegumi at 2014-03-24 21:37
りんさんこんにちは。
>話の持って行き方が絶妙
なんて言われて読み返してしまいました。
ちょっとこの作品、なんとなく自信がなかったんですよね。
ちょっとぎくしゃくしている様な気がして。
そうですか~(笑)
これでいいのかな。

図書券の来るのも遅かったんですね。
これまでは発売日の前後にきてましたもんね。
遅いので郵便事故かなんかで遅れてるんじゃないかと。
危なく問い合わせのメールをしちゃう所でした。
by marinegumi | 2014-03-21 22:31 | 掌編小説(新作) | Comments(5)