秋の犬 (8枚)

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ココがうるさく吠えるのでわたしは二階の窓から庭を見下ろした。
紅葉したケヤキの木が一本あり、あとは芝生が張ってあるだけの殺風景な庭。
お母さんが死んでからは誰も花を植えないので、ほったらかしのプランターがあちこちに積み重ねてある。
その庭を動き回るものがいた。
犬だった。
茶色くて、お腹は白くて、中型犬と言うのだろうか?
うちのトイプードルのココと比べると倍以上の大きさだ。
首輪をしていないので野良犬?
いまどき野良犬なんてめったに見かけない。
土で体じゅうが汚れ、ゴミがくっついていた。
ごみと言っても草の葉っぱや木くずみたいなものだった。
そんな体でうちの庭の芝生の上で遊びまわっている。
転がって体を芝生にこすり付けたり、頭から順番にしっぽまでぶるぶる振るわせたり。
もうやりたい放題だ。

下に降りて、コーヒーを飲んでいるお父さんに言った。
「ねえ、お父さん、うちの庭に野良犬が来てるよ」
「野良犬?どこかの飼い犬が逃げて来たんじゃないのか」
「だって首輪、してないもん」
お父さんは立ち上がって庭を見た。
犬は道路に出ていくところだった。
「あれは柴犬とほかの種類の雑種だな」
その後、ココの散歩に行く前に庭をあちこち調べてみた。
うんちやおしっこをされてると嫌だと思ったからだったけれど、そんな様子はなかった。
ココは匂いをかぎまわっていた。

その野良犬はそれからも時々うちの庭にやって来た。
ある日、来ているのを知らずにココを散歩に連れて行こうと庭に出てびっくりしたことがある。
ココがいきなり走り出してその野良犬に跳びかかろうとしたんだ。
わたしはとっさにリードを引っ張って止めた。
ココは狂ったように吠えつづけた。
野良犬は「ウウ~」と、低い声でうなりながら庭を出て行ってしまった。
しばらく心臓がどきどきしていた。

「怖かったんだよ、お父さん」
会社から帰ってきたお父さんにそのことを話した。
「相手は動物だからなあ。大人しいのか狂暴なのか見ただけでは判らんからな。でも狂犬病にでもかかってたりすると怖いしなあ。一応保険所に連絡しておこうか?」
それからも何度かその野良犬を庭で見かけた。
どこかの野原を思い切り駆けたんだろうか?
いつも汚れた体で芝生の上を転がって遊んでいる。
でも、感心なことに、おしっこやウンチをしたことは一度もなかった。

ある日、ふとその野良犬のことを思い出した。
なぜ思い出したのかわからないけれど、すっかり忘れていたんだ。
そういえば長い間見かけてないことに気がついた。
会社へ出かけようとしているお父さんに聞いた。
「ねえ、前によくうちの庭に来ていた野良犬、最近ちっとも見ないね」
「あれ?お前に言ってなかったか?」
お父さんは鞄を持って立ち上がった。
「だいぶ前に保険所から連絡があったよ。捕獲しましたってさ。今頃は殺処分されてるんだろうな」
それを聞いて心がチクリとした。
「まあ、あの犬もそれが幸せだったかもな」
「え?どうして?」
「厳しい冬になる前に楽になったんだからさ」
わたしは庭に目をやった。
自由に転げまわる野良犬の姿を思い出したからだ。
きっと楽しかったんだろうなと思った。
飼い犬みたいに縛られず、首輪もされず、自由なのがうれしかったんだろうなと。

それからわたしは何か後ろめたい気持ちをしばらく持ち続けた。
そしてそれもいつのまにか時とともに薄らいで行った。



野良犬騒動の秋が去り、冬をやり過ごして、我が家の庭も暖かい春を迎えていた。
ケヤキは葉をみんな落として一度裸になり、また新芽を枝じゅうに付けている。
わたしは縁側に座り、ココが庭を走り回ったり転げまわったりしているのを眺めていた。
最近、庭に囲いを作ってもらった。
庭でココを放してもいいようにお父さんにたのんだんだ。
そのココの様子を見ているとあの日の野良犬を思い出した。
ゴロゴロ転げまわる。
体を芝生にこすり付ける。
頭から、体、しっぽと、順番にブルブルとふるわせる。
ココも野良犬も、同じ犬と言う動物だからそんな動作はいちいち一緒だった。

何となくぼんやり庭を眺めていると思いがけない色彩を見つけた。
近寄るとそれは黄色い草花だった。
植えた覚えはない。
注意深く見てみると他にも小さな花が咲いていた。
いくつかの違う種類の草花で、赤い花のものやオレンジ色の花もある。
「お父さんかなあ?」
いや、お父さんはそんなことはしないだろう。
それに、花の咲いている場所が気まぐれで、ちゃんと植えた物ではなかった。
そうすると?

心臓が一つ大きく打った。
あの野良犬だ。
あの犬は毎日のように秋の野原を駆け回っていたんだと思う。
その体には、土や葉っぱだけではなくて野の草花の種なんかもたくさんくっついていたんだろう。
その体でこの庭を転げ回り、種が落ちて雨が降り、冬を迎え雪が降り、雪は解け雨が降り、暖かくなり、そして、そして……そして。
わたしは自分が庭に座り込んで泣いているのに気がついた。
ココが私の顔を、涙をペロペロなめていたからだ。
今はもう殺されてしまったあの野良犬がかわいそうだった。
ココとおんなじ小さな命を持ってせっかく生まれて来たと言うのに。
ココはこんなにかわいがられて暮らしていると言うのに。
もしもわたしがあの秋の日に帰れたとして、わたしに何か出来たんだろうか?
あの野良犬を捕まえる?
首輪をつけて鎖でつなぐ?
狂犬病の予防注射を打ってもらって、うちで飼うことにする?
やろうと思えばそれが出来たんだと思うと切なくなった。
いつまでも涙が止まらなかった。



おわり



書きたくなると、書かずにはおられない、と言う感じ。
でも「これはブログに載せずに投稿してみようかな」と言うほどのものは、なかなか出来ませんけどね。


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Commented by haru123fu at 2014-04-28 15:26
海野さんらしい素敵な掌編小説ですね。心の動きが手に取るように伝わってきます。
現在、15分以上の作品はユーチューブにUPできない制裁を受けていますが、もしも、原稿用紙8枚だと
たぶん出てしまうかなと思いながらも朗読のお願いをしても良いでしょうか?
Commented by marinegumi at 2014-04-28 21:57
はるさんこんにちは。
ありがとうございます。
なんかこの作品、ちょっとのめり込んで書いてしまいました。
ぼくらしい。
そう言うことなんでしょうかね。

朗読おねがいします。
読むスピードを上げてみますか?
読む速さをアップしても、間(ま)はきちんと取った方がいいと思います。
めりはりですね。

ちょっと手を入れたいところがあるので、今晩中に直しておきます。
よろしく~
by marinegumi | 2014-04-27 17:03 | 掌編小説(新作) | Comments(2)