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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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父、買える (7枚)

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幼いふたりの兄弟は、父親が出て行ってしまってから母親の顔ばかり見て暮らすようになっていた。
あの日から母親は無口になり、笑顔を二人に見せることはほとんどなかった。
「ねえ、お兄ちゃん」
コウは兄のショウに思い切って声をかけた。
「なんだよ?」
「友達に聞いたんだけどさ。隣町にお父さんを売っているお店があるらしいよ」
小学校からの帰り道だったが、家に帰りたくなさそうな兄の足取りは重かった。
あちこち寄り道ばかりで遅々として進まなかったのだ。
コウは母親が心配で、一刻も早く帰りたかった。
「もう僕たちのお父さん、帰ってこないよね」
「たぶんな」
「だからさあ、新しいお父さんをお母さんに買ってあげたらと思うんだ」
ショウは冷たい目でコウを見た。
「お前、そんなお金どこにあるんだよ。きっと高いだろ?」
「それがさ、その友達はそんなに高くないって言ってたよ。出せるだけのお金を出して本当にお父さんが必要なんだということがわかってもらえたらおまけしてくれるって」
「そんな事信じられるかよ」
ショウはそう言うとあとは黙ってしまった。

次の日曜日の朝。
兄弟はお互いに、ありったけの小遣いを貯金箱から出し、大事にポケットに入れて自転車に乗って走り出した。
懸命にペダルをこいでやっと隣町に着いたのはもう昼前だった。
コウが友達に描いてもらったという怪しげな地図を頼りに、人に何度も聞きながら数時間後、やっとその店を見つけた。
新しいきれいな住宅やコンクリートのビルの裏の方、古びた木造住宅が残されている路地の奥にその店はあった。
風が吹いて紙くずや落ち葉が飛ばされて吹き溜まりになっている突き当りに少し傾いた瓦屋根の商店があり、木枠のひびの入ったガラス戸に一枚の破れかけた紙が貼ってある。
それに雨でにじんで消えかけている筆文字で「父、売ります」と書いてあるのがなんとか読み取れた。
汚れたガラスの向こうをコウが覗き込んだ。
木の低い台の上に真っ白い人形のようなものが5~6体並んでいた。
恐る恐るガラス戸を開けて中へ入ってみる。
その人形は目鼻もなく、髪の毛も生えていない。
全身が真っ白で、みんな同じように見えた。
ちょっと昔のアニメーション映画の「ベイマックス」に似ていないことはないが、あれよりはずっとスマートだ。
店の中に足を踏み入れると、人形は外から見えるものだけではなく反対側の台の上や、もっと奥までずらりと並んでいるのだった。
そして何やらの気配がしていた。
その人形たちはほとんど身動きをしないものの確かに生きているような気がした。
みんながみんな静かな呼吸をしているように思えた。
「なんだね?子供たち」
店の奥の暗闇から一人の老人が現れた。
コウが驚いて言葉が出ないでいると、ショウが彼を押しのけて老人の前に来た。
「ぼくたち、お父さんがほしいんです。ここで買えると聞いて隣町から来たんです」
「おうおう、よく来たね。隣町からは大変だったろう。そうかそうか」
老人はどこが目なのかシワなのかわからないような笑顔でそう言った。
「で、お母さんと相談してきたのかい?」
「いえ、お母さんには内緒で来ました」
「それじゃあお金はどうしたんだ?」
「ぼくと弟が小遣いを全部出し合って来たんです。これで買えるでしょうか?」
コウとショウはポケットからお金を取り出して、そばのテーブルの上に並べた。
老人はそれを見もせずにうなずきながら言った。
「そうか、そうか。それじゃあ母親思いの君たちのために立派なお父さんを選んであげようね」
老人はメガネをかけると並んでいる白い人形を一つ一つ確かめるように見て行った。
どれもみんな同じように見えるけれど、違いがあるんだろうかと兄弟は考えた。
老人はやがて、ある一つの人形の前に立ち止り、その手を持ち上げ二度三度上下させた。
指のあるような無いような、先が丸っこくなった手だ。
「ようし、お前がいいな」
そう言うと老人はその人形を台の上から降ろして立たせた。
足を投げ出して座っていた人形は生きているようにふわりと二本の足で立った。
「さあ、連れてお帰り」
兄弟が店を出るとその人形は歩いて二人の後を付いてきた。
そして驚いたことに店のガラス戸をちゃんと閉めたのだった。

人形はショウの自転車の後ろに乗った。
ちゃんと荷台にまたがり、ショウの腰に手を回す。
もう夕暮れの迫る街を二台の自転車は走った。
夕陽に色づいた石の橋を渡り、公園の横を通り、交通量の多い道路を走り抜ける。
長い彼らの影が道路に伸びている。
一つはひょろ長く伸びたコウとその自転車。
もう一つはショウとびっくりするほど大きな人形が乗った自転車の影だ。

やがて狭い路地の我が家へと兄弟は帰ってきた。
自転車の荷台から降りたとき、その人形はすっかり父親になっていた。
父親は二人の前に立つと彼らの頭に手をやり髪の毛をくしゃくしゃにかきまわした。
「こんなに遅くまでどこへ行ってたんだ!お母さんが心配するじゃないか」
腰に手を当てて、その言葉とは裏腹に二人を優しい目で見ている。
「家に入りなさい」

家の中ではもうすっかり夕食の支度が出来上がっていた。
母親は以前のままの優しい笑顔で二人を迎えた。
「お母さん。お父さんを買って…、いや。お父さんが帰って来たよ」
母親は子供たちの後ろに立っている父親と顔を見合わせる。
その笑顔がくしゃっと崩れ、目からみるみる涙があふれ出した。




おわり




「とらびし秘宝館」の矢菱虎犇さんが『父帰る』のパロディー作品として書かれた「父、帰る」「父、還る」「父、カエル」の三作品を始めとする自然発生的な競作大会が盛り上がりました。
この作品は、その競作の僕の作品、第二弾として書いたものです。
第一弾は「父、孵る」ですが、その後雫石鉄也さんが「父、替える」を書かれ、りんさんが「父変える」を書かれ、さらにはるさんが「父、帰る」を書かれています。
そして、さらにさらに矢菱虎犇さんが「父、孵る」「父、換える」「乳、替える」(笑)の三作品を書かれています。
いやいや矢菱さん、すごいものです。

ブログ「ゆっくり生きる」のはるさんに朗読していただきました。



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Commented by haru123fu at 2015-02-10 20:08
いや~すごいですね!「父、かえる」がいっぱい!
海野さんのこの「父、買える」がおおとりでしょうか?
難しそうですが、朗読のお願いです。よろしくお願いします。
Commented by marinegumi at 2015-02-10 23:08
はるさんこんばんは。
おおトリと言うか、最後に書いたもの勝ち?

7枚もありますが、よろしくお願いします。
Commented by りんさん at 2015-02-11 17:15 x
いい話ですね。
買ったお父さんは、本当のお父さんだったんですね。
お母さん思いの子供たちに、神様からのプレゼントかも。
Commented by marinegumi at 2015-02-14 21:50
りんさんこんにちは。
ありがとうございます。
本当のお父さんだったのかどうかは特に考えていませんでした。
お母さんが涙を流すシーンが最初に頭にあり、それに向けて考えながら書いて行った感じです。
by marinegumi | 2015-02-08 23:11 | 掌編小説(新作) | Comments(4)