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一枚の葉っぱ (3枚)

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気がつくとぼくは一枚の葉っぱでした。
大きな木の枝に頼りなくくっついている葉っぱだったのです。
もう体はだいぶ紅葉して来ているようです。
あちこち虫に食われてもいるのです。
ぼくは、ぼくたちは大きな木の小さなたくさんの葉っぱだったようです。
ぼくの意識が目覚めた時には、ほかにもまだ5~6枚の兄弟が残っていました。
でも、それから数日で、その兄弟たちはみんな旅立ちました。
木から離れ、地面に落ち、車のタイヤや人の足に踏まれ、木枯らしにもてあそばれ、やがて粉々になってしまいました。
そして最後には土に還ってしまうのですね。
今はもうこの木に残っているのはぼくだけになりました。
ぼくもきっと兄弟たちと同じ運命をたどるのでしょう。
短い命でした。
一つもいいことのない一生でした。
一つも意味を見いだせない一生でした。
なにも成しとげられずに終わってしまうなんて。
そ、そんなのいやだ~!

あれから数か月が過ぎました。
ぼくはまだ生きているではありませんか。
なんと、ぼくは壁に描かれた枯葉の絵だったのです。
大きな木のそばのレンガの壁に、あたかもその木の最後の一葉のように描かれた絵だったのです。
誰が描いてくれたのかは分かりませんが、ぼくの意識は、ぼくが描かれたときに目覚めたのでしょう。
そうなんです。
ぼくが兄弟たちと一緒に芽生え、一緒に成長した記憶が全然なかったのもそのせいだったのです。
ふう。
なんとか命をながらえたようです。
秋がすぎ、今は夏。
大きな木はまたたくさんの緑の葉をつけています。
ぼくの兄弟ではなかったたくさんの葉っぱたちに、今では何となく親近感を覚えます。
お前たちの命はせいぜい半年なんだよと教えてやりたくなります。
今のうちに生きている喜びをかみしめておくんだぞと。

ぼくは今、虫食いの紅葉の姿のままで、毎日強い日差しにさらされています。
ときおり強い雨にたたかれます。
そしてある日、なんだか自分の体の色が薄くなってきているのに気がつきました。
あと数年もすれば太陽の光や風雨にさらされて、だんだん色あせて行くのでしょう。
そしていつかは消えてしまうのですね。
そ、そんなのいやだ~!




おわり




これはUSBメモリに埋もれていた作品です。
書きかけのまま放置していたものです。
書き直しているうちにいろいろ矛盾が出て来て、それをことごとく修正して出来上がりました。

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Commented by りんさん at 2016-03-19 13:57 x
葉っぱに心があったら、壁の絵に心があったら、こんなふうに思うのでしょうね。
永遠はないんだな~って。
だけど自分を本物の葉っぱだと思うんだから、よほど上手に描けてるんでしょうね。
Commented by marinegumi at 2016-03-20 00:00
りんさんこんにちは。
おそらく「最後の一葉」の主人公の思いが葉っぱの絵に意識を植え付けたのかもしれません。

まあ、うまく描けてなくても心を込めれば意識を持つのかもしれないですね。
ぼくは子供の落書きが意識を持って動き出すと言う作品を過去に書いています。
by marinegumi | 2016-03-16 00:28 | 掌編小説(新作) | Comments(2)