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吹雪の客 (5枚)

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あら、お客さん?
こまったねえ。
もう民宿はやってないのよ。
夫が亡くなってからは子どもたちと一緒に切り盛りしていたんですけどね。
今はもう私一人でね。
まあ、こんな吹雪の中をせっかく来てくれたんだから追い返す訳にはいかないしねえ。
十分なことは出来ないかもしれないけど一晩ぐらいはお泊めしましょうか。
明日にはどこか知り合いのペンションでも紹介しますからね。
 
だけどこんな寂しい所にお一人で?
まさか彼女に振られて自殺なんて考えてないでしょうね。
って、冗談ですよ。
そもそも彼女が出来る顔じゃないしね。
だから、冗談ですってば。
 
よく冷えたビールでもどうです?
え? あたたかいコーヒーがいい?
そうよね、ごめんなさい。
そこに電気ポットとインスタントコーヒーがありますから自分で入れてくださいますか。
あ、はい、お湯も沸かしてくださいな。
普段から沸かしておいたりしないので。
 
え? 主人ですか?
ええ、そりゃもう真面目な正直な人でした。
約束を破るやつが一番きらいだと、いつも口癖みたいに言ってましたね。
その通り、一生約束を破ることはなかったですよ。
私の子供たちですか?
男の子が二人です。
二人とも結婚してどっちの夫婦もこの民宿を手伝ってくれてたんですけどね。
もうみんな死んじゃったんですよね。
孫たちはみんな街に出ちゃって。
何で死んだのかって?
そんなことまで聞くんですか?
悪いこと聞いちゃったって?
いえ大丈夫ですよ、何も事故とか事件とかそんなんじゃありませんからね。
みんなちゃんと歳を取……
え?
部屋が寒い?
エアコンもあるんですけど、室外機が雪に埋もれちゃってますからねえ。
電気毛布にでもくるまっていただけますか。
 
今夜の食事ですけれど何がいいかしら。
いえ、さっきも言いましたけれど民宿はもうやってませんからご馳走は出来ませんよ。
お刺身と、冷やし中華、冷製パスタ、ご飯は冷やめしをお握りにしましょうか。 
デザートにはショートケーキやアイスクリームがあります。
え?
あったかいものがいい?
こまったわねえ。
お若いからねえ、トンカツとか唐揚げとか?
それに? 熱〜い豚汁?
わかりました。
なんとかやってみますから。
今から台所に入りますから決して開けてはいけませんよ。
___________________________________
  
若者は自分の部屋で電気毛布にくるまりながら食事の用意が出来ているのを待っていました。
20分ぐらいした頃でしょうか。
台所から女将さんの悲鳴が聞こえたのです。
それと同時に何やら食器類が落ちるようなはげしい音がしました。
若者が駆け込むとガスコンロには天ぷら鍋がかけてあり、その油に火が入って大きな炎が上がっていました。
あわててガスを止め、そばにあったぬれ布巾で火を消します。
ほっとため息をつきながら台所を見渡すと、食器類が散乱する中、さっき女将さんが着ていた着物が脱ぎ捨ててあり、それの胸のあたりが焼け焦げてまだくすぶっています。
そして着物の周りには広く水たまりが出来ていました。
また、なぜか台所の窓という窓は開けっ放しで、雪が吹き込んでいたのです。
テーブルの上には揚げたてのトンカツと、まだ揚げていないトンカツがそれぞれ並んでいました。
その時、最新式の電気炊飯器から声がしました。
「ご飯が炊き上がりました ご飯をほぐしてください」
若者はご飯をほぐしてから、家中を探しました。 
いくら探しても女将さんはどこにもいなかったのです。
仕方なくありあわせの物で食事を済ませると、その夜は風呂にも入らずに若者は眠りました。
  
あくる朝、吹雪は嘘のように止んでいていい天気でした。
若者が外へ出てみると家の玄関横に雪を被った古ぼけた看板があり、字はもうほとんど消えかけていましたが、なんとか読むことが出来ました。
 
「民宿 ゆきをんな」
 



おわり



この作品はりんさんのブログ「りんのショートストーリー」の作品「ゆきおんなのはなし」のパロディーです。
パロディーのパロディーですけどね。
「ゆきおんなのはなし」の奥さんの方が雪女かと思っていたという、雫石鉄也さんのコメントを読んで、「おお、それいただき!」と思って、即書き上げました。


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by marinegumi | 2016-12-19 17:22 | 掌編小説(新作) | Comments(2)

Commented by りんさん at 2016-12-21 13:12 x
ちがった目線のお話、ありがとうございます。
雪女は年を取らないから、先に夫や子供が死んでしまったんですね。
なんだかかわいそう。
だけど客のために命がけでトンカツを揚げるなんて、優しい雪女ですね。
いいお話でした。
Commented by marinegumi at 2016-12-22 18:52
りんさんいらっしゃいませ。
違った目線と言うよりも、立場が違っちゃったわけですね。
りんさんの作品は初めからこの人が雪女だと解ってても面白い。
この作品は最後のどんでん返しが命、と言う感じですね。
だから「奥さんが雪女だったと言う作品を書きました」なんて言ってはだめだったわけです。