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夢を食べる (9枚)

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ドアが開いて獏が入って来た。
獏はどんなものでも通り抜けられるので、わざわざドアを開かなくてもよさそうなもんだけど、そこはきちんと礼儀正しくと思ったのかもしれない。
今夜は獏が夢を食べるところを見せてくれることになっている。
獏は人の夢を食べると言うけれど、ぼくは一度も食べているところを見たことがない。
いったいどうやって人の夢を食べるんだろう? 
ある日、それが気になって気になって眠れなくなってさ。
それで知り合いの獏に夢を食べているところを見せてくれるようにたのんでみることにしたんだ。
その獏はけっこう気のいいやつでさ、長い付き合いなんだよね。
「だからさ、そればっか考えて眠れないんだよ。ぼくが眠れないと言うことは夢も見ないわけだからお前も困るだろ?」
そう言って獏を説得した。
だけどなかなか、獏は「うん」と言ってくれない。
「見せてくんなきゃ、もうぼくんちには出入り禁止にしちゃうぞ!」
説得というか、なかば脅迫だね。
それでなんとか見せてくれると言う約束になって、ちゃんと時間どおりにやって来たというわけ。
獏は小学校の同級生の女の子、このみちゃんの夢を食べるという。
男の子の夢と、女の子の夢はそれぞれ味も栄養も違うらしくて、どちらもバランスよく食べないと健康に悪いんだってさ。
だからその日によってぼくんちへ来たり、このみちゃんの所に行ったりするらしいんだ。
獏は言った。
「さあ、僕の背中に乗って」
獏の体はあまり大きくないので大丈夫かなと思いながら乗っかると、軽々と空に飛び立った。
いや、これは飛んでいるんだろうか? 
なんだかもやもやした空間をすごいスピードで移動しているんだけれど、ちっとも風を感じないし、冬なのに寒くもない。
「現実と夢のはざまを移動しているのさ」
振り返りながら、得意げに獏は言った。
そして、ふと悲しそうな表情になって何か言いたそうに僕を見たんだ。
「どうかした?」
ぼくが聞いてもしばらく黙って飛んでいるだけだったけれど、やがてこんな話を始めた。
「あのさ、最近夢を見る子供が多くなったんだよね。それも栄養たっぷりの夢」
「そうなの? それっていい事じゃん」
「ぼくらにとってはね」
「それでさ、世界中で獏がどんどん増えてるんだよね。それもまあ、僕ら獏にとってはいい事なんだろうけどさ。あまりに急にふえるものだから、近い将来、夢不足になるかもしれないんだよね」
「それがどうしたの?」
獏がそれに答える前に、このみちゃんの家に着いた。

二階のこのみちゃんの部屋の窓を開くことなく通り抜け、ぼくと獏はベッドの横に立っていた。
このみちゃんは気持ちよさそうに眠っていた。
とてもかわいい寝顔だ。
ぼくはちょっとドキドキしてしまった。
獏はこのみちゃんの枕元に回ってぺろりと舌なめずりをした。
「え? もう食べ始めるの?」
そう言い終わらないうちに、獏はこのみちゃんの頭にかぶりついていた。
頭の上の方を、びっくりするほど大きな口を開けて、ガシガシと音を立ててかじっている。
見かけはとても可愛い獏だけど、その口は開けるとびっくりするほど大きく、するどくとんがった歯がずらりと並んでいる。
頭をかじられているのに、このみちゃんの様子はぜんぜん変わらない。
ずっとかわいい寝息を立てている。
頭のぐるりをかじり終わるとこのみちゃんの頭はぱっくりと外れ、脳みそがすっかり見えた。
ぼくはお母さんがアボカドをぐるりと半分に切って大きな種を取り出すところを思い出した。
獏は首にかけていたバッグからお皿を取り出し、このみちゃんの脳みそをその上に乗せた。
そしてバッグからもう一つ、何やら怪しげな機械を出して床の上に置くとコードを伸ばし、部屋のコンセントに差し込んだのだ。
その機械の上部の透明な容器の中にこのみちゃんの脳みそが入れられ、スイッチオン。
それはクルクルと高速で回り始めた。
見かけはジューサーかフードプロセッサーみたいだけど、中の脳みそは切り刻まれたりはしない。
遠心分離器に近い物かもしれない。
脳みそからはキラキラした気体とも液体ともつかないものが遠心分離され、機械の横の小さなガラスコップの中に溜まって行く。
獏はスイッチを切った。
中に残った脳みそ(絞りかす?)を獏は手で取り出して、このみちゃんの頭に戻した。
そして手際よく、あっという間に目に見えない糸と針でぬい合わせてしまった。
みるみるうちに、このみちゃんの頭のぬいあとはきれいになってしまった。
手で触っても傷口は全然残っていない。
すべすべのおでこに手を触れたぼくは、またちょっとドキドキした。
なに事もなかったようにこのみちゃんは寝息を立てている。
獏はと言うとさっきのガラスコップに溜まった美しく光る気体のような液体のようなものをおいしそうに飲んでいる所だった。
多分それが夢なんだろう。
このみちゃんの夢ってこんなにきれいなんだと妙に感動していた。
獏がぼくの方にこのみちゃんの夢が少し残ったコップを差し出した。
「ぼ、ぼくが飲んでいいの?」
恐る恐る飲んでみた。
ホンワカ不思議な気分になって行く。
たぶんこのみちゃんが夢に見たシーンなんだと思う。
いろんな場面がものすごいスピードで頭の中をかけめぐった。
その中にちらっとぼくの顔が見えた気がした。
このみちゃんが僕のことを夢の中で見てくれている。
そう思うとまた胸がドキンとした。


夢を見ていたようだった。
そう、それはこのみちゃんの家に獏が夢を食べるところを見せに連れて行ってくれたあの日の出来事の夢だった。
はっきり目が覚めるとぼくの右隣にこのみちゃんが眠っているのが見えた。
その向こうには同じクラスのりょうたくん。
その向こうにはあやかちゃん。その向こうにも、顔は知らないけれど同じぐらいの年頃の子供たちが、見えなくなるまでずら~っと並んでいた。
みんな同じ黒い台の上で眠っている。
ぼくの左側にはガキ大将の健太君が眠っていた。
健太君の向こうにも眠っている子供たちがどこまでも続いていた。
と言うことは、ぼくも眠っている子供たちの中の一人なわけだ。
でもなぜ、ぼくだけが目を覚ましているんだろう? 
上を見ると天井があるようだけど真っ暗くて、その高ささえわからない。
ちょっと不安になって来た。
ぼくたちの頭側の通路には何匹も獏が行ったり来たりしている。
向こうの方で男の子の頭をかじっている獏がいる。
遠心分離機を操作している獏もいる。
容器に溜まったキラキラ光る夢をワゴンで回収して回っている獏もいた。
その時、あの知り合いの獏が僕の顔を覗き込んだ。
「やあ、君もここに連れてこられちゃったんだね」
と、ちょっと悲しそうに言った。
「できれば逃がしてあげたいけど、そうもいかないんだよ。ごめんね」
「ここはどこなの?」
「夢工場さ。増えすぎた獏たちの食べる夢を大量生産する工場なんだ」
そうだったんだ。
ぼくは思い出した。
今の子供たちは栄養たっぷりの夢をたくさん見る。
それで、その夢を食べる獏たちにはどんどん子供が生まれるようになり、短い時間で大人になって行くので、とうとう夢が足りなくなってしまった。
それで獏たちは人間を支配して、夢工場で強制的に眠らせ、効率よく夢を生産するようになったんだ。
この工場は子供ばかりが連れてこられているらしいけれど、大人ばかりの工場もどこかにあるんだろうか。
ガジガジ音がするので横を見ると、ガキ大将の健太君が獏に頭をかじられている所だった。


目が覚めると少しだけ頭が痛かった。
ものすごい夢を見てしまったなあと苦笑いをした。
「夢工場」だって? 人間が獏に支配されるなんて、変なの。
いやいやそれより、夢を食べている所を見せてほしいなんてぼくが獏に頼むなんてばかばかしい。
そこからが夢だったんだ。
ベッドから降りて部屋を出た。
家の中がやけに静かだった。
もうみんな起きてる時間なのに。
台所にやって来たけれどお母さんがいない。
いつもリビングにいるはずの、お兄ちゃんもお父さんもいなかった。
ふと、部屋にある鏡に目が行った。
ぼくの頭に縫い目が見えた。
それはもう消えていくところだった。
わけのわからないむなさわぎを感じた。
ドアを開けて外に出てみた。
近所の家の向こうに見たことのない大きな黒い建物が建っていた。
その建物には看板があり、「夢工場」の文字が見えた。
後ろで声が聞こえた。
「だからさ、この子だけ特別扱いするわけにはいかないんだよ。わかってるだろ」
「しかたないですね」
夢に出てきた知り合いの獏と、もう一匹別の獏が話をしていた。
その知らない獏はぼくを見ながら言った。
「これからはもう、工場からは出られないんだぞ、ぼうや」



おわり



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by marinegumi | 2017-05-25 23:24 | 掌編小説(新作) | Comments(2)

Commented by hitoyasumi-hiro at 2017-06-12 19:16 x
初めまして。
りんさんのブログから飛んできました。
りんさんの作品への感想、読み間違いかも……と心配だったんですが、
海野さんに同意していただいて安心しました(笑)

獏って、こんなすごい夢の食べ方をするんですね。びっくりしました(^^;)
奇想天外な発想、でいて、緻密複雑な構成、さすがですね。感服しました。
また、ちょくちょくお邪魔させていただきます。
よろしくお願いします<(_ _)>
ひと休み
Commented by marinegumi at 2017-06-15 23:05
ひと休みさん
初めましてと言うか、わがブログへ初お目見えと言う感じですね。
りんさんの作品感想、ひと休みさんの感想に乗っかって書いてしまいました。
同じように感じてらっしゃるんだなと思ったから勇気を得て僕も書いてしまいました。

この作品はショートショートの禁じ手、「それは夢でした」を逆手に取ったものを何かと思って書いたものです。

これからもよろしくお願いします。