カテゴリ:掌編小説(新作)( 245 )

中学2年生の亜季と、ボーイフレンドの駿(しゅん)が交通事故のとばっちりで大怪我をしたのは、学校からの帰り道だった。
季節は十月。
香り始めたばかりの金木犀の木の下を歩いていた時だった。
道路のカーブで乗用車と接触した大型トラックが二人を巻き込んで大破したのだ。
駿は病院へ運ばれて間もなく死んだ。
亜季は手術を受けたが、こん睡状態のまま長い長い眠りに入ってしまった。



そして1年後。
亜季は病室で目を覚ました。
病院の庭にある金木犀がその香りをふりまき始めた十月だった。
その香りに誘われでもしたかのように亜季は眼を開いた。
病室には誰もいなかった。
しばらくして入ってきた看護師は、電動ベッドを自分で操作して、上半身を起こして座っている亜季を見つけて目を丸くした。

すぐに家族が呼ばれた。
みんな泣いて喜んでくれた。
でも、亜季は笑顔ではあったものの、あまり感動を示さなかった。
それというのも、まだちゃんとした記憶が甦っていないようだった。
特に事故当日の記憶は全くなかったのだ。
それでも、家族と話をしているうちに徐々に甦ってきていたのだが。

亜季は1年間意識がなく眠り続けていたので、足の筋肉は弱り、全く歩けなかった。
しばらくこのまま病院にいて、リハビリを受けることになっていた。
そのうち次第に事故当日のことが思い出されて行った。

金木犀の甘い香り。駿の笑い声と、笑顔。
突然の大きな金属音。急ブレーキの音。衝撃、そして暗闇。
あの時、駿は迫って来るトラックから亜季をかばってくれたのだ。
それをまざまざと、映像として思い出していた。
「駿は?駿はどうしたの?!」
病室に毎日来てくれる母親に亜季は聞いた。
「亜季!あなた思い出したのね。あの日の事を」
母親の目からは涙があふれた。
「つらいことだから、思い出さなければそのままでもいいと思っていたのよ」
「駿は……死んだのね」
お見舞いに来てくれた友達の顔を思い出して、その中に駿の顔がなかった事でそれを悟っていた。
亜季と駿は本当に仲が良かった。
お互いの家を行き来し、二人の両親がお互いに「二人は将来、まず間違いなく結婚するだろうね」と笑い合っていたほどだった。
その駿がもういない。
自分をかばってくれたために死んでしまった駿。
亜季はふと気が遠くなった。
「亜季、どうしたの?」
母親のその声が遠のいていくのが亜季には解った。
亜季は再び、眠りに就こうとしてたのだ。
その閉じたまぶたからはしばらく涙が流れ続けていた。



金木犀は今年もまた、十月になると香り始めた。
長い間忘れてしまっていた、ささやかだがとても素敵な記憶が甦るように、それは香り始める。

亜季が目を覚ますと病室には両親や兄弟、たくさんの友達の顔も見えた。
十月だという事が解った。
開け放った窓の外から、金木犀の香りが漂ってくる。
亜季がほとんど1年中眠り続け、毎年十月になると目を覚ますようになってから、もう6年が過ぎていた。
「おはよう亜季。また1年経ったよ」
と母親が寂しそうな笑顔で言った。

テーブルの上にはケーキにろうそくが20本立てられていて、父親が火をつけた。
「お誕生日おめでとう」とみんなが言ってくれる。
そしてハッピーバースデーの合唱。
ここ最近の何年かはケーキのある目覚めを迎えていた。
誕生日は十一月だったが、秋にちなんでつけられた名前の亜季にはふさわしい日だった。
まっ先に秋を感じさせる金木犀の香る十月。

金木犀の香りが目を覚ます引き金になっているのかもしれないというので、キンモクセイの芳香剤を病室に置いたりしてみた。
冷凍保存していた金木犀を、季節外れに亜季に嗅がせてみたりもしたがすべて無駄だった。
十月になって、金木犀が香り始めるまで、亜季は眼を覚ますことはなかったのだ。

家族や友人たちは、どうにかして亜季があの事故の記憶を取り戻すのを少しでも遅らせようとしていた。
そうなのだ、長い眠りから目覚めた時の亜季は、再び事故の記憶を失っていた。
そして1週間ほどで徐々に記憶を取り戻し、駿がこの世にいないことを知ると、また眠りについてしまう。
それをこの6年間繰り返していたのだった。
少しでも、1時間でも1分でも、その瞬間を先に延ばそうと、みんなは亜季のためにいろんな話題を持って病室へやって来る。

しかし、その瞬間は必ず来てしまう。
亜季が完全に目を覚まし、自分の人生を送り、心身が成長して行ければ乗り越えられるのかもしれない駿の死。
しかし亜季はそれに背を向けて眠りについてしまうのだ。

「1年間、どんな夢を見ていたの?」
と母親が聞いた。
亜季はしばらく、うっとりと眼を細めていた。
そして「覚えてないや……」と、みんなの方を見てほほえむのだった。

かなり肌寒くなっているのに、大きく開け放たれた窓からは、金木犀の香りが漂って来ていた。

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昨日書いた10本目のツイッター小説を元にした作品です。

「ツイッター小説版」
金木犀は今年も十月になると香り始めた。彼女が目を覚ますと家族や友達の顔がそろっていた。「また1年たったよ」お母さんが言った。昏睡状態が続く彼女はなぜか十月の初めの1週間だけ目が覚めるのだ。金木犀が香り始める頃に。病室にはいつも金木犀の芳香剤が置かれている。でも、十月だけなのだ。


このツイッター版を書いていた時には思いもよらなかったドラマがあったんですね(って人ごとみたいに)
なんか、書いてると乗って来てついつい夜更かししてしまいました。

金木犀の花ことばを調べてみました。(書く前は知らなかったんですが)
謙虚 謙遜 真実 真実の愛 初恋 陶酔

おおー、ぴったりの「初恋」と言うのがあるんですね。

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by marinegumi | 2010-10-09 21:52 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

ある夏の日の事。
その日は起きぬけから、なんだか頭が腐ってしまいそうな気分で、何もする気が起きなかった。
朝食もとらず、車を飛ばして誰もいない海にやって来て、砂浜のすぐ手前で停めた。
そのまま4枚のドアとバックドアを全部開け放すと、潮騒の音が僕を包んだ。

そうやって、やがて陽が落ち、暗くなるまでただ潮騒の音を聞いていたんだ。

あくる日から、仕事をしていても、なんだかあの潮騒の音が聞こえているような気がしていた。
そう、あんなに長い時間聞いていたんだから、耳に残っていても不思議じゃない。
そう思ってあまり気にもしなかった。

1カ月を過ぎる頃になっても、その潮騒の音は聞こえていた。
しかも、だんだん大きな音で聞こえるようになっていたんだ。
眠っていてもそれはずっと続いていて、夢は必ず海の夢を見た。
昼間、仕事をしていてもその音は止むことがない。
仕事の打ち合わせをしている時も、相手の声がかき消される事があるほどになっていた。

休日は、家にいて水色のソファーに身を沈め、一日中その潮騒の音を聞くようになった。
こんなに海から遠い場所にある家にいても、海にいるような気分でいられて、それほど悪い事じゃないように思っていた。

でも、どんどん大きな音になって行くのは止まらなかった。
人にも、よほど大きな声でしゃべってもらわないと聞き取れないほどになっていたんだ。

それで、妻に促されて、病院へ行くことにした。
もう少しだけ音が小さくなればいいな、と気楽に考えながら。

レントゲンを撮ってもらった後、写真を見ながらお医者さんの説明を聞いた。
 「ほらこれです。頭の中には海がありますね」
と先生は言った。
やっぱりそうだったんだ。
いつの間にか、頭の中には海が引っ越して来ていたんだね。

「先生は、脳腫瘍の疑いがあります、とおっしゃったのよ」と妻。
「そんな事言ってないよ先生は。ね、先生?」
「それでは、紹介状を書きますから大学病院でMRIの検査を受けてください」

「そうですよ、頭の中には青いきれいな海が広がっていますね」
と先生は言ってくれた。

 

                         おわり





ツイッター版はこれです。

ある夏の日。潮騒の音を一日中聞いていた。あの日から潮騒の音は頭の中に居座っている。それの音が年々大きくなるので病院へ行ってみた。「頭の中に海がありますね」とお医者さんは言った。先生は「脳腫瘍の疑いがあります」と言ったと妻はいうのだが「頭の中に海がありますね」ちゃんとそう聞こえた。


アイデアも何もないところから、とりあえず「ある夏の日」と書き始め、そこから書きながら考えました。
何にもアイデアがないときは「ある秋の日」とか、とりあえず一言書いてみるっていうのもいい方法かもしれないですね。



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by marinegumi | 2010-10-05 21:06 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

階段の怪談  (8枚)

電車を降りて、駅の改札を出てから、あかねの家までは歩いて15分ほどだ。
歩き始めたときはいつも同じ方向に帰る同級生や、OL、サラリーマンたちがたくさんいるのだが、まもなく急に人通りが少なくなる。
それは、駅とあかねの家までの道のりの、中間ぐらいに公団住宅が何棟も建っていて、ほとんどの人々がそこに吸い込まれてしまうからだった。

あかねはいつも急に心細くなる。
家に帰りつくまでたった一人だったこともめずらしくないのだ。
自然と足早に歩いてしまう。
あかねの家があるのは新興住宅街で、まだまばらにしか家は建っていない。
その先は広い空き地が広がっているだけ。
さらにその向こうは。
「ジャングルじゃん!」
と、初めてここに来たときは、思わずそう言ってしまったほどだった。
「あーあ、何でこんな寂しいところに家を建てたのかしら?」と、いつもの愚痴が出てしまう。
「高校を転校してまで引っ越してくる値打ちはなかったよねーわたしにとっては」

いつものコンクリートの階段が見えてきた。
建売の家と家の間にあるその階段を上がってしまえば、まもなくあかねの家だ。
上からは、その緑色の屋根が見えるはずだった。

この階段は13段ある。
あかねは最初にそれに気がついたときは少々いやな感じをもった。
不吉な数字。
どういう事で縁起が悪いといわれているのかまでは知らなかったが。

右足から上り始めて、いち、にい、さん、と心の中で数えながら上る。
じゅういち、じゅうに、じゅうさん!で右足が一番上の段にある。
いつもは。

そう、いつも右足から上り始めて、右足で終わるはずだった。
階段の段数は奇数の13段。
右足で終わらなければおかしい。
それが今日は左足で終わっていたのだ。
あかねの背中に冷たいものが走った。
10分以上速足で歩いて、けっこう体は暖かくなっていたのだが、一度に寒気を感じていた。
夕暮れ時。
暗くなりかけているこんな時間にあかねは階段の一番上で立ち尽くす。
なんだかこわい。
でも、数え間違っただけだと思いたかった。
それを確かめたくてしょうがなかった。
あかねは階段を2段づつ飛ばして下りた。
そしてもういちど上り始めた。
最初は右足から上り始める。「いち」
つぎは左足だよ。「にい」
今度は右足だね。「さん」
絶対間違えないように、慎重に十三を数えたとき、あかねの左足が階段の一番上にあった。
左足だ。
ありえない左足だった。

あかねは、駆けださないよう努力しながらことさらゆっくり家を目指した。
走り出したらパニックにおちいりそうだったのだ。
あかねは今まで何度この階段を上っただろう。
毎日必ず通る階段だった。
必ず右足から上り始めて、右足で13段目を勢いよく踏んできたはずだった。
それがなぜ?13段目が左足で終わるんだろう。
「ただいま‥」
「おかえりなさーい」と母。
彼女は料理をしている手元を見たままだったので、あかねが少し青ざめていたことには気がつかなかった。
あかねは家の二階への階段を上った。
なるべく数を数えないようにしながら。


「遠藤あかね!」
大きな先生の声でわれに返った。
まわりのクラスメイトたちがくすくす笑っている。
もう何度も名前を呼ばれていたらしい。
数学のテストを返してもらっているところだった。
あわてて教壇までまで取りに行くと、先生の顔がいやに険しかった。
「おまえ、わざと間違ってるのか?」
「え?何でですか?」そう言いながらテスト用紙を見た。
数学が得意なあかねにしては考えられない低い点数だった。
改めて自分の回答を見直したが、どこも間違ってるとは思えなかった。

「おまえなー、答えが整数の問題は、全部間違ってるぞ。
 それも、どの答えも正解の数より必ず「1」だけ少ないのはどういうわけだ?
 正解が解ってなきゃこんな奇妙な間違い方は出来んぞ!」

あかねは階段の一番上を踏んだばかりの左足を思い浮かべていた。

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はい、ツイッター小説の発展形ではないショートストーリーです。


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by marinegumi | 2010-10-01 00:41 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

百円玉  (5枚)

ある夏の日、その事を突然思い出し、気が付くと電車に揺られていた自分自身に
「おい、まじかよ?」と小さく呟いていた。

5時間もかけて、十数年ぶりにたどり着いたその街の様子は、すっかり変わっていて、どっちへ向かって歩きだせばいいのか、一瞬迷ってしまったぐらいだった。
とりあえず、むかし通っていた大学の正門までたどり着いた。
ここから、自分が住んでいた下宿までの道のりがなかなか思い出せなかった。
いや、思い出せはする。
その記憶と現実が、あまりに違ってしまっているのだ。
大きな古い建物を探し探し歩き出したが、すぐに立往生してしまう。

道のりを、始めからたどり直す事を何度かくりかえして、やっと見つけたその場所。

それは、大学時代の僕の下宿の近くの小さな食料品店だった。
建物も一部新しくなっていたが、ちゃんとまだそこにあった事にホッとしていた。
店の名前も、覚えていた。
店先のテントも、そこに書かれた店の名前の文字も、新しくしゃれた感じになっていた。
左側に並んでいる自動販売機は当時のまま、3台だった。
でも、当然、機械は全部入れ替わっている。

あの夏の日を思い出していた。
君と二人で立ち寄ったこの自動販売機の前。

裏側をそっと覗きこむ。
日差しに慣れた目がだんだん薄暗がりに慣れてくるとそれは見えてきた。
自動販売機の裏側の、食料品店と隣の建物の間に君が落としてしまい、あきらめたあの百円玉がコンクリートの隙間にまだ残っていた。
半分泥にうずまった、変色した百円玉がそこにあった。

その瞬間、君の髪の香りを、ありありと思い出した。

あの時、君が拾おうとして手が届かず、僕に「替ってよ」と言ったね。
入れ替わる時に、君の髪が僕の鼻先をかすめた。
その時の君の髪の香りを、今さっきの事のようにありありと思い出していた。

このためだけに5時間もかけてここまで来る自分を、ばかばかしく思っていたが、その気持はもうなくなっていた。

ふいに肩をたたかれた。
振り返ると君の笑顔があった。
あの時と少しも変わらない君の笑顔が。

そんな場面を想像した。
しばらく歩き出せなかった。
肩をたたかれるのを僕は待っていたのかもしれない。

持っていた1枚の百円玉を、君の百円玉のそばにポンと投げて、2枚の百円玉の位置を確認すると僕は歩きだしていた。





ツイッター小説8本目です。

(原文)
突然思い出した。気が付くと電車に乗っていた。5時間かけてたどり着いたその街の様子は、すっかり変わっていた。なんとか見つけたその場所。大学時代の僕の下宿の近くの自動販売機は機械も全部入れ替わっていたが、君が落としてしまい、あきらめたあの百円玉がまだコンクリートの隙間に残っていたよ。


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by marinegumi | 2010-09-26 23:55 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

幼かった頃の私は、孤独な女の子だった。
兄弟もいず、眠るのはいつも真っ暗な部屋でひとり。
眠る時に、童話の一つも読んでもらった記憶はなかった。

覚えているのは冬の夜のことがほとんどだった。
霜で凍りつき始めた窓ガラス越しに見えるあの場所の記憶がよみがえる。

暗い冷たい海の向こう。
暖かそうな光に包まれた場所が私の寝床から見えた。
毎晩毎晩、その場所を見ながら、それを子守歌代わり‥童話の物語の代わりにして眠るのだった。
ひどく寒いこの部屋と違って、どんなにその場所は暖かく見えたことか。
そして、かすかに聞こえる人々の声。
太鼓や、鐘などを鳴らしているのか、ガンガンガン、カンカン‥と賑やかな音。
花火をしているんだろうか、いつも火花が散るのが見えた。

あの場所へ行きたかった。
そこへ行けば、どんなに暖かいことだろう。
どんなに楽しいだろう。
そこにいる人々のたくさん笑顔を思い浮かべながら、眠りに落ちる毎日だった。

いつものように布団にくるまって、その場所を見ていたある日。
ひときわ大きな音が聞こえた。
ひときわ大きな花火が打ち上げられた。
そして人々が大勢、大声を上げながら騒いでいるのが聞こえた。

しばらくして家の電話が鳴った。
隣の部屋にいた母親が受話器を取った。
話は、ところどころしかわからなかった。
「鉄工所で事故‥、お父さんが下敷き‥うそでしょ‥」
何もわけもわからず、それでも何か大変なことが起こった事だけは察していた気がする。



ツイッターの本文はこれだ。

暗い寒い海の向こう。窓ガラス越しに見るその場所は、暖かそうな光に満ちて、いつも何やらお祭りのように賑やかだ。花火が見えたり、ガンガンガンと大きな太鼓のような音がしたり。あそこに行ってみたいと、いつも思っていた小さな私。ある夜、家に電話がかかってきた。「工場で事故‥お父さんが死‥」


どうも、思いつくアイデアが、ツイッターの140文字に収まりきらないというか、収めてしまうと、欲求不満を感じますね。

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by marinegumi | 2010-09-17 23:05 | 掌編小説(新作) | Comments(0)