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近道 (20枚)

美由紀の家の近くには、一本の不思議な道があった。
その道が不思議な道と言うのではなく、その道を通る事で美由紀に不思議な事が起きたのだ。
おそらくそれは美由紀だけに起きる事だった。

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美由紀が通った幼稚園や学校からの帰り道は、長い下り坂になっている。
その道路の坂が終わったあたりから信号まで歩き、左に曲がって15メートルほど行けば、小さな郵便局が見えてくる。
郵便局を過ぎて、あと5分ほど歩けば美由紀の家に着く。
それがいつも普通に通る道だった。
その丁度坂が終わったあたりに自動車はとても通れないぐらいの狭い道が四角い土地を三角に切り取るように斜めに付いていた。

思い出すのは入園式の日、母親と一緒の幼稚園からの帰り道の事。
母親がまっすぐに歩くのをそっと見送って、その近道に入り、先回りしようと美由紀は走って行った。
道は郵便局の手前に出るので、建物の陰に隠れ、いきなり飛び出して母親を驚かせたのだ。
そんな事があった。
その道は、小さな美由紀にとって魅力的な近道だったが、ある日から、道の途中にある家が大きな犬を置くようになり、吠えられるのが恐ろしくて、通る事はめったになくなって行った。
その後、不思議な経験をするまでは。


1994年8月 神戸

今日は美由紀の通っていた女子大の、卒業して初めての同窓会だった。
その帰りに美由紀の友人の3人が、彼女の家に遊びに来る話になったのだ。
4人は同窓会の終わる頃から、不思議体験の話で盛り上がっていて、その帰り道でもずっと話題はそれだった。
美由紀以外の3人の、幽霊を見た話や、信じられない偶然の話、はてはUFOの話まで出て、今度は美由紀の話を求められた。
「えー?私ってそんな不思議体験なんかあらへんわよー」
「うそやん。誰でもなんかあると思うわ」と、幽霊を良く見るらしい加菜が言った。
「そやね。美由紀って霊感なさそうやもんね」と、ゆかが言う。
彼女は眉唾ものの、あり得ない偶然に何度も遭遇しているらしい。
3人のやり取りを黙って興味深そうに笑顔で聞いている恵(めぐみ)のUFO目撃談は真に迫っていた。
「ねえ、よく考えたら何か一つぐらいあるでしょ?」と加菜はしつこい。
その時、美由紀は、あの近道の事を思い出していた。
自分の中で、封印してしまったあの不思議な近道の事を。
不思議体験と言えるのは、その近道の事しか美由紀には思い浮かばなかったのだ。
誰にも話した事のなかったその近道での経験を、美由紀は初めて話し出していた。


幼稚園の頃、たまにその道を通ると不思議な事が起こった。
普段は犬に吠えられるのを嫌って避けているのだが、犬が散歩に出かけているのを見かけた時などは必ず帰りにはその道を通った。
おしっこをがまんできなくて、一刻も早く家に帰りたい時は犬の恐怖も忘れて、その道を走って帰った。
そして、通るたびに必ずその不思議な現象が起きた。
近道だからというわけではなく、その道を通ると時間が早く経過しているのだ。
幼い美由紀にしてみると、なんか変だなと思うぐらいだったが、今から考えると物理的に時間が早く流れているとしか思えない現象だった。
例えば、その時間が夕方の5時だったとして、歩いて1分もかからないはずのその道を通って家に帰ると5時半になっていたりする。
それでは近道ではなく、余計に時間がかかっているようだが、時間を一瞬で飛び越えるような感覚だったのだ。
その道に入って走って行くと、道を通り抜けた記憶がないのに、いつの間にか家に帰っている自分に気が付く。
そういう意味での近道と言うわけだった。

小さかったので時間をあまり気にしてなかった美由紀が、その事に本当に気がつくのは小学校に入ってからだった。
小学校4年生の頃、美由紀は公文の教室に通い始めた。
遅くなった日は教室を出る前に時計を見る。
暗くなりかけているので少しでも早く家に帰ろうとあの近道を通る。
途中、道の真ん中辺で、あたりの景色がゆらっとゆれて変な気分になる。
気がつくと、自分は食卓の前に座ってみんなでご飯を食べていたりするのだ。
ご飯をよそうお母さんの笑顔、隣に座ったお父さんの大きな肩、目の前で手や口の周りを汚して一生懸命に食べている弟。
不思議な時間のショートカットを経験した後、そんな幸せな日常の中にいる自分に気が付く。
その時に時計を見ると、塾を出てから1時間以上経っていると言う不思議な出来事と、ごく日常的な目の前の情景のその落差に、しばらく混乱する。
最初は、あの近道を通ってから食卓の椅子に座るまでの記憶がないのだが、だんだんに思い出してくる。
その道を通って、家に帰って、服を着替えてテレビを少し見て、食卓に着くまでの記憶が、気が付けば何の無理もなく美由紀にはあったのだ。
そしてその不思議な現象は、美由紀にしか起きないと言う事も解った。
何度かその道を友達と一緒に通った事があったのだ。
道の中ほどで気が遠くなるまで友達は確かに一緒にいたのに、次の瞬間、気が付くと一人で家にいて宿題のプリントに向かっていた。
次の日、学校で会っても友達はその事に付いて何も言わなかった。
美由紀の記憶にある通り、その友達は美由紀の家で一緒に遊び、ちゃんと普通の時間を過ごして家に帰ったのだから。


「それって、ただ美由紀がぼーっとしてただけじゃん」と友達の加菜が言う。
「そうだよ、そうだよ」あとの二人も相槌を打つ。
「そんなんと違うわよ」美由紀は話の続きをはじめる。


小学校六年の頃には、その道を通って飛び越せる時間は半日にもなっていた。
近道を通ると、真ん中辺で景色が揺らぎ、不思議な感覚がして自分が半日後にいるのに気がつくのだ。
時間を飛び越して、すぐには飛び越した時間、半日分の記憶がないのはいつものことだった。
そしてその半日の記憶が過去の事として、次第に思い出されて来るのも同じだった。
美由紀にはその半日を生活していた記憶がちゃんとある。
しかし自分が半日分の時間を飛び越してしまったと言う思いもまた確実なものだった。
幼稚園の頃は近道をすると、飛び越してしまう時間はほんの数十分だったように思った。
何度通ってもその時間は同じぐらいだったように思う。
だが、大きくなるにつれて、確実に飛び越してしまう時間はなぜか長くなっているのだった。

「それってさー、あれと違うの?」ゆかが言う。
「子供の頃って、時間を長く感じるやん。大人になるとだんだん短く感じて来るでしょ?」
「そう言うたらそやね。ちっちゃいころは一日が朝、昼、晩と、今の3日ぐらいあった気がする」と恵。「それと関係があるのかも知れへんね。飛び越しちゃう時間が長くなるって言うのは」
ここまで話して来ると、3人も美由紀の話をだんだん信じて来てくれたようだった。


中学3年生の頃にはその時間は1日にもなっていた。
近道を通るたびに、ほぼ一日分の時間をポンと飛び越してしまうのだ。
さすがにその頃には事のあまりの不思議さに恐怖心もあり、近道を通ることはめったになくなっていた。
だが高校受験が近づき、勉強に追われる日々が続くようになり、ふと疲れを感じた時などに、その道を通る誘惑に負けてしまった。
受験勉強に明け暮れる日々に嫌気が差し、飛び越してしまいたくなったのだ。

それはその道を通るたびに間違いなく起こった。
道の中ほどでゆらりと周りの景色が変化して、ふっと気が遠くなりかけたと思うと、時間を飛び越した自分がいる。
一日分の時間を。
美由紀は何度も何度もその道を通った。
早く勉強勉強に明け暮れる日々を抜け出したかったのだ。
通るたびに一日を飛び越せた。
飛び越しはしても、ちゃんと飛び越した一日の記憶もあり、勉強した内容も覚えていた。
確実に一日の近道が出来たのだ。

希望高校合格。
その時点で美由紀はピタッと近道を通るのをやめた。
自分は本当に飛び越した時間を生きたんだろうかと不安に思ったからだった。
確かに飛び越して来た日々の記憶はあった。
学んだ事もちゃんと頭に入っている。
しかし記憶としてあるだけで、本当に体験して、生きて来たのだと言う自信がなかったのだ。
高校、大学一貫教育のその学校に同じ中学校の美由紀と加菜とゆかは一緒に進んだ。
恵とは新しい学校で友達になった。
美由紀はそれ以来一度もその近道は通らなかった。

「で、これがその近道なんや」と言う加菜の声で美由紀は我に返った。
友人に自分の体験を話すうちに、その事に没頭して過去の出来事を追体験していたようだった。
あの細い近道が目の前に見えていた。
「わたしは信じへんよ、そんな事」加菜はいたずらっぽい目をして言った。
「通ってみようよ、そんな事起こるはずないもん」
「だ、だめだよ!ほんとにあれは必ず起きるんやから」美由紀はあせっていた。
「面白いやん。通ってみよ?」と、あとの二人が美由紀の手を引いて近道へと引っ張って行った。
「だいじょうぶ。むかしの事やし。たぶんあんたの勘違いよ。それに4人で固まって通ればそんな事起こらへんかも知れへんしさ。こうやってつかまってれば大丈夫!」言いながら加菜は美由紀の肩に手をかけて押した。
強引な3人に最初は抵抗したが、ふとあれから、もう7年も経っていて、記憶も曖昧になっていた事もあり、何かあの出来事が現実ではなかった様な気がして、手を引かれるままに近道を歩いて行った。
道の中ほどに来ても何の変化もないような気がして、ほっとしかけたその時だった。
あたりの景色が揺らめき、気が遠くなりかけたと思うと2人の友達の、美由紀の手を引いていたその手がふと消えた。
両肩に感じていた加菜の押して来る手の感触もなくなった。
と同時に美由紀は家にいて、二階の自分の部屋の窓から外を見ていたのだ。
そして唖然とした。
いつも見慣れた景色が一変していたのだ。
やけに空地が目立つ町並み。
新しい家が多く、建設中の家も何軒もある。
しかしそこは自分の町だった。
遠くに見えるポ-トタワーは見間違えようもない。
景色どころか自分の部屋も以前の部屋とはまったく違っていた。
壁のカレンダーを見ると、その日はあの4人で近道を通った日から5年以上が過ぎていた。
記憶がじわじわと美由紀を襲って来た。

美由紀が卒業して、働き出した次の年に阪神大震災があったという記憶。
その震災で加菜とゆかが死んでしまったと言う記憶。
恵は無事だったが、家が全壊し、遠くの町に引っ越して行った。
あまりにも辛い、たくさんの思い出が、飛び越してしまった5年間の思い出が、後になり先になりしながら、美由紀の頭の中に押し寄せてきたのだ。
美由紀は泣いた。
大声を上げてその場に座り込んで泣いた。
そして、さらに悲しい事実がよみがえって来たのだ。
お母さんが!お母さんも死んでしまった。
中学生だった弟も死んでしまった。
楽しかった家族の団らんの場だったその家に押しつぶされて。
美由紀は泣き続けた。
小さな頃に戻ったように我慢する事なく、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣き続けた。
美由紀は、あまりの悲しい記憶の洪水に押しつぶされそうになった。
しかし、大声を上げて泣く事で、なんとか持ちこたえることが出来たのだ。
美由紀も大けがをしたものの、何とか瓦礫の下から父によって助け出された。
父は夜勤で、震源地よりかなり離れた会社にいたので、無事だったのだ。
そして、今はその父親と二人暮らしだった。
今は元の土地に、前の家より少し小さな家をなんとか建てる事が出来ていた。
たくさんの、たくさんの記憶がすべて頭の中に納まると、美由紀はかすかに震えながらゆっくりと立ち上がった。
そして窓の外をもう一度見た。
復興しつつある町を。

もう落ち着いていた。
美由紀にとって、その思い出たちは過去の出来事なのだ。
たくさんの親しい人の死に直面したが、その時に思い切り泣いて泣いて涙は涸れたのだ。
もう今は泣くことはないんだと気がついた。
そこには5年の歳月の記憶によって癒された美由紀がいたのだった。

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おわり



阪神大震災から16年たちますね。
我が家は神戸から離れているので、被害はありませんでしたが、それでも震度4で、本棚の上にあったビデオテープケース(ガラス扉付き)が寝ている枕元に落ちました。
わずか30センチで、頭への直撃しをまぬがれました。
そんなことより、テレビで見る神戸の街の惨状に言葉を失ったものです。
よく遊びに行った場所が‥

この作品は時間を飛び越す不思議な道、と言うアイデアだけで何も決めずに書き始めて、最後の方で自然に阪神大震災へとつながったのを思い出します。
短く不完全なまま2年ほど放置していた物を、今回ちゃんと書き直しました。

女の子たちのセリフを今回、標準語から関西弁に直しています。

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by marinegumi | 2011-01-15 21:01 | 短編小説(新作) | Comments(10)

時として女神がほほ笑む事がある。
僕にとっては物語の女神と言うか、小説の女神だった。

正月休みは「鳳仙花 こわれた」という作品を去年から書き続けていた。完成したのが2日だったが、これをブログに上げようと思って、ふと思いとどまった。この作品は、ある少女のおばあさんの死にまつわる話で、葬式の準備の場面とかもあり、正月早々に上げるにはあまりふさわしくなく思えた。
かといって、三が日を避けて4日以降に上げたとしても2011年最初の作品になるので、それもまたふさわしいとは思えなかった。そこで、何かもう一つ別の作品を新年最初の作品にするべく、新しく書く事を考えたのだ。
3日の朝、我が家の愛犬、トイプードルのビビを散歩させながら、何か新しい作品のアイデアはないものかと思いめぐらせていた。
ポケットにはアイポッド。ヘッドホンを両耳にねじ込み、ニット帽を耳までかぶり、聞いていた音楽はユーミン。良く聞いた松任谷由実ではなく、最近聞き始めた荒井由美の方だった。これは逆転しているようだが、年代的に松任谷由実を先に耳にしたのだからしょうがない。

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我が家から歩いて20分ぐらいの所に、国道に面した「道の駅」がある。ここはいつも散歩のコースの折り返し点になっていた。小説のアイデアをあれこれ考えても、特にめぼしい物も出ないまま、その折り返し点にまで到着してしまったのだ。
正月休みのドライブなのか、また早々と帰省からの帰り道なのか「道の駅」の駐車場はたくさんの車であふれていた。
この「道の駅」は温泉設備も整っていて、レストランや土産物売り場、地元産の海産物や農作物を売る店舗も充実していて、たくさんの人々で賑わっていた。
僕はいつものように、そこにある自動販売機で缶コーヒーを買おうと、ビビを片手で抱きあげ、片方の手でズボンのポケットの小銭を探った。
その時、「あら、かわいい~」と言ってビビの頭をなでてくれた女の人がいた。年の頃は40歳前後くらいの、若い頃はきっと可愛かったと思える、きれいな女の人だった。
「わんちゃん、寒いわねー」と言って前足を持って握手のまねをする。
「バイバイー」
そんな女の人にビビは急に吠えた。
「あららら」と、女の人。
僕はヘッドホンを外した。音楽を聴いていては話がしにくかったからだ。
「あ、ごめんなさい。この子は愛想してくれた人に、別れ際に必ず吠えるんですよ」と僕は言った。実際にいつもそうなのだ。
その時にアイポッドでかかっていた曲は「ルージュの伝言」だった。いつも大音量で聞いているので、外したヘッドホンからも小さな音で聞こえていた。
「あ、今鳴っているのはユーミンの曲でしょ?」と女の人は言った。
「そうですね。「ルージュの伝言」かな」と僕。
と言う展開にはならなかった。
ユーミンの話題にはならずにそのまま女の人は行ってしまったのだ。
そう言う想像を僕は一瞬したのだったが、その事で何か頭の中に小さな光がともったような気持ちになっていた。
僕は缶コーヒーを買うと、店の裏のベンチに座って海を眺めながらそれを飲んだ。頭の中の光はまだ灯っていた。
そして今度は同じルートを逆に帰り始めた。たくさんの人であふれている店の前を歩いていると、頭の中の光が点滅し、ふとさっきの出来事をヒントにお話が出来ないかと思いついた。そして、あれこれ思いめぐらせ、実際にあった僕の経験を思い出し、それを組み合わせたりしながら20分後、家に着いた時には、ほぼストーリーが出来上がっていたのだ。
そのお話の中の僕はアイポッドを聞いてない。ビビの相手をしてくれた女の人を少女に変えて、その少女がアイポッドで聞いていたある曲にまつわるお話だ。そしてその日のうちにワードで打ち込み、ブログにアップした。
それが「Solitude/ソリチュード」だ。

「道の駅」で、あの女の人に出会わなかったらこの作品は生まれていなかったわけで、彼女はそういう意味で「物語の女神」だったと思っている。


「Solitude/ソリチュード」

「鳳仙花 こわれた」


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by marinegumi | 2011-01-13 21:41 | わたくし事 | Comments(8)

懺悔の時 (6枚)

街は荒れ果てていた。
殆んどの建物が焼けただれ崩れ落ちた街なかを、きな臭い生暖かい風が止む事もなく、強くなり弱くなりしながら吹き抜けて行った。街路樹も秋でもないのに葉をすべて落としてしまい、その幹は黒くすすけている。
男の乗ったハマーH1は爆音を上げて、瓦礫を避けながら走り抜けたが、しかし、その音によって眠りを妨げられる物とてないのであった。
車から降りて歩き始めた男の足元には街の人々の骸が、それも殆んどが白骨と化した死体がいたるところに横たわっていた。ぼろぼろになった衣服によって辛うじてそれと判る男の白骨、女の白骨、そして子供の。
「これが俺の生まれた町か‥」男はしわがれた声でそうつぶやいた。まるで何年も声を出さずにいて、久しぶりに出た声のようにかすれていた。
男は変わり果てた街を時々記憶と照らし合わせ、立ち止まり、また歩きしながら、やがてその足を止めた。
男が視線を上げるとそこは教会だった。やはりその教会も壁は崩れ十字架が傾きしてはいたものの、何とか教会の体裁は保っていた。男は、汗にまみれ埃や油に汚れ、肩章も片方が引きちぎれた上着を脱ぐと、風の中に脱ぎ捨て、その教会の中へ入って行った。
祭壇の周りには、砕けたステンドグラスや天井材の破片の中にいくつかの白骨が転がっている。祭壇のごく近くにはさらに20体近くの白骨が寄り添い、様々な恐怖の表情で折り重なっていた。
そんな中から僧衣を身にまとい、首にロザリオをかけた神父の白骨を見つけると、男は近づいて行った。そして静かに座らせるように抱き起こし、そのまま注意深く持ち上げた。足や手の小さな骨がパラパラといくつか床の上にこぼれ落ちた。

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白骨を懺悔(ざんげ)部屋まで運ぶと、男は倒れている椅子を足で乱暴に起こし、神父の骸骨を座らせた。彼は神父の反対側、細かく格子に編まれた木製の小さな窓のそばに椅子を持って来て座った。
「神父さん。俺は、神も天国も、死者の魂なんて言う物も信じては来なかった。しかしもし、万が一そんなものがあったとしたら、あんたの魂は聞いてくれるだろう?俺の懺悔を」
そう前置きをすると、男はぶつぶつと口の中で呟き始めた。神父の白骨死体を相手に懺悔を始めたのだ。
男の声は深く淀んだ黒く汚れた川の水のように重々しく続いた。

その時、声を断ち切るように教会の中に大きな音が響いた。何かが崩れ落ちるような音が。その音で我に返った男は懺悔部屋の反対側に回ってドアを開ける。そこには椅子から崩れ落ち、頭蓋骨が粉々に砕け散った神父の白骨があった。男の目はたちまち絶望の色に染められて行く。
男はそのままガクリとひざまづいた。
「俺は子供の頃から教会なんぞ来た事もないし、まして懺悔などしようと思った事さえないさ。だけど、今更と思うかもしれないが聞いて欲しいんだ!」
白骨はあまりに脆くなっていて、殆んどその形をとどめず、僧衣もただのぼろ切れにしか見えなかった。誰も聞く者がいない。その思いが改めて男の胸にのしかかった。
「聞いてくれ!誰でもいい。そうだ、そうなんだ。俺がこの手で押したんだ。あのボタンを。命令が出て、それに従って押さなければいけなかったんだ!それが俺の任務だったんだよ。仕方なかったんだ!」
男の声は残響となって、教会の建物の中にしばらくとどまっていたが、すぐに途絶え、静寂に包まれる。静寂の向こうにかすかに風の音が聞こえた。
男は神父を座らせたその椅子を両手でつかむと上に大きく振りかざし、神父の白骨へ投げた。骨はさらに折れ、四方八方に飛び散った。
「懺悔も出来ないなら、死んだ方がましだ!殺せ。殺せ。殺してくれ!」
男の声はそのまま悲鳴に変わって行った。そして今度は不気味な笑い声。男は自分が気が狂えばいいと思った。この世のものと思えぬ悲鳴、そして笑い声。しかしそれは狂った者の声ではなかった。狂ってしまった方がどんなに楽だったろうか。
男が、抜け出す事さえ困難な地下深くにあるミサイル基地から、大勢の隊員たちを犠牲にして、脱出して来てから、もう二週間になろうとしていた。放射能の渦巻くこの地上に出て歩き続けたが、彼は死ななかった。歩き続けるうちに車を見つけ何台か乗り継ぎ、自分の故郷の街にたどりついた。それでもまだ彼は死んでいなかった。
そう。死ぬ事が出来なかったのだ。
神と言う者があるとすれば、死ぬことさえ許されないとすれば、それこそが神の報いだった。




おわり



この作品も昔書いたものを修正しながら打ち直しました。
「どこかで聞いたような話」「ユートピアを作ろう」と同じころですね。

16年前に阪神大震災があった1月17日に、神戸を舞台にした作品をアップしようと思っていました。
最初はその日に間に合うかどうかと思っていたんですが、結構早く出来上がってしまったので、それまでにもう一本アップしようと言う事で、この作品を持ってきました。

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by marinegumi | 2011-01-11 22:33 | 掌編小説(旧作改稿) | Comments(6)

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朝の新聞を広げて、まず4コマ漫画を見るのはただ癖になっているからだ。
最近は似たようなオチばかりで、今日のも少しも面白くない。
いつか見た事のあるよくあるアイデアなのだ。
今度は記事の見出しだけを目で追って行く。
交通事故や火災、強盗殺人など、毎日変わり映えのしない記事ばかりで、とても本文まで目を通す気にはなれない。
政治経済の記事に至っては昨日と同じ事を書いているんじゃないかと思えるほどだ。
ほんの五分ほどで、私は新聞を投げ出した。

今日は休日で、遅くまで寝ていたから間もなく昼だった。
外へ食べに出ようかと思ったが、思い直した。
そこらへんのファミレスで喰わせる物と言えば既製食品の味と言うか、食べる前からどんな味だか解ってしまうのだ。
いや、ファミレスであれ、ちょっと高級なレストランであれ、中華料理店であれ、薄汚れた食堂であれ、どんな所で食べてもそれは変わらない。
見た目通り、想像している通りの味なので、がっかりしてしまうのだ。
冷蔵庫から冷凍食品のピザを出して食べた。
外で食べるのと何の変わりもない。

テレビを点けて見る。
若手の二人組の芸人がコントをやっていた。
少し我慢して聞いていたが、前にどこかの局でやっていたのと同じネタだった。
片方が合い方の頭を殴るこのタイミングが一緒、ギャグも全て同じだった。
何が新作コントだ?
チャンネルをあちこち切り替えてみたが、いつもと同じような内容の変わり映えのしない番組ばかりだ。
新番組と銘打っているドラマも、始まってすぐに前に見た事があるのに気が付いた。
昔のドラマのリメイクなのか?と思いながらテレビのスイッチを切った。
もう当分見る事はないだろうと思って、リモコンでではなく主電源を切ったのだ。
スイッチを切りに立ち上がった時にちょうど電話が鳴った。
友人からだった。
知り合いの医者を紹介してやるからその病院へ午後三時に行けと言う。
少し体がだるいのは慢性的なもので病院へ行くほどの事ではない。
しかし結局承知してしまう。
すでに予約を取っているらしかったし、奴はいつも同じ電話をして来てうるさいのだ。
友人の気休めになればいい、ぐらいの気持ちだった。

三時まではまだ少し時間があったので本棚から一冊の小説を抜き出した。
まだ読んでいない本のはずだが、タイトルからして良くあるタイトルだった。
1ページ目を読み終わって、これは絶対前に読んだ事があると思った。
いやいや、そんなはずはない。
つい最近出たばかりの話題のベストセラーなのだ。
しかしその1ページ目だけで、容易に内容から結末までが想像できた。
2ページ3ページと、読み進めて行けば行くほど思っていた通りの展開になるのだ。
他の本のタイトルにも目をやる。
どれもこれも陳腐なタイトルだった。
タイトルぐらいユニークな物が考えられないのだろうか?
みんな買って来て最初の2~3ページだけ読んだだけで放置してある本だった。
小説家と言うのは、文章を同じように配列するだけで喰っている図々しい存在だと今更ながら思う。

時計を見ると病院へ行くのに丁度いい時間になっていたので、暇つぶしにでもなればいいかと出かける事にした。
歩いていると、よく知っている人に出会った。
なぜか最近は本当に不思議なぐらい、顔見知りとよくすれ違う。
私は相手の顔に見覚えがあるので挨拶をするのだが、向うが忘れている事が多い。
私も相手の名前までは分からないが、名前を聞くとやっぱり良く知っている人なのだった。

医者は私になんだかんだとしゃべっている。
いつか聞いたような事ばかりなので私は聞き流している。

あなたは「既視感」が、つまり一度も見た事がない物、行った事がない場所でも、見た事があるような、行った事があるような気がするという精神状態が、なぜか病的に強くなってしまっているようですと言った。
これは新しい精神疾患かもしれないので大学病院を紹介するので行ってほしいとまで言った。
まただ、まただ。
前にも同じことを言われて断ったじゃないか。
医者と言うのはいつも同じ事しか言わない、馬鹿の一つ覚えだ。
大学で教わった事をそのまま信じ込んでいる融通のきかない石頭人間ばかりだ。
私はそのまま席を立って、病院から飛び出した。

家への道を歩きながら考える。
面白くもない新聞は、取るのをやめてテレビはリサイクルショップに持って行こう。
本も全部処分するんだ。
しかし今日はなぜか知っている人によく出会う。
すれ違う人すれ違う人、みんなに挨拶をしながら私は歩き続けた。

その夜、最後の見納めだと思ってテレビのニュース番組を見た。
いつものキャスターが原稿を見ながらしゃべっている。
するとそのキャスターは、途中でニュースを読むのを中断して言った。
「おい、何だこの原稿。昨日読んだのと同じ原稿だぞ」
それがどうした?よくある事じゃないか。

それからと言うもの、世界中でも私と同じようにその事に気が付く人が多くなって行き、政治経済は大混乱に陥ってしまった。
まあ、よくあることだけど。



おわり



「既視感」いわゆる「デジャビュ」というのは誰にでも起きるもので、精神病ではないのですが、それが精神病としてひどくなり、しかも伝染して世界に蔓延するお話です。
蔓延した世界を描くと言う事まではめんどくさいので、この辺にしておきます(笑)

今年も1月17日が近づきましたね。
阪神大震災があった日です。
阪神大震災を背景にした、未完のままほったらかしにしていた短編小説があるのを思い出しました。
思い出したきっかけが春待ちりこさんのブログの記事を読んでだったのですが、気がつくともうすぐ1月17日だったので、これを機会に完成させようと思いました。
当日に間に合えばいいのですが。
いろんなブログにコメントして回る楽しみをちょっと控えて集中しようかと思います。

このままだと、長めの作品が2本続く事になるので、それを避けようと言う事で、短めの旧作を今回アップしました。
旧作と言っても、原稿用紙に書いたもので、ワープロのデータではないので、1から打ち直さなければいけないんですね。
そのついでに結構書き足したりしています。

そうだそれから、この間「ブログ村」の掌編小説の、人気記事ランキングで僕の作品が1~3位を独占していたので、記念写真を撮りました。
これだけで一つの記事にするのも考えものだと思って、ここに書きます。
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by marinegumi | 2011-01-07 22:02 | 掌編小説(旧作改稿) | Comments(9)

1月3日、その日の朝、僕は我が家の愛犬、ココの散歩に出かけた。
小さなトイプードルのココに引っ張られるようにして、いつものルートを通って歩いて行った。
でも今日は休日なので、同じルートとは言え、いつもの夕方とは時間帯が違う。

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1月3日は悲しい思い出につながる日だった。
歩きながら、またあの日の事を思い出していた。

二人でドライブに行ったその日、君は一枚のCDを持って来た。
そのCDを僕が気に入ってしまい、一日中同じCDを聞いて過ごした。
緑の木々の間の通行量の少ない気持ちのいい道を走らせながら何度も何度も繰り返し聞いたのだ。
そのCDの中でも特に好きになった一曲があった。

僕がそのCDを気に入ったものだから、君はそのまま僕の車のカーステレオに残して行ってくれた。
僕は僕たちがこのままいつまでも一緒にいるものと信じていた。
だから君のCDはそのまま僕たちのCDと言う感じで、借りているという意識が薄かった様に思う。

だけどその日を境にして、なんとなく君の表情がさえなくなり、連絡を取れない事が増えて行き、とうとう別れを切り出されたのは3月に入ってからだった。

僕は喫茶店で君の話を聞きながら震える手をテーブルの下に隠していた。
君の話が別れ話だと言う事が解ってから僕は一言もしゃべる事が出来なかった。
最後まで君の話を聞いて、そのまま席を立ち、僕は自分の車に乗り込んで走らせた。
走り始めると同時に君が置いて行ったそのCDが流れ出したので、僕は急ブレーキをかけて車を止め、カーステレオからCDを取り出した。
車の外へ出ると、そこは川に架かる橋の上だった。
CDを手に持っていた僕は、衝動的にそれを川に向かって投げていたのだ。
CDは一度キラリと光ると、音もなく水の中に沈んで行った。

その事があってから十年以上過ぎた今、ふとそのCDの中のあの特に気に入っていた一曲が、もう一度聞きたくなっているのに気が付いたのだ。
ところが、その曲が誰の何という曲なのかが思い出せないし、いくら調べても判らなかった。
歌詞の一部が少し判るだけだった。

  遥かな夏の記憶‥
  一人にしないと言って ソリチュードは‥

不確かなメロディーと共に覚えているのはそれぐらいで、あとは言葉の断片だった。
「ソリチュード」という言葉をなぜかよく覚えていた。
それは多分どちらかが「ソリチュード」と言うのはどういう意味なのかと聞いて、調べた事があるからだ。
「Solitude/ソリチュード」は「孤独」と言う意味だった。
「ソリチュード」と言うタイトルの曲を調べてみると、フェバリッ・トブルーの「Solitude」と言うアルバムのタイトルになっている曲に行きついて、CDを買ってみた。
しかしそれは聞き覚えのあるあの曲ではなかった。
ただ、女性ボーカルのバンドには間違いないのだが。

散歩のコースをココはすっかり覚えていて、僕が考え事をしながらでも、よそ見をしながらでも、その散歩のコースの折り返し点になっている、近くにある「道の駅」まで先になって歩いてくれた。
そこの駐車場は正月休みのドライブや、早々とした帰省帰り等の車でいっぱいで、店は人でごった返していた。
僕はいつものように自動販売機で、コーヒーを買おうとココを片手で抱いてポケットの小銭を探った。
そこへ「わー、かわいい!」と言って10歳ぐらいの女の子が僕が抱いているココに手を差し出した。
その手をココはペロペロとなめた。
女の子はアイポッドを聞いているようで、イヤホンを両耳にしている。
そのイヤホンを外しながら「この犬って、トイプードルですか?」と聞いた。
「そうだよ」と答えながら僕は、彼女の外したイヤホンからかすかに漏れて聞こえている曲に気が付いた。
そして、ぞくっと背筋が少し震えた。
「アイポッド持ってるんだ?」と聞くと、女の子はココの頭をなでたりしながら夢中になっている。
「どんな曲を聴いてるのか聞かせてね」と言って片方のイヤホンを耳に当てると、間違いなかった。
君が僕の車に残して行ったCDに入っていた、ぼくが一番気に入っていたあの曲だったのだ。
「今、鳴ってる曲って、何という曲なの?」と僕が聞く。
女の子はアイポッドをポケットから取り出して、液晶画面を確認してから言った。
「デーループのラブミーテンダーと言う曲みたい」と教えてくれた。
画面を見なければ判らないということは、女の子はタイトルまでは知らないのかもしれない。
おそらく彼女が生まれる前にヒットした曲なのだから。
アイポッドの画面を覗き込む。
「D-ROOP ♪Love me tender 」と読めた。
「この曲って君が好きな曲なの?」と僕。
「うん、好きだよ。でもこれはお母さんの持ってるCDを入れたんだよ」
そう答えると女の子は「じゃあね。バイバイ」とココに手を振って駈けだした。
彼女が走って行った先には待っている彼女の家族がいた。
その母親らしい人の後ろ姿だけで十分だった。
その後ろ姿と、女の子の面影とで‥


その後僕はそのCDを手に入れた。
何度も繰り返し聞いた。
最初はその曲を聴くのが苦痛かもしれないと思っていたけれど、そんなことはなかった。
懐かしい思い出と共に、今は幸せそうな君の生活を想像する事も出来た。

あの時の駐車場で見かけた女の子の、後姿だけの母親が君だったのかどうかはわからない。
そしてあの瞬間、僕はたくさんの人ごみの中で「孤独」だった。
でも、今はもう違う。
その出来事があってから、不思議に何年も思いつめていた気持ちもほぐれ、新しい恋をする気持ちになれたのだ。
君と別れてから今までの自分の事が、本当に馬鹿みたいに今は思えた。




おわり



今年に入ってから、短編を一つ書きました。
ところがそれは、2011年最初の記事にするのはどうかなと思う内容なので、急きょ愛犬の散歩の途中にもう一つ考えたのがこの作品です。
念のため、実話ではありません(笑)
長年判らなかった曲名が最近判明したのは事実ですけどね。
散歩先の道の駅で、愛犬の相手をしてくれたのは女の子ではなく、40代ぐらいのきれいな女の人でしたし、その時アイポッドを聞いていたのは僕でした。
それだけをヒントに帰りの道すがらお話を作って、帰ってすぐに文章にしました。
お正月にふさわしく、なるべくハッピーな内容にしたかったのですが、やっぱり、ちょっとほろ苦系になりました(笑)

もう少し書いておこうかな。
「ラブミーテンダー」をもう一度聞きたくて、でも曲名が判らず、「ソリチュード」というFBのアルバムを買ったのは事実です。
実は「ラブミーテンダー」は僕が録音したMDの中に入っているはずだったんです。
ところが100枚近くあるMDのどれに入っているのかが判らない。
そのMDは、有線放送から当時のヒット曲をただただ分類もせず録音したものだったので、MD自体に番号は振ってあるものの何番に入っているかが判らない。
もう長い間、再生した事もなく、抜けている番号もあって、確実にその中にあるかどうかもわからない。
それでもどうしても聞きたくなって、ある日MDを1枚1枚再生してみることにしたんですよね。
アイポッドを買ったので、もう使わなくなってしまったMDプレーヤーで。
「いったいどれぐらい時間がかかるんだろう、めんどくせー」と思いながらね。
そしてその最初に手に取ったMDの1曲目が「ラブミーテンダー」だった時はびっくりしました。
いやいや、すごい偶然ですよね。
その偶然の出来事の感じを物語に形を変えて入れてみました。

D-ROOPというグループ名も覚えてなかったので、ネットで検索したんですが、ボーカルのMINAMIさんが2010年1月に亡くなっていたのを知って、ちょっとショックでした。
その後どんな曲を出してらっしゃるのか聞いてみたかったんです。

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by marinegumi | 2011-01-03 15:59 | 掌編小説(新作) | Comments(4)