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おばあちゃんが死んだ。
ここはおばあちゃんがくらしていた良夫おじさんの家の、ぶつだんのあるへやだった。
ふとんに寝ているおばあちゃんの顔には白いきれがかぶせてあった。
それはあついあつい夏休みのことだった。

しょうじもふすまもとっぱらい、がらーんと広くなった家の中はうす暗く、わたしは明るい夏の庭のゆれるヒマワリをおばあちゃんのふとんごしに見ていた。
ずっとずうっと、夕方になるまで、おばあちゃんのそばにすわっていた。

お日さまが沈んで、セミの声も少なくなるころに、近所の人が次々にやって来はじめた。
みんな黒い服を着て、おじさんやおばさんに、もぐもぐとひくい声で何かを言っている。
みんなそれぞれにざぶとんにすわって、ハンカチで汗をぬぐったり、うちわでパタパタ顔をあおいでいた。
「何をやってるんだろうね。まったく」
その声にふりかえると、死んだはずのおばあちゃんがそこに立っていた。
「皆さんに冷たいお茶でもお出ししないと」と言いながら台所の方へ入って行った。
しばらくすると、ガラスコップに入ったむぎ茶をおぼんにのせて、あぶなっかしい足どりで入って来た。
ガラスと氷のふれあう音がする。
近所の人たちの前におぼんをおくと「ごくろうさま」と言いながらたたみの上にすわった。
そしてわたしの方を見て、少し悲しそうな顔をした。
「おばあちゃん」わたしは小さな声で言った。
「おばあちゃんは死んでるんだよ。死んだ人がこんなとこに出てきちゃいけないよ」
おばあちゃんはうなずき、すなおにふとんに入った。
台所から出てきた洋子おばさんは、むぎ茶のおぼんをもったまま、もうみんながお茶をのんでいるのを見てふしぎそうな顔をした。
「みなさんご苦労様です」と、おぼんを横においてあいさつをした。

外がまっ暗になるころには親せきの人がつぎつぎにやって来た。
いとこのまきちゃんのお父さんと母さん。
遠くでくらしている、わたしのお母さんの方のおじいちゃんとおばあちゃん。
そして少し顔に見おぼえのあるだけの人や、わたしがはじめて見る人もざしきに上がってそれぞれざぶとんにすわっている。
そのたくさんの人の中に、ぶつまのかべの上の方にならべてある写真と同じ顔の人がちらほらと見えた。
よく見ると、その人たちの前にはお茶が出ていなかった。
おじさんやおばさんもその人たちにはあいさつもせず、ほったらかしだったので、わたしは台所へ行ってむぎ茶をコップに入れて、おぼんではこんだ。
そしてひげを生やしたえらそうなおじいさんの前に一つおいた。
「あかね。お前はよく気がきくね」という声がうしろからした。
おばあちゃんだった。
またふとんからぬけ出して来たんだ。
「おばあちゃんたら!」わたしが言うのをむしして、ひげのおじいさんとお話をはじめた。
「本当にお久しぶりです」と言いながらわたしの方を見た。
「ほらほら、他の人にもお茶をお出ししなさい!」
昔の人みたいなかみ形の女の人にお茶をさし出すと、にっこり笑ってあたまを下げた。
学生服に学生ぼうの男の人にお茶を出すと、両手を合わせて何も言わずに口へはこんだ。
そこでわたしは気がついた。
あの写真に写っていて、ここにいる人たちは、みんな死んだ人たちなんだと。
よく見ると写真の人だけではなく、近所に住んでいたおばあちゃんのお友達や老人会でいっしょだった今はもう死んでいるはずの人たちの顔もあるような気がした。
生きている人たち、死んでいる人たちが入りまじって、もうわけがわからなかった。

「あーもう、何やってるんだろうね」と言うおばあちゃんの声がきこえた。
「お茶だけじゃなく、お茶菓子ぐらいお出ししないと」と言いながら、また台所の方へ行ってしまった。
おかしを持って来て、みんなの前に置くと、今度はぶつだんの前を見た。
「座布団だよ、座布団。お坊さん用の座布団が出てないじゃないか」
そう言いながらおしいれをごそごそあさりだした。
りっぱなふかふかのさぶとんをおしいれからさがし出し、ぶつだんの前におくと、おばあちゃんはあたりをきょろきょろ見わたしてから言った。
「そうだ。ちゃんとお寺には連絡したんだろうね?」
おくのへやへ行こうとするおばあちゃんをわたしはとめた。
「おばあちゃんは死んでるんだから。自分のお通夜なんだから、寝てなきゃだめでしょ?」
ふとんの中におばあちゃんがいないのにだれかが気がつかないかとひやひやしながらそう言った。
「でもねー、頼りない子たちばかりだからね」
「だいじょうぶだってば。今はそういうのぜんぶ、そうぎやさんがやってくれるんだから」
「そうかい、そうかい。あかねちゃんがそう言うんじゃ、大人しくしてようかね」
そう言うとふとんに足を入れて、わたしのほうを見た。
またあの悲しそうな顔になった。
ゆっくりとふとんをひき上げながら横になると、自分で白いきれを顔にのせた。
わたしはたたみの上にすわって、しんせきの人たちのうしろでみんなのはなし声をきいていた。

ふと、わたしはわたしのお父さんやお母さんが来ていないのに気がついた。
おばあちゃんが死んだというのになんで来ないんだろうとおもった。

ひげのおじいさんが立ち上がると、すうっときえた。
学生服の男の人も、昔のかみ形をした女の人も、同じようにつぎつぎにきえた。
そのほかの写真の人たちがみんなきえたころに、おくのへやで電話がなった。
くぐもった良夫おじさんの声がきこえ、しばらくしてみんなのところへやってきた。
そして、立ったままふるえる小さな声で言った。
「今さっき、あかねちゃんが亡くなったそうです」
泣きだす人もいた。
「あかねちゃんて?」と、知らない人がきいた。
良夫おじさんが説明をする。
「おばあちゃんが川で死んだのは、おぼれているあかねちゃんを助けようとしたからなんですよ。あかねちゃんはまだ息があったので、病院へ運ばれて、一日以上生きていたんだけどね」

気がつくとわたしは病院のベッドにねているわたしを見おろしていた。
ベッドの反対がわに、目を泣きはらしたお父さんとお母さんが立っていた。
わたしのよこで、わたしの肩をだく人がいた。
おばあちゃんだった。





おわり




この作品はharuさんのブログ「ゆっくり生きる」の記事「夢の話」を元にharuさんの要望のもとに書きました。
記事はこちらです。
夢の話
これはharuさんの見た夢そのままを元に書いたショートストーリーです。
「夢の話」そのものは夢らしく不条理感いっぱいですが、その不条理感を損なうことなくショートストーリーにと言うのはどうも僕には無理だったようで、つじつまを合わせたストーリーになっています。
不条理を書くのは10年早いと言う事かもしれません。



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by marinegumi | 2011-08-31 23:11 | 掌編小説(新作) | Comments(14)

「小松左京展」記念講演。眉村卓さんの回に続いて、かんべむさしさんの講演「神戸・人・小松左京」を聞きに行って来ました。
最近はちょっと涼しい日が続いていたので、多分前回よりは涼しくて、歩くのも楽だろうと思っていましたが、この日も負けず劣らず暑い日になりました。
午前中はミント神戸で映画を見て、午後1時ごろ、神戸文学館へ向かう頃には道路が濡れていました。雨が降ったようです。この頃大阪はゲリラ豪雨だったとか。多少は気温が低くなっていたのですが、1時30分開始だと思っていたので、遅れないようにと速足で歩いたので、汗びっしょり。
結局、始まる時間は僕の勘違いで、2時でした。
講演の内容は例によって、雫石鉄也さんのブログ「とつぜんブログ」に詳しいのでご覧ください。

「とつぜんブログ」にも書かれていますが、かんべさんのお話の中に「江戸時代の北前船をあつかう大店の話」が出てきました。
これはかんべさんが桂米朝さんの落語「兵庫船」の枕で聞いて初めて知ったと言われました。
実は僕、前回も今回も電車で移動中はアイポッドで「桂米朝上方落語大全集」を聞いていました。というか、普段から散歩の時は半分は音楽、半分は米朝さんを聞いていますね。
だからかんべさんのお話にこの話題が出てきたのがうれしかったんです。もちろんこの「兵庫船」も何度となく聞いていました。
雫石さんの文章に、もう少し付け加えると、この大店の名前は「北風」と言います。ある日何かの事故があって、大名行列がストップしてしまい。この北風に100人前のご飯を揃えてもらいたいと言う要望が来る。すると即座に100人前の冷や飯が届いた。冷や飯と言うところがこの話のすごいところ。温いご飯なら注文を受けてから炊いて持って行けるけれど、冷や飯は冷まさないといけない。100人分もの冷や飯が常に遊ばせてあったという事ですね。
そして、もうひとつ「こうたつ」と言う大きな料亭があって、ここがこの北風の宴会を引き受けられたと言うから大きな店に違いないという事で、この二つが柳原の名物だったと、米朝さんの「兵庫船」の枕で語られるエピソードです。

さて、講演が終わってまず僕は、サインをもらうべくかんべさんの所へ。
僕の本棚から持って行ったのは「笑い宇宙の旅芸人」でした。
日本SF大賞受賞作で、667ページもある大作です。
当日のかんべさんのお話の中で語られた氏の著書はこの本だけだったので、偶然にしろ良いセレクトだったと思いました。
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そしてこれがサインです。
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さてさて、次に僕は今回も来てらっしゃるはずの雫石鉄也さんを探そうとしました。
多分今日も彼の創作仲間と言うか、お友達もたくさん来ていて、見ればそれとわかる…そういうグループが出来ていると思って探しました。そのグループの中の一人をつかまえて「雫石鉄也さんはどなたですか?」と聞こうと思ったんです。
ところが、それらしいグループがない。
みなさんバラバラというか、グループかなと思ってもせいぜい3~4人ぐらいのグループでしかない。
例によって、大きな声で「雫石鉄也さんはいらっしゃいますか!?」と声を上げる勇気もなく。
今回もまた神戸文学館を後にしたのでした。
残念。

ところで、この日午前中に見た映画は「ツリー・オブ・ライフ」です。
あらすじ、感想はこちらに詳しいです。
やはりこれは家族の物語で「2001年宇宙の旅」をやってしまったと言う事なんでしょうかね。
でもなんかすっきりとはしませんでした。
エピソードもコマ切れで、感動しそうになると別のエピソードに代わるので、ストーリーで感動するような作品ではありませんね。
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昔見たNHKの芸術祭参加作品のドラマを連想しましたが、それを2時間半はちょっとつらかったかも。
途中で席を立つ人が結構ありました。
ラスト近くで、殆どの登場人物が塩湖に集まるシーンがありました。死んでしまった主人公の弟や子供の頃の主人公や現在の主人公。すべての登場人物が時を越えて一堂に会し、塩湖の上を歩きまわっているという場面。
撮り方によっては感動的だったんでしょうけれど、僕はちょっと白けてしまったんですよね。
みんながただ芸もなく歩き回っている感じがして。
この塩湖はテレビで見ると、地平線まで鏡のようで、ものすごくきれいな所だと思ったんですが、それがきれいに撮れていないし。
あまりお勧めはしませんが、「2001年宇宙の旅」がお好きな人は一度見てもいいかもしれません。
映像に浸るには素晴らしい映画でした。

所で、僕は映画館で映画を観たのは何年ぶりなんでしょ?多分「ジュラシックパーク」以来だと思います。
えーと、「ジュラシックパーク」が1993年?と言う事は8年ぶりと言う事ですね。
ちがう!18年ぶりではないですか。
長らくご無沙汰だったんですね。
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by marinegumi | 2011-08-28 21:33 | わたくし事 | Comments(4)

セミの短歌を詠む

道の上に 蝉の骸が増える頃 終らぬと見え 終わる夏かも

みちのえに せみのむくろがふえるころ おわらぬとみえ おわるなつかも


七日間 十四日に使わんと 夜を徹して 啼く蝉の声

なのかかん じゅうよっかにつかわんと よるをてっしてなくせみのこえ


蝉の声 その激しさに包まれて かえってそれを静寂と聞く

せみのこえ そのはげしさに つつまれて かえってそれをせいじゃくときく


クマゼミ
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セミと言えば、僕が住んでいる地方では、今はなんと言ってもクマゼミの天下ですね。
大きくて、羽が透明で緑の縁取りが美しい。
でもこのクマゼミは僕が子供の頃には全く見かけませんでした。
もしこんなセミがいたら夢中になって追いかけたでしょう。

アブラゼミ
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その頃の主役はアブラゼミでした。
クマゼミより一回り小さくて、羽が茶色。
美しさでは見劣りはするものの、クマゼミはいなかったので十分主役を張れたんですね。
数は少なくなったものの、今でも見かける事は結構あります。

ニイニイゼミ
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そして脇役はこのニイニイゼミですね。
小さくて羽も不透明で、地味な存在でしたが数ではアブラゼミに負けていなかったと思います。
このニイニイゼミを最近ほとんど見かけないんですよね。
ちょっと心配です。

ツクツクボウシ
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ツクツクボウシはその鳴き声のユニークさや、小さくスマートで羽が透明で美しく、セミの中では宝石のような存在でしたね。
これは今でも、昔と変わらないぐらいの頻度で見かけます。

ヒグラシ
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ヒグラシは夏の終わりに、良く鳴き声を聞くものの、めったに虫取り網に収まってくれないんですね。
子供の頃の僕たちにとっては幻と言うか、あこがれの存在でした。
鳴き声は今も昔も変わらずに良く聞きますね。
クマゼミは体は黒っぽいんですが、ヒグラシは緑の模様が印象的ですね。

ハルゼミ
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そしてハルゼミ。
このセミは5月~6月に鳴くセミです。
実は僕はこのセミの存在をつい最近まで知りませんでした。
と言うのが、ちょっと高い山にしかいないらしいんですね。
何年か前、6月頃に他県に遊びに行った時に山の中で、どうもセミのような鳴き声が聞こえたんですね。
鳴き方がとぎれとぎれで、時期も、鳴き方も普通のセミとは違う。
その時はそのまま謎に終わり、帰って図鑑で調べて、たぶんこれだなと思ったのが「ハルゼミ」でした。
その地方にしか棲んでいない種類のセミなんだろうと思っていたんですが、後日、親戚の4WD車に乗せてもらって近くの山に上がった時にこのハルゼミの鳴き声を聞きました。
そして、なんと素手で捕まえる事が出来たんですね。
人のあまりいない山の上に棲んでいるので、警戒心がないんだと思います。
これはツクツクボウシと同じぐらいの大きさで、羽は透明だけど、体はあまりスマートではありませんが、緑の模様が美しいですね。
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by marinegumi | 2011-08-17 19:18 | | Comments(8)

8月6日土曜日。
休みを取って加古川と神戸に行ってきました。
最初の目的は、「神戸文学館」で開かれている「小松左京展」の眉村卓さんの記念講演を聞きに行く事だったんですが、加古川総合文化センターで「やなせたかしの世界展」も開かれていたので午前中は加古川、午後から神戸と言う感じで両方に行く事にしたんです。
a0152009_2154849.jpg僕はやなせたかしさんの古くからのファンでした。
一度東京に行った時にたまたま展覧会でお見かけしましたが、声はかけませんでした。
その頃は漫画家になると言う夢を持ち続けていたので、漫画家デビューした後、やなせさんにお会いした時に「あなたの作品を見て漫画家になろうと思ったんです」と言いたかったんでしょうね。
今はまだその時じゃない(笑)と言う感じだったんだと思います。

何年ぶりかの電車でした。
前回電車に乗った時も、何年ぶりかだったので子供料金で切符を買ってしまい、改札で止められて恥をかいたので、今回はちゃんと確認して大人料金で買いましたよ。

東加古川駅からカンカン照りの道を歩いて15分。
冷房のきいた会場に入ってもしばらく汗が止まりませんでした。

展示はアンパンマンを中心にバラエティーに富んでいましたが、僕が一番興味を持ったのはやはり4コマ漫画でしたね。
「Mr Bou」等の黒一色で描かれた4コマ漫画。
まだ鉛筆の下書きが残っているラフな感じの作品でした。
あと、アンパンマンの雑誌連載の完成原稿と並べて展示されていた鉛筆で書かれた下書きも興味深かったですね。
グッズの販売コーナーもありました。
アンパンマン関連のおもちゃがたくさんある中、「詩とメルヘン」の表紙絵のリトグラフを売っていました。
勧められたんですけどねー
買えませんでした。
そりゃーどんなに欲しかったか(笑)

会場を出たら11時45分ぐらい。
加古川総合文化センターには大きなレストランがあったんですが、まだ昼前だったので、食事は次の神戸文学館でと思って、電車に乗りました。
またしばらく汗止まらず。

神戸文学館は、王子動物園の隣にあります。
JR灘駅から歩いて5分。
親戚の家がすぐ近くにあって、何度も王子動物園には来ていたので、迷うことなく到着。
煉瓦造りの素敵な建物でした。


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お目当ては眉村卓さんの講演なのですが、もちろん小松左京さんのファンでもあります。
というか、SFと言うジャンルのファンなんですね。
会場に入ると、丁度講演の整理券を配り始めた所でした。
前もって申し込みをしていた50人分の席しかないんですね。
名簿がちゃんと出来上がっていて、名前を言うと整理券を渡されたのが「1番」でした。
(手書きの「1」という数字)


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講演が始まるまで、1時間以上あったので、ゆっくり「小松左京展」を見る事が出来ました。
やはり直筆の原稿用紙と言うのは興味深いですね。
僕が持っている本が、これを元に印刷されたんだなーと言う感じ。
決して読みやすい字ではないけれど、多数の訂正された書き込みや、消されて置きかえられる前の言葉や表現など、ほんとに食い入るように見て回りました。
残念なのが、展示品の原稿は全頁揃っていても、見られるのは1枚目だけなんですよね。
「撮影禁止」という掲示があったので、そのへんはちゃんと守りました。
でも結構撮影している人もいて、係員の人も特に咎めたりはしていませんでした。
撮っとけばよかったかな?


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眉村卓さんの講演はその「小松左京展」と同じフロアで開かれます。
展示会場の一角で講演が行われると言う事ですね。
だから定員50人とは言っても、立ち見でよければいくらでもどうぞーと言う感じですね。
2時開始の講演に眉村さんは1時間近く前にいらっしゃいました。
入ってこられると同時に目が合って挨拶。
かなり昔にお会いしたきりだったので、恐る恐る名前(本名)を言うと、覚えて下さってて、一安心。
しゃべり方も変わらず、お元気そうでした。

講演の内容は雫石鉄也さんの「とつぜんブログ」
神戸文学館 眉村卓氏「SFを書きはじめたころ」を聞きに行く
に詳しいので、リンクを張っておきます。
講演中の写真を撮ったのですが、掲載許可をもらっていませんので、小さくしてのっけておきますね。


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そうなんですねー
雫石鉄也さんも来てらっしゃったんですが、会えませんでした。
いや、たぶんというか、必ず来てらっしゃるだろうとは思っていたんですが、探し回るわけにもいかず、大声を上げるのも恥ずかしく。
講演を聞いている間、あの人かなー
文章のイメージからはこの人なんだけどなー
などと思いながらいろんな人を眺めていました。
そして、それ以上探求する勇気もなく家路に就いたのでありました。

我が家について、昼食を摂らずじまいだったのに気が付いたんですよね。
それなのに空腹感はありません。
ある意味、お腹一杯になった一日でした。
神戸文学館は結構狭くて、レストランなどはありませんでした。
コーヒーぐらいを飲めるスペースはあったようですが。
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by marinegumi | 2011-08-08 23:02 | わたくし事 | Comments(7)