「ほっ」と。キャンペーン

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特にしゃれた店でもなく、レトロと言うにも程遠い古びた喫茶店の窓辺に若いカップルが座っていた。
二人の窓から見えるクリスマスの終わった街はイルミネーションもなく、ただ暗かった。
店内の客と言えばその二人だけで、彼らの会話も途切れ、小さく流れている音楽がなければしんと静まり返っていただろう。

「雪が降りそうだなー」
一樹は窓ガラスに頬をくっつけて空を見上げた。夜になって、急に冷え込んで来た、星の見えない空だった。
真奈はそんな一樹の横顔を頬杖をしながら見ていた。
「クリスマスに会えなくてごめんね、私の都合で」
真奈がそう言っても一樹はそのまま空を見上げている。
真奈には解っていた。一樹が返事をしないのは彼が上の空なのではなく、その態度とは裏腹に、緊張しているんだと言う事を。
真奈は助け船を出してやる事にした。
「で?何か言いたい事があるわけ?」
一樹はそのままの格好で目だけ真奈の方へ向けた。そして真奈の正面に座り直す。
「あのさー」
一樹は上着のポケットに手を突っ込んで、そのままで話した。
「俺さあ、クリスマスに言うつもりだったんだけどさ、機会を逃しちゃって…」
「そうだと思った。それで雰囲気的に切り出しにくくなったと言う訳ね」
「真奈にはかなわないなー。なんでもお見通しだ」
ポケットから出して来た一樹の手には小さな包みがあった。
「俺でよかったら…」と言いながらその包みをテーブルの上に置いた。
その時一瞬、店内の空気が変わったような気がした。ふと、ずっとかかっていたはずの音楽が、今は山下達郎の「クリスマスイブ」なのに真奈は気が付いた。
「で?」
「俺と結婚してみるか?」
「一樹らしい言い方ね」そう言いながら真奈はバッグの中から紙を取り出した。薄っぺらい小冊子だった。
「はいこれ」
真奈はその小冊子の、あるページを開いて一樹の前に置いた。
「『使用上の注意』?なんだこれ?」
それはちゃんと印刷されて製本されていたけれど、パソコンで作ったものだと言うのがわかった。

使用上の注意

●落とす、ぶつける、殴る、蹴るなどの衝撃を与えないでください。(故障、破損の原因)
●本体を急に引きずって移動しないでください。(脱臼の恐れ)
●大きな声を出さないでください。(漏水(涙)の原因)
●ひと月に1回はリフレッシュが必要です。

「なんなんだよこれ?」
まだまだ文章は続いていた。一樹が表紙を見ると、『取扱説明書 塚原真奈』と書いてあった。
「真奈の取扱説明書なの?」
「そういうことね」
「なんだこれ?写真が付いてる」
真奈の全身の写真にはいろんな場所に線が引っ張ってあり、それぞれ「頭」とか「手」とか書いてある。
「『各部の名前』だって?やりすぎだよー」
苦笑いしながら、一樹は次々読んで行った。

「それでさー、これがどうしたんだい?」
「うふふ…、最初のページを見なさいよ」
一樹は表紙の裏側のページを開いてみた。

●ごあいさつ
お買い上げありがとうございます。末永くご愛用ください。

「って、真奈…」
「よろしくお願いします」
真奈はテーブルの上の小さな包みを開いた。中の箱を開けると、真奈の誕生石、ルビーの指輪が出てきた。それを自分の薬指にはめると、顔の横で一樹に見えるように向けた。
「どう?」
「似合ってるよー」
「その説明書の7ページ目を見て」

●結婚指輪について
結婚指輪はダイヤモンドで、給料の1.5カ月分にしてください。

「それさー、去年だったら1カ月分だったのになー。待たせすぎたので、ペナルティーね」
真奈はくすくすと笑った。
「なんだよそれー!去年からこんなの用意してたのか?」
一樹はため息をついた。そしてペラペラと説明書をしばらく見直した。
「あれ?ここが袋とじになってるじゃん」
「あ、それは後で開けてね」
「なんでだよー、気になるじゃん」
「いいから、帰ってから開けなさいってば」
一樹はコーヒーのスプーンの柄で今にも開けようとした。
「だめだってば!」と、真奈は取り上げた。
「あー、さてはHなお願いが書いてあるんじゃね?」
一樹はまた素早く真奈の手から取り上げる
「こらー!返しなさい」
「なんでだよー、おれが貰ったんだぜ」
ふと気が付くと、店内にはいつの間にか5~6人のお客さんがいて、マスターも、ウエイトレスの女の子もみんなが二人を見て笑っていた。
「あ…」
一瞬凍りついた二人は顔を赤くして、大人しく座り直した。

「あ…雪だ」
一樹の言葉に、真奈も窓の外を見た。
真っ暗な空から小さな粒の雪が次々に降りて来るのが見え、それは次第に増えて行った。
その時、窓の外の歩道の街路樹にイルミネーションがともった。
「あ。きれい」
一樹が店内に目をやると、マスターが笑顔で手を挙げた。クリスマスのイルミネーションは電源が切ってあっただけで、まだ片づけられてはいなかったようだ。

ふたりはそろってもう一度外を眺めた。
きらきらと輝く白いLEDのイルミネーションと白い雪が重なり、クリスマスの終わった街を、昨日のクリスマス以上に美しく飾っていた。



おわり



クリスマスネタで何か一つ書きたかったんですが、過ぎてしまいました。
だもんで、それを逆手にとってこう言う作品にしてみました。


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by marinegumi | 2011-12-26 18:18 | 掌編小説(新作) | Comments(8)

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塾からの帰りがすっかり遅くなってしまったあなたは気ぜわしく、急ぎ足で夜の道を歩いていた。
後ろから街灯に照らされた、あなたのおさげ髪の影法師が、だんだん暗闇に飲み込まれて行くのをあなたは心細く見ていた。
この辺の通りは街灯と街灯の間隔が広く、次の街灯が見えて来るまでしばらく、道はほとんど暗闇に包まれてしまう。
あなたは早く家にたどり着きたかった。
あの暖かな光の中へ。家族の笑顔が待っているあの心休まる空間へ。
背中のランドセルの中の文房具が、歩くにつれ音を立てている。
その音が建物の塀に反射して、時々別の方向から聞こえて来る。
それが何か怪しげな物の怪のたてる音ような気がして、あなたはさらに不安になる。

やがて、次に曲がる角の向こうの街灯の明かりが、うっすらと道路に射しているのが見えた。
あなたは小走りになる。

その角を曲がると目の前に「影」が立っていた。
それは日差しの強い日中のアスファルトの道路に黒々と映るようなくっきりとした濃い影だ。
いや、一瞬影に見えただけで、それは上から下まで黒ずくめの服装の男の人だった。
街灯を背にしているので影にしか見えなかったのだ。
あなたは怖くなり、その人をよけながら下を向いたまま通り過ぎようとした。
すれ違って通り過ぎたと、安心しかけた時、後ろから襟首を掴まれ、あなたの体ごと、そのまま持ち上げられる。服の襟が首に食い込み、あなたは声を出せない。
目の前にその人の顔があった。
いや、黒い服と黒い帽子の間の顔があるはずの所には何もなく、ぽっかりと真っ暗な空間が見えているだけだった。
その空間は少しづつ明るくなり、あなたはそこにあなたの後ろ姿が映っているのを見つける。
通学路を歩いている自分の赤いランドセルが色鮮やかだ。
息が出来ずに気が遠くなりながら、あなたはその明るい日差しの中の自分の後ろ姿を見ていた。

気が付くとあなたは朝の歩道の上を歩いていて、いつもの角を曲がったばかりだった。
歩いているうちにあなたは自分が学校へ向かっているのがわかった。
あなたは不思議に思いながらも、しばらく歩いて行くと、近所のおばさんが2~3人立ち話をしているのに出会う。
「おはようございます」と、あなたはいつものように挨拶をする。
おばさんたちは会釈をしただけで、立ち話の続きに戻った。
「でも、よかったじゃない」
と、一人のおばさんが言うのが聞こえた。
あなたは通り過ぎて、少し歩いて立ち止まり、その話に聞き耳を立てる。
「昨日の晩、職務質問で捕まったんですってよ」
「いわゆる少女の敵っていうやつね」
「こんな近くにそんなのが出るなんてねー。こわいこわい」
あなたは訳がわからないながら理解していた。
あの影のような男の人が現れなければ、あなたは何か犯罪に巻き込まれていたのかもしれないと言う事を。




おわり



ぽつりぽつりと、ツイッター小説を書きながらリハビリ中です(笑)
いくつか書くうちに、140文字にどうしても収まらないストーリーが出て来てしまいました。
それを膨らませて掌編にしてみたのがこれです。

やっぱりツイッター小説はいいトレーニングになっているんでしょうか?


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by marinegumi | 2011-12-12 00:19 | 掌編小説(新作) | Comments(0)