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海野久実が掌編小説やら短編小説を書いています。タイトルの後に原稿用紙換算の(枚数)があるのが小説です。


by marinegumi
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非常口 (7枚)

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僕がこの世界で、生きて行く意味なんてあるんだろうか?
僕の居場所はこの国にあるのだろうか?
この家にさえ安らげる場所などないと言うのに。
あまりにたくさんの人々の中で僕はひどく孤独だった。
あまりに無意味に過ぎて行く日々を数えながら僕は立ち止まっていた。

ただ一人、僕の事をわかってくれたのは君だったよね。
僕がこんな所から逃げ出したいと言ったあの日。
「じゃー、逃げ出す扉を作ろうよ」
君は笑顔でそう言った。
僕がポカンとしているのを見ながら君は続けた。
「そうだなー。ベニヤ板が一枚と、ドアノブがあればいいね」
そう言うと君は僕の手をひいて外へ飛び出した。
近くのホームセンターに行くと本当に、大きなベニヤ板を一枚とドアノブを買った。
君がお金を出しても足りなかった分は僕が払った。
人がじろじろ見る中を二人でそれを持って帰り、僕の部屋に運び込んだ。
「ドアノブは片方だけでいいね」
表側にそのドアノブをつけると、それだけでベニヤ板は立派なドアに見えた。
「これをどこに付けるのさ?」
そう僕が聞くと、君は天井を指差した。
「これを部屋の壁に付けたとしたら、もし開いても外に出るだけじゃん」
「でもさー、天井に付けて、もし開いたら天井裏じゃね?」
君は少しムッとしたように、口を尖らした。
「とにかくあそこに付けるわよ!」

脚立を二つ並べて、そのベニヤ板のドアを二人でやっとの事で取りつけた。
取り付けたと言っても、ねじで固定したら、そのねじが見えていて、開くような気がしないと言うので、強力な両面テープで張り付けたのだ。
君はその出来上がりに満足したようで、ハミングしながら帰って行った。
一人残った僕は天井のドアを見上げてため息をついた。
窓から庭を見下ろすと、君が門から出て行くところだった。
その後ろ姿が、君を見た最後になった。

人間なんて簡単に死んでしまうんだ。
どんなに頭がよくっても、どんなに可愛くても、どんなに人に必要とされていても。
人間なんて死ぬ時にはあっけなく死んでしまう。

僕は毎日眠る時に、天井にあるドアを見る事になった。
君が思いついて、二人して作った偽物のドア。
あの日、ホームセンターで買って来た物はもう一つあった。
「非常口」と書かれたアクリルのプレートだ。
それは天井のそのドアに取り付けてある。
何かがあれば、あそこから逃げ出せばいい?

僕がこの世界で、生きて行く意味なんてあるんだろうか?
僕の居場所はこの国にあるのだろうか?
この家にさえ安らげる場所などないと言うのに。
あまりにたくさんの人々の中で僕はひどく孤独だった。
あまりに無意味に過ぎて行く日々を数えながら僕は立ち止まっていた。

もう何もかもが嫌だった。
ずっと前から僕は「非常口」を必要としていたんだ。
ドアが取り付けられたあの日から、僕の部屋には脚立がそのまま置かれていた。
君がそう言ったのだ。
「脚立をいつもここに置いとこうね。この世界がどうしても嫌になったらそれに昇って、あのドアを開けるのよ」
そうだ、それは最後に君の姿を見たあの日から2日ほど後の事だった。
電話で君がそんな話をしたのを思い出した。
「ばっかじゃないの」
そう言って僕は電話を切ったのだ。
最後に君のささやくような笑い声が聞こえた。

ベッドに横になり、僕はドアを見上げていた。
涙があふれ、止める事が出来なかった。
本当にもうこんなどうしようもない辛い世界が嫌だった。
君のいないこんな世界は生きて行く価値なんてないんだと思った。
僕は起き上がり、部屋の隅に立てかけてあった脚立を広げてその上に上がった。
ドアノブを回して引けば、それが開くような気がしていた。

ドアは僕が手を触れる前にゆっくりと開いた。
その隙間から明るい日差しが差し込み、緑の木々の風景が細く見えていた。
夜だと言うのにそこはとても明るかった。
僕は自分が脚立の上に立っているのか、ドアの前に寝そべっているのか判らなくなった。
天井のドアの向こうにはドアに対して垂直な世界があったのだ。
ふと足元を見るとドアの向こうとは向きの違う部屋の床がある。
頭は混乱して平衡感覚がおかしくなって、体がふらついてしまった。
とっさにドアノブを掴もうとしたけれど手が滑り、脚立から落ちてしまう。
もう一度あわてて脚立に上がった時にはもう天井のドアは閉じていた。
ドアノブをいくら引いてもそれは開かなかった。
単に両面テープで張り付けられただけの偽物のドアだった。
僕はこのどうしようもない世界で生き続けなければいけないのだと思った。

それから数カ月が過ぎたある日。
学校から帰って天井のドアをなんとなく見上げた。
何かが変わっているような気がしたのだ。
そしてなぜか、そのドアが、僕がいない間に再び開いたんだと思った。
開いてどうなったんだろう?
なぜ開いたんだろう?

それは判らないけれど、その事で何かが変わるような気がしていた。




おわり




ツイッター小説「扉が開いた」の中の一つをグレードアップ(?)したものです。
皆さんはどうなのかは知りませんが、ちょっとしたアイデアがある時に、細かい部分が全く決まっていない時は、とりあえず書き始めて見るというのがいいようですね。
僕の場合ですが。
書き始める事によって、物語の画像が浮かび、また、頭も回転し始めて、お話を展開して行き易くなるんだと思います。
書き始める前は思いもよらなかった、ストーリーを思いつく事がよくあります。

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by marinegumi | 2012-05-31 08:45 | 掌編小説(新作) | Comments(6)

故郷の名前 (14枚)

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私は列車に揺られながら、後にして来た暮らしを思い起していた。
それなりに希望を持ってやって来た都会。決して嫌いではなかった仕事。恋人までにはなれなかったけれどガールフレンドもいた。
あのまま、そんなに面白くも辛くもない生活が続いていれば、もっと生きがいも希望もある暮らしに変わって行くだろうという予感は強くあったのだけれど。

列車の窓の外の景色が灰色の都会のそれに、次第に緑がちらほら見え始めた。
そしてさらに列車は走り続け、緑の勢力が増し、青空の広く見える風景に変わっていた。

そんな、ありふれてはいたけれど、大切な物になりかけていた生活をあきらめなくてはならなくなったのはちょっとしたボヤが原因だった。
休日で、私が遅くまで寝ていたある朝に、小さなマンションの隣の部屋で火事騒ぎがあった。
その部屋の住人は起きていたのですぐに逃げ出したものの私だけが何も知らず眠っていた。
新建材の煙が私の部屋にまで充満しても、眠り続けていて、そのまま大量の煙を吸い込み、意識不明に陥ってしまったと、そう言う事らしかった。
ひどい頭痛を感じながら気がついたのは病院のベッドの上だったのだ。
しばらくして退院をしたものの、後遺症が残り、慢性的な頭痛と、記憶力の低下に悩まされた。
これまで通り勤めていた会社に一度復帰をしたけれど、仕事の能率が悪く、毎日のようにミスを犯した。
上役から退職を勧められた時には、なかばほっとしている自分がいた。このままでは重大な取り返しのつかないミスをいつかは犯すだろう予感があったのだ。

列車の外の景色はきれいだった。ますます緑が増え、色も鮮やかだった。天気も良く気持ちのいいはずの眺めだったけれど、それを見ている私の心は慢性的な憂鬱に支配されていた。
世界は何か薄いベールにでも包まれたように現実感がなく、慣れてしまっているはずのわずかな頭痛が、そんな車窓の景色を楽しむ事を妨げていた。
そして私は眠りに落ちた。
昼間でも突然に襲ってくるようになった眠りだった。

目を覚ますと見覚えのある駅のホームに列車は停まっていた。あわてて荷物を手に持ち通路を走り、降りるとすぐに列車は発車した。
改札口には駅員の姿はなかった。切符を回収するトレイが置いてあり、そこに私の切符を入れると駅舎の外に出た。
駅舎の建物を見ると、そこにあるはずの駅名表示の看板がなかった。私はふと不安になる。ここは本当に私の故郷なんだろうかと。
記憶をたどってみる。あの火事以来頼りなくなってしまったおぼろげな記憶。
まだ両親が健在で、兄夫婦が同居しているはずの私の実家がある場所を思い出そうとした。そしてその事にひどく自信がない事に気がついた。
実家の玄関を出て、左に六軒目に幼馴染の京子ちゃんがいる。一度嫁いだものの、帰って来ていると聞いたはずだ。
いや、ちがう。そこは子供の頃によく行った駄菓子屋があった場所だ。
京子ちゃんの家は…
考えれば考えるほど記憶に自信が持てなくなっていた。

しばらく思い出せないまま、その田舎町を歩いてみた。自分の住んでいた場所の名前や番地は住所録に書いてあったし、覚えてもいたけれど、町のどこにも所番地の表示が見つからないのだ。
人に聞いてみる事にした。
何の看板も上がっていない食料品や日用品を売っている小さな店先にいたおばあさんに聞いた。
「すみません。ここは夢凪(ゆめなぎ)町ですよね」
おばあさんはゆっくり振り返り「なんだって?」と笑顔で聞き返した。
「ここは夢凪町だと思うんですが?」
「ここは夢凪町なのかい?」
と、また聞き返される。
「そうだと思って列車を降りてしまったものですから」
「そうだよ。ここは夢凪町だよ」
私はそれを聞いて安心した。私の実家は夢凪町の隣町、虹彩町にあるのだ。
そうとわかれば後はタクシーに乗って、運んでもらうのが一番確実だと思って、駅まで引き返した。駅前に一台のタクシーが止まっていたのを思い出したからだ。
そのタクシーはまだそこにあった。
眠っていた運転手を窓をたたいて起こし、座席に座った時にまた急な眠気がやって来た。
「運転手さん、虹彩町に行ってください。番地はここに書いています」と運転手に紙切れを渡した。
「虹彩町って?」と運転手は聞き返した。
「いやだなー、この夢凪町の隣町じゃないですか」
「あー、そうか。新米なもんで」
タクシーが動き出した。駅前を通る時に駅舎の駅名の看板を見つけた。見落としていたのだろう。
その遠ざかる「夢凪駅」の看板を見ながら、ストンと眠りに落ちた。

「お客さん、着きましたよ」
運転手の声で目を覚ました。見覚えのあるようなないような町角だった。
時間はすでに夕暮が近いらしく影が多くなっていて、通りは少し霧のようなものでかすんでいた。
「ここが本当に虹彩町なんですか?」
私がそう聞くと、運転手は町名が書かれた電柱のプレートを指差した。
「虹彩町三番地27」
それは私が持っている住所録を書き写したさっき運転手に渡した番地に間違いはなかった。
タクシー代を払おうとして、代金が思ったよりずいぶん高くて驚いた。夢凪駅からはせいぜい20分ぐらいのはずだったのだ。
車から降りても、どちらへ歩けば実家があるのか判らず、歩き出せなかった。虹彩町の家々は次第に濃くなって来た霧にかすんでいて、少し離れるともうシルエットになってしまっていた。
いつまでも立ちすくんでいるわけにもいかずとりあえず、その時体が向いていた方へ歩き出した。そして初めに出会った人に聞いた。
「この辺に影崎と言う家がなかったでしょうか?」
「カゲザキさん?」と、その小柄なおじさんは首をひねった。
「影崎俊夫と言います。番地はこのへんなんですけれど」
「聞いた事がないなー」
「星角という洋服屋さんの斜め前だったんですが」
「洋服屋さんならそこだよ」
とおじさんが指をさす。霧がすうーっと引いて行くとその向こうの建物の看板が見えた。「星角洋装店」
「あ、ありがとうございます」と、私がお礼を言った時にはそのおじさんは霧の中に影だけ見え、それもすぐに消えてしまった。
星角洋装店の真新しい看板を見ながら通り過ぎ、私の実家と思われる家の前に立った。
近づくにつれてかすんでいた家の表札の文字が読めるようになった。
「影崎俊夫」
父の名前だった。確かに父の名前ではあったが、家の様子が記憶とは違っていたのだ。家を改築でもしたのかと思ったが、それにしてはずいぶん古そうな外壁が焼き板の日本家屋だった。
私の実家は外壁がモルタルの安普請ではあるがもう少し新しい建物だったような気がした。ふとまた記憶が揺らいで不安になる。
いや、ちゃんと表札には父の名前が書いてある。これが我が家だったのかもしれない。きっとそうだったんだ。そう思い込もうとした。
郵便受けのそばのチャイムのボタンを押した。
家の中からかすかにメロディーが聞こえ、それとともに人の気配がして引き戸が開いた。
顔を出したのは女の人だった。
「お…おふくろ?」
そうは言ったものの、その人の顔に見覚えがない事に困惑していた。
「おふく…影崎正代だよね?」
そう聞いたとたんにその女の人は笑顔になり「おかえりなさい!」と言いながら私の手を引っ張った。
間違いなくおふくろだった。なぜさっきは見覚えがない気がしたのだろう?これも後遺症なんだろうか?
背中を押されるようにして座敷に入ると、そこには父親が座っていた。
「おう。ようやく帰って来たか?まあ、まだ早いが風呂でも沸かすから入ればいい」
「只今…」
私はそう言いながら戸惑っていた。座敷から見える食堂にいる人物に見覚えがなかったのだ。
男性と女性と、男の子が一人。
三人とも黙ってこっちを見ていた。
「あ、兄貴だよね」一瞬名前が出て来なかった。
「影崎伸治?」
兄は笑顔になって「よう」と、手を挙げた。
「姉さん。敏子さんだね」兄嫁の名前を思い出すのにさっきより時間がかかった。
兄嫁は男の子の背中を押して言った。
「おじさんよ、何年ぶりかしら?」
男の子の顔は…
顔がなかった。いわゆるのっぺらぼう状態だったのだ。
そう言えば兄も、兄嫁も、顔に見覚えがなかっただけではなく、名前を口にするまではのっぺらぼうだったような気がした。
「けんちゃんだったね」必死に兄の子供の名前を思い出した。
「健輔くんだ!」
そう言った途端に男の子の顔は見覚えのある健輔の顔になった。そして笑顔で私の方に走って来た。
「ねえ、ゲームやらない?」
私は違和感を覚えた。そして居ても立ってもおられない胸騒ぎ。
「ちょっと近所を散歩してきます」と言い残して、走るように家を出た。

隣の家の前に立った。この家は「横水」と言う名前だったはずだ。
相変わらず霧が立ち込めていた。表札を見ようと近づいたが、何も書かれていない真新しい木の板がかかっているだけだった。
「横水伸一」
と、私が声に出して言うと、表札にその名前が浮かび上がった。
私の体が震え出すのがわかった。
通りを全速力で走った。
六軒目の家の前に止まる。表札にはやはりなにも書かれていなかった。
震える手でインターホンを押すと、「はーい。今出ます」と言う聞き覚えのない声。
ドアが開き出て来たのはやはり顔のない女の人だった。
「雨沢京子」と、私が口に出せばその人は京子ちゃんなのだろう。

私は走った。そしてキーがついたままの車を見つけると、エンジンをかけ、猛スピードで走らせた。
鉄道の踏切があったので線路沿いの道を選んだ。
やがて駅が見えてくる頃には霧はすっかり晴れていて、不思議な事に空はまだまだ明るかった。
駅前に車を乗り捨てると、最初にやって来た列車に乗った。
この駅にはちゃんと名前があった。
私の故郷の最寄り駅「夢凪駅」の五つ手前の駅だった。

いまさっき、私が迷い込んだ町は一体何だったのだろう?名前のない駅。名前のない町。私が名前を口にすると、その名前の駅になる。その口にした名前がその町の名前になる。
私の家族にしても…

駅を四つ数え、いよいよ次が私の故郷に帰るために降りる「夢凪駅」だ。本物の「夢凪駅」
ふと不安がよぎった。
あの名前のない町の名前のない駅、そして名前のなかった故郷の名前のなかった家族に私が名前を与えてしまった。そしてその為にあの街が現実に存在するようになったとしたら、はたして本当の私の故郷「虹彩町」は、まだそこにあるのだろうか?
不確実に存在していた町が名前を得る事によって、存在し始めてしまった今、まだそこにあるのだろうか?

その時「ギギギギギィー」という音と共に列車に急ブレーキがかかり、間もなく停車してしまった。
私は窓から顔を出し、列車の進行方向を見た。
車掌のアナウンスが何と告げるのかを、震えながら待っていた。



おわり



明日からちょっと忙しくなるので、早く寝ようと思いながら書かずにいられませんでした。
例によって書きあげてろくに校正もしないままアップしてますので、誤字脱字、おかしな文章ご容赦ください。
おいおいに直します。
まあ、このブログの作品はほとんどが未完成だと思ってもらってもいいです。
発表後もちょこちょこ手直しが出来るのがブログのいいところですね。


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by marinegumi | 2012-05-24 01:35 | 短編小説(新作) | Comments(6)
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バー「海神」のランタンの光が雨の中でにじんでいた。
今日は朝からずっと雨で、鏑木が店を開けた頃には更に雨脚が強くなっていた。
客は常連が2,3人顔を見せただけで、いつになく暇な日だった。
今はその客もいなくなり、鏑木はグラスを一つ一つ丁寧に磨きながら閉店時間が来るのを待つとはなしに待っていた。
ふとバック棚に目をやる。
三段あったキープボトルの棚も一番上の段には造花が飾ってあり、下の二段も隙間が多くなっていた。
鏑木はキープしてあるボトルが全てなくなれば店を閉じるつもりでいた。
だから新規のボトルキープは断っている。
無意識にそのボトルを数えている自分に気がついて、途中でやめ、苦笑いをした。
「今日は早じまいだな」
そう呟くとカウンターを出て、さらに外に出るドアを押しあけた。

カラーンとカウベルが鳴る。

意外な事に雨はきれいに上がっていた。
わずかしか明かりのついていない商店街のまだ濡れている道路。
その道路に何か小さな影が見えた。
最近、ほとんど姿を見ない野良犬かと思ったが、それにしては動きがおかしかった。
ぴょんぴょんと跳ねている。
ウサギだった。
鏑木は目を丸くした。
ただのウサギなら誰かが飼っていたペットが逃げ出したのかと思ってそんなに驚かなかっただろう。
アスファルトの道をだんだん近付いて来るそのウサギは服を着ていた。
しかもタキシードだ。
そして、鏑木の目の前で懐から大きな懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「おお。もうこんな時間だ!遅れちまうぞ」
そう言うとウサギは懐中時計を懐にしまい、鏑木の方を胡散臭そうに一瞥すると、猛スピードで跳ねながら次の角を曲って姿を消した。
しばらく唖然とウサギが消えた角を見ていた鏑木は気を取り直し、店の中に戻った。
「ウサギだ。ウサギだよな。しかもしゃべったぞ…」
ぶつぶつと呟きながらカウンターの上を片づけ始めた。手早く店じまいをして家に帰ろうと思った。
「マスターさん。さっきから何をきょろきょろしてらっしゃるの?」
カウンターには金髪の美女が座っていた。
「それからウサギがどうとか、おかしな独り言をおっしゃって」
彼女は青い瞳を少し細めて笑った。
「いらっしゃいませ。いつの間にいらしたんですか?」
鏑木はカウンターの中に入りながら目をこすった。
「よく言うわね。幻でも見てらしたの?ハイボールをくださいな」
鏑木はアーリーモーニングのロックを作って女の前に置いた。。
彼女は一口飲むと目の前にグラス持って来て揺らし、それを眺めながら言う。
「キープしてあるボトルがなくなると店を閉めるって言ってらしたわね?でも、幻を見るようになっちゃ、もうそろそろじゃないですこと?」
女はクククク…と笑った。
「そうかもしれませんね、大人になったあなたが見えるんですからね。アリスさん」
カウンター席のずっと奥を鏑木は見た。
照明の陰になっている席にいるのは、パイプをくゆらせる芋虫だった。
その向こうにはチェシャ猫や帽子屋もいる。
彼らは勝手に酒を棚から出して来て飲んでいたらしい。
「こっちにもバーボンをお出し!」
そう言ったのはハートの女王だ。彼女は自分で酒を用意する気はないらしい。
鏑木はフォアローゼスのロックを作って女王の前に置いた。
「大儀じゃ」

カラーンとカウベルが鳴った。
「海神」の店内は一瞬にして真っ暗になった。

鏑木は店に入って来ると、壁のスイッチを入れた。
真っ暗だった海神の店内は薄明るく照らされた。
更にいくつか照明のスイッチを入れるたびに少しづつ明るくなって行く。
当然、誰もいない。
いないはずなのだが…
鏑木はきょろきょろとあたりを見渡した。
何かの気配を感じたのだ。
昨日の酒の臭いが濃く残っているので、そんな気がしただけかもしれない。
彼は換気扇を回した。
その時、足元に何かの影が走ったような気がした。
「ウサギ?」
きょろきょろと足元を見る。
いやいやと、彼は頭を振ってその思いを振り払う。
「あり得ない物を見るようになったら、即、店をたたまなくちゃな…」
鏑木はカウンターの中に入り、別のスイッチを入れる。

今夜も海神のランタンに灯がともった。



おわり



この作品はおなじみ雫石鉄也さんの「とつぜんブログ」の「雫石鉄也ショートショート劇場」の中の「バー海神シリーズ」の設定をお借りしたパロディーになっています。
これは某掲示板に冗談半分で書いたものですが、それを元に今回きちんと作品の形にしてみました。


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by marinegumi | 2012-05-15 01:39 | 掌編小説(新作) | Comments(8)
a0152009_16291446.jpgバーのカウンターに、彼女は無言でうつむいて座っていた。
バーテンはさっき出した2杯目のバーボンのグラスが空になっているのを確認してから聞いた。
「何かお作りしましょうか?」
彼女はゆっくりと顔を上げる。
かなり酔っているようで、目がうつろだった。
「そうね。もうちょっと口当たりのいいお酒がいいわね」
「甘口のワインでもどうですか?」
「おねがい」
開店早々に入って来たその若い女は、バーボンウイスキーのロックを注文した。
それを一気に飲み干したのでバーテンは少々たじろいだ。
「もう一杯ちょうだい」
同じものを出すと、今度はちびちびと飲んでいたがやはり口に合わなかったのだろう。
「まったくもう。あいつなんか、あいつなんか。あんな女に…」
彼女はブツブツとつぶやいている。
何かわけありの様子で、やけ酒と言う感じだったが、バーテンは何も聞かないでいた。
ワインをグラスに少なめに入れ、彼女の前に置く。
それに口を着けた時、うつろだった彼女の眼が少し輝いたように見えた。
「これおいしいわね。何と言うワインなの?」
「これですよ」
バーテンが瓶ごとカウンターに置いて見せた。
「ふーん。何て読むのかしら?」
彼女はラベルの文字を目で追った。
BALON-DE-BALLS
「バロン・デ…バロスかな?いや違うわね」
彼女はグラスのワインを飲み干した。
「バルスだわ。バルス!
ドアが大きな音を立てて開き、店に若い男が駆け込んで来た。
「こんなところにいたのか?あれは誤解だったんだよ、シータ!いっしょに帰ろう」
その時、どこか遠くで振動音が聞こえ始め、次第に大きくなって行った。
彼女は自分の手を見た。
無意識のうちに握っていた飛行石が光を放っていた。

ラピュタの中のバー「天空」のバック棚から酒びんが落ち始めた。


おわり





仕事中でーす。
さっき思いついたのをアップしました。
もぐらさんちで、「風の谷のナウシカ」が話題になっていたので、こんなのが出来ちゃいました。

そうそう、この間の「天空の城ラピュタ」の放映で、「バルス!」の場面では、同時に「バルス!」とツイートした人が多くて、ツイッター史上最高の数だったらしいですね。
いやはや。




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by marinegumi | 2012-05-12 16:29 | 掌編小説(新作) | Comments(6)
一つ目
a0152009_20143337.jpg

オレンジが一つ坂道の上の方から転がって来た。
僕はうつむいて歩いていたので誰が落としたのか判らないままそれを足で止めようとした。
するとそれは勢いよく跳ね返り、逃がしてしまった。
僕の後ろを歩いていた若い男がそれを両手で拾う。

「ありがとうございます」

輝くような笑顔の少女がその男に駆け寄った。






二つ目
a0152009_20145828.jpg

つややかなオレンジが一つ僕の目の前にある。
街のカフェのテーブルの上。
さっき、君が別れの言葉と共に置いて行った。
それには君と僕の思い出のすべてが詰め込まれているとでも言うかのように、君は冷たく置き去りにしたんだ。

僕はそれを持って立ち上がった。
もういくつ目のオレンジになったんだろう。






三つ目
a0152009_2015163.jpg

オレンジをひとつ、何カ月も観察した事がある。
初めは美しかった表面がつやを失い茶色の斑点が出てくる。
それが全体に広がる頃にはカビが発生した。
やがて乾燥して行き、全体に小さくなり、いびつな形になる。
今はすっかり干からび、あまり変化がない。

僕が今、殺したこの人も同じ様になるのだろうか。






四つ目
a0152009_20153385.jpg

彼女の心が僕から離れているのは解っていた。
新しい彼が出来たのも知っていた。

大学の薬品棚からほんの少し工業用青酸カリを持ち帰った。
それを水に溶かし、オレンジの皮の上から注射器で一袋にだけ注入した。
それを今、彼女はおいしそうに食べている。

もしも最後に一つ残ったら、それは僕が食べるよ。






五つ目
a0152009_1019788.jpg

朝、学校に向かうバスの窓から道路の上に一つのオレンジを見た。

そのオレンジが夕暮れの車が行き交う道路の上に奇跡の様に残っていた。
途中でバスを降り、車の流れが途切れた時にそのオレンジまで駆け寄った。
手を伸ばし、拾い上げようとした時に僕は見てしまった。
車に轢かれたオレンジと僕の死体を。





おわり




ツイッター小説です。
僕の書くツイッター小説は、「140文字以内」ではなくて、全部「ぴったり140文字」と言う事にこだわっています。
数え間違っていない限り(笑)140文字のはずです。

これまでは書き出しの同じツイッター小説をシリーズでやっていましたが、これはそれにはこだわらずにテーマを「オレンジ」に統一して書きました。


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by marinegumi | 2012-05-02 10:25 | Comments(8)