a0152009_23194143.jpg

私の向かいの席の通路側に妻の真奈美、窓側に娘のゆうみが座っている。
あ、これは我が家で食事をする時と同じ位置だなと、さっき気が付いた。
家族三人そろっての食事の時間は私にとってはとても幸福な時間だった。
たとえ話が弾まなくても、みんなテレビに集中していたとしても、幸せな時間に変わりはなかった。
二人のよく似た大きな瞳は、私にとって、そんな幸せな風景の一部だった。
でも今は、妻は目を伏せて文庫本を読んでいるし、ゆうみはさっきから何も言わず窓の外を見ているのだ。
真奈美は時々顔を上げ、駅名を確認したり私に話しかけたりする。
しかしゆうみは長い間、少しも私の方へ顔を向けなかった。

ガラスの向こうを流れ過ぎていた色とりどりの光はめっきりと少なくなっていた。
それだけ田舎へやって来たと言う事だ。
夜の列車に揺られているとなぜか過去に戻って行く様な気がした。
故郷が近づくにつれて自分が子供に戻って行くような気分になるので、目の前の座席に妻と娘が座っているのが不思議に思えて来るのだった。
久しぶりの里帰りなので、小さかったゆうみはもう12歳になっていた。
彼女がさっきから無愛想なのは、私たちと一緒に行動するのをうざく感じ始めているのだろうか。
彼女もそろそろそんな年頃に差し掛かっているのかも知れない。
そんな気がして少し淋しくなった。
この先、いつまで里帰りに付いてきてくれるのだろうか。

頬杖をついて外を見ていたゆうみの頭が、がくんと下がった。
居眠りをした拍子に頬杖が外れたのだ。
そして苦笑いをしながら私の方を見た。
焦点の定まらない目だ。
さっきから何もしゃべらなかったのはどうやら眠かっただけかもしれない。
「お父さん。わたし小さかった頃の夢を見てた」
あくびをかみ殺しながら、ゆうみは私にそう言った。
「この前、おばあちゃんちに行った時の夢。ぜんぜん忘れてたと思ってたけど、記憶って残ってるもんだね」
「どんな夢?」
「おばあちゃんと花火大会へ行ったじゃん。私、怖くて泣いちゃったでしょ。その時のこと」
「そういえばそうだったわね」
膝の上に文庫本を置いて妻が言った。
「あの、お腹に響く花火の音は私だって怖かったもん」
三人は声をあげて笑った。
「これは覚えてないか?おばあちゃんちにバス停から歩いて行く時に、一面に咲いていたヒガンバナを見てゆうみが言ったこと」
「覚えてないや」
「『わあ~フラワーパークみたい!』ってさ」
「あ、思い出した。その時の事」
そう言ったのは妻だった。
「するとあなたったら、『ゆうみ、それは違うぞ』って。『これが本家本元の自然の景色だぞ』ってね。『フラワーパークが自然を真似してるんだからな』なんて理屈っぽい事言うもんだから、ゆうみはきょとんとしてたわよね」
いくつかそんな思い出話をしているうちに列車は故郷の駅に着いた。

故郷の町は少しも変っていないように見えた。
駅前からバスに乗って少し走るともうすっかり大自然の真っただ中と言う感じだ。
灯りもあまり見えなかった。
いつもなら明るいうちに帰って来ていたのだけれど、今回は私の仕事の都合で中途半端な時間に家を出る事になってしまった。
二つ目の停留所で三人はバスから降りた。
バスが遠ざかると、急にひどく静かになった。
虫の声と私たちの足音しか聞こえない。

その時、ゆうみが空を見上げて大声を出した。
「わあ。すごーい星。プラネタリウムみたいだよ」
あ、まただ、と私は思った。
列車の中で話したフラワーパークのこと。
「あのなあ、ゆうみ。プラネタリウムは作り物だぞ。本物の星空を『プラネタリウムみたい』と言うのは本物の星空に失礼と言うもんだ」
「だって、お父さん、ほら」
私はそう言われて夜空を見上げた。
そこには思わぬ見事な星空が広がっていた。
無数の星がぐるりと私達を取り巻いているように見えた。
足元にまでその星々が広がっているのが想像できるような星空だった。
「プラネタリウみたいだ」
私も思わずそう言ってしまっていた。
そう言えば、これまでの里帰りでは、改めて夜空を見上げたことがなかったのかもしれない。
実家に着いてしまうと、夜にはあまり家から出なかったように思う。
花火大会のあの日は曇りだった記憶がある。
子どもの頃には何度となく見上げたこともあったはずなのに、こんな素晴らしい星空を忘れていたなんて。
ゆうみをプラネタリウムに連れて行ったのは一年ほど前の事だった。
その時の事を思い出しながら私たちは荷物を持ったまま立ち止まり、首が痛くなるまで星空を見上げていた。
「ゆうみ。これはほんと、あの時のプラネタリウムみたいだよな」




おわり



なんだか久しぶりに現実的なお話を書いた気がしますね(笑)
ショートショートではなくて、掌編小説、と言う感じのお話も結構好きです。

この作品をはるさんが朗読してくださいました。
いつもありがとうございます。
星空がゆっくり動く動画がすてきですね。



はるさんのホームページはこちら→ゆっくり生きる

ランキング参加してます。
クリックであなたに幸運が???(笑)
    ↓
にほんブログ村 小説ブログ 掌編小説へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
[PR]
by marinegumi | 2015-07-12 23:24 | 掌編小説(新作) | Comments(6)

忘れた夢 (4枚)

a0152009_023274.jpg

目が覚めたその時、大事な人を失ったことに気が付いた。
夢の中で出会い、夢の中で親しくなった人。
そして二人はきっと愛し合った。
でも覚えていない。
その人の顔も、その人の声も、その人の笑顔も。
みんなみんな、夢から覚めたとたんに忘れてしまった。
夢の中で二人はどんな話をしたのだろう。
夢の中で二人はどんな暮らしをしていたのだろう。
夢の中で二人はきっと愛し合って暮らしていたはずなのだ。
そうでなければ今、どうしてこんなに悲しいのだろう。
そうでなければ今、こんなに空しい気持ちであるはずがない。
夢の中で二人はどんな約束を交わしたのだろう。
夢の中で二人はどんな部屋に暮らしていたのだろう。
夢の中で二人はどんな夢を語り合ったのだろう。
何一つ思い出せない。
いくら夢だと言っても、こんなにも空しく消え去っていいものなのか。
いくら夢だとしても二人が交わした愛は本当だったはずなのに。
それは判る。
それは信じている。
現実で人を愛し、結ばれ、やがて年老いて、大事な人を亡くしたとしても、思い出だけは残るはず。
それがいくら夢だったとはいえ全く記憶にないのだ。
何一つ思い出せないのにただ愛した人がいた感覚?予感?雰囲気?
そんなものだけが残っている。
そして耐えられないのは愛した人を失ったという喪失感だった。
もう、自分はもぬけの殻だと思った。
これほど残酷なことはないと思った。
その人の顔も、その人の声も、その人の笑顔も、みんなみんな、夢から覚めたとたんに忘れてしまった。
そして、そして、その人が男だったのか、女だったのかさえ思い出せない。
それさえも思い出せないなんて!

そして、自分が女なのか、男なのかさえ。

ベッドから降りて、少し歩いて鏡の前へ行く。
自分が男なのか女なのかを確かめるために。
鏡に映るのが男なら夢の中の人はきっと女の人だろう。
鏡に映るのが女なら夢の中の人はきっと男の人のはずだ。
自分が普通に、平凡に恋をしたのなら、きっとそのはずだ。
それが判るだけでもきっとうれしいと思う。
何も思い出せない自分にとってそれが判るだけでもいいと思う。
それを手がかりに少しずつでも思い出して行ければいいと。
鏡の前に立つ。
そして顔を上げる。



おわり



公募ガイドの「TO-BE小説工房」テーマ『夢のまた夢』のために考えたお話です。
でも、あまり面白くないなと思ってこれはやめて(笑)別のお話をさっき投稿しました。
さてさて、結果はどうあれ、投稿する気力が戻ってきたことがめっけもん。

この作品をはるさんが朗読してくださいました。
いつもありがとうございます。

はるさんのホームページで見るにはこちら忘れた夢


ランキング参加してます。
クリックであなたに幸運が(笑)
    ↓
にほんブログ村 小説ブログ 掌編小説へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
[PR]
by marinegumi | 2015-07-01 00:27 | 掌編小説(新作) | Comments(2)