僕たちの劇場  (16枚)

僕たちはいつも、その場所で会った。
学校帰りだったり、たまに授業を抜け出したりして、その場所で待ち合わせたんだ。
そして、僕たちが会うときは決まって雨が降っていたような気がする。

麻衣と僕が通っていた高校の裏には、金網フェンスの継ぎ目がわずかに開いている場所があり、少し無理をすると外へ出られた。
出たところは雑木林になっていて、学校の建物から見とがめられることがない。
ほとんど雑草にかくれてしまいそうになっているわずかに残った「道」の痕跡に沿って歩いて行く。
すると、立ち入り禁止と書かれた朽ちかけた看板がある。
そのまま木々の枝をよけながらどんどん歩いて行くと倉庫らしい建物が見えてくる。
レンガ造りの壁にスレートの屋根が乗った、半分崩れた建物。
正面に大きな閉まったままのシャッターがあった。
地面より倉庫の床は1メートルほど高くなっていて、そのシャッターまで、コンクリートでスロープが作られ、大きなトラックがそのまま中に入れるように作られていたのだ。
シャッターは閉まっていたが、倉庫の裏側は大きく崩れていて、中へ入ることができた。

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その倉庫を見つけたのも、ある雨の日だった。
麻衣と二人で傘をさして、なんとなく、立ち入り禁止の看板に、かえって誘われるようにして林の奥へ迷い込んだ。
崩れた倉庫の大きな暗い穴の中へ入ってみると、ガランとしたほとんど何もない空間だった。
でも、ところどころに、この倉庫に置かれていただろう物が少し残されていた。
大小のペンキの缶があちこちに転がっていて、ここが塗料の倉庫だったのがわかった。
めぼしいものはほとんど運び出され、へこんだり、ふたが開いたままだったり、そういうものだけが残されたようだった。
薄暗がりに眼が慣れてくると、意外にもまだまだたくさんのいろんながらくたが残されているのがわかった。
汚れた机や書類棚、ペンキを塗るための刷毛(はけ)とか、脚立や金属のパイプなど。

そこへ来る時は、いつもなぜか雨が降っていたような気がする。
その倉庫にもいくつか窓があり、天気さえ良ければそんなにうす暗くもないはずだった。
そんな、ちっともロマンチックじゃない場所で僕たちは、はじめてのキスをした。



何度か訪れるうちに麻衣がそれを見つけた。
電気のメーターが入っているボックスからパイプが出ていて、それを目で追って行くと、家庭用の何倍もある大きなブレーカーがあった。
当然それのレバーは「切」になっていた。
麻衣が言った。
「このスイッチを入れると、あのシャッターが開けられるんじゃない?」
一度二人でそのシャッターを手で開けようとしたが、全く歯が立たなかったのだ。
電動のシャッターなのだ。
壁のボックスに3つのボタンがあり、「開」「停」「閉」とそれぞれ書かれていた。
「もう電気は来てないんじゃないの?」と、僕。
言いながら、近くに落ちていた棒を拾い、ブレーカーのレバーを上げて「入」にした。
すると、後ろの方、天井のはじっこで「チカチカッ」という音がして、1本だけ蛍光灯が点滅を始めた。
もう寿命が来ている蛍光管だ。
もっとたくさんある、他の蛍光灯は全く点いてなかった。
「ほら、ちゃんと電気来てるじゃん」
麻衣が勝ち誇ったように言う。
「ほんとだ、すげー!」

「開」のボタンを押すと、シャッターは土を落としながら、張り付いていたツタのような植物をプチプチちぎりながら開いていった。
暗い倉庫に、雨の日の弱い光が、それでも十分明るい光が差し込んだ。
見つめている麻衣の横顔もパッと明るく、美しく見えた。
「なんだか私たち、舞台に立ってるみたいね」
「舞台?」
「どんちょうって言うの?あれが開くとスポットライトが当たってさ」

急に麻衣が歌いだした。
林の中にその歌声は吸い込まれていった。
高い、かわいい、低音で少しハスキーになる素敵な歌声だった。
そういえば、麻衣は小学生のころ、市内の児童合唱団に入っていたというのを聞いたことがある。
きっとそのときに覚えた歌なんだろう。
その声を聞いたとき、僕は麻衣を離したくないと思った。
その声も、その言葉も、その笑顔も、その体も。

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ある日曜日の朝、僕はその倉庫に一人でやってきた。
倉庫の中からありったけのペンキの缶をシャッターの前に並べた。
残されていた錆びついた脚立、大小の刷毛等も持ち出した。
青のペンキは大量にあったので、まずシャッター全体を青で塗りつぶした。
そして白い雲や空を飛ぶ鳥、太陽、地上には大きな木や、花々を描き、いろんな動物たちを思いつくままに描き続けた。
僕たちがそこで会う日は不思議に雨の日が多かった。
雨が降っていなくても、必ずと言っていいほど曇りだった。
そんな、少し陰気な二人のデートを晴れの日の風景で飾ろうと思ったんだ。

数日後、麻衣はそれを見ると、息をのんだ。
「すごーい!君って、絵がうまかったんだ?」
その日もまた、雨が降り続いていたが、シャッターの絵の前だけは晴れていた。

僕は傘をさして、壊れかけた椅子に座って、シャッターを見ていた。
いや、劇場の緞帳(どんちょう)だ。
手にはカード型のリモコン。
それは、倉庫の中に残された机の中に入っていた電動シャッターの開閉用のワイヤレスのリモコンだった。
電池はさすがに切れていたので、新しいのを買ってきて入れた。

そして今、僕はその「開」のボタンを押す。
「グングングン…」という重い音を立てて開いて行く。
晴れた日の風景の緞帳が上げられて行く。
舞台の真中には麻衣が立っていた。
緞帳が上がり切ると麻衣は深くお辞儀をしてから、まずあの日の唄を歌った。
傘に当たる雨の音も気にならず、麻衣の唄だけが僕には聞こえた。
高い澄んだ声、低音が少しハスキーになり、それがかえってかわいく感じる。
麻衣は2曲目、3曲目と歌い続けた。
僕と麻衣が、この先ずっと一緒にいられるのかどうかはわからない。
でも、このひと時の、この麻衣の唄は僕だけのものだと強く思った。



僕だけのための、麻衣のコンサートはそれから何度開かれたんだろう。
そんなに多くはなかったように思う。
それは…
信じたくはなかったけれど、麻衣がいなくなってしまったからだ。
会う約束をしていた、その日もまた雨の日。
僕が待っていた舞台の前、晴れた日の風景の緞帳の前に麻衣は現れなかった。
そのころ、僕が見ていたその同じ雨に打たれながら、麻衣は道路に横たわっていたんだと後で知った。
その場所を見たのはあくる日だった。
形をとどめないほど壊れた自転車がまだ残されていた。
乾きかけた道路に雨で薄められた、麻衣のものだった赤いしみが広がっていたんだ。



それから何年もたった。
僕はすっかり大人の仲間入りをして、通っていた学校がある街からもずっと遠いところに引っ越して、一人暮らしをしていた。

ある雨の日の夜。
引越しの時に荷づくりして運んで来たものの、なぜか一度も開いてなかった段ボール箱を何の気なしに開いてみた。
それには、高校時代に使っていた教科書や、音楽プレーヤー、ゲームソフトなどが入っていたので特に必要ではなく半分忘れかけていたものだった。

取りだした教科書の間から落ちた物があった。
それは遠い昔のあの場所、あの塗料倉庫の電動シャッターのリモコンだった。
僕はそれだけを手にとってベッドに横たわった。
目の前へ持ってくる。
「開」「停」「閉」の文字が並んでいた。
特に心は揺れなかった。
「まだこれを持ってたんだな…」
そう呟きながら、無意識のうちに「開」のボタンを押していた。
かすかな「ピ」という音がした。

その時、僕には見えた。
遠いあの場所‥、距離も遠い、時間も遠いあの場所で、電動シャッターが開くのが見えたんだ。
そして開いていくシャッターの向こうには麻衣が立っていた。
緞帳が開ききってしまうと、深くお辞儀をする麻衣。
あの唄を歌いだす麻衣。
でも声は聞こえなかった。
記憶の中の麻衣がさまざまな色のスポットライトで照らされて歌う姿だけが見えていた。
すすり泣く声が聞こえた。
それは僕の声だった。
涙が止まらなかった。
麻衣の声をもう一度聞きたいと、心から願っていた。


              おわり





元になったツイッター版はこれです↓

机の中から電動シャッターのカード型リモコンが出てきた。
すっかり忘れていたが、10年以上前に勤めていた会社の倉庫のシャッターのものだ。
交通事故で大けが、そのまま会社を辞めてしまい、ポケットに入ったままになっていた物だ。
「開」のボタンを押してみた。遠いあのシャッターが開く幻が見えた。


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by marinegumi | 2010-09-22 17:59 | 短編小説(新作) | Comments(0)