神様の居場所 (13枚)

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義雄は戸惑っていた。見知らぬ路地に入って少し歩いただけなのに元の広い道に戻れなくなっていたのだ。完全に方向感覚を失っていた。
「これも歳のせいなのか…」
義雄は半ば諦めたようにつぶやいた。
彼は今年80歳になったところだった。早朝の散歩は欠かしたことはなく、いつも同じルートだと飽きるので、時々思いついた時に違う道に入った。それが今回は家の近所にかかわらず道に迷ってしまったようなのだ。
同じ道を何度か行ったり来たりしているうちに転んでしまい、ズボンのひざに血がにじんだ。足腰も急激に衰えて来ているらしい。気を取り直し、こっちかもしれないと、曲った道は行き止まりになっていて、目の前には綺麗な花が咲いた生垣があった。
「これは何という花だったかな?」
義雄がそう言った途端にあたりが真っ暗になり、すぐにまたゆっくり明るくなると、彼は奇妙な空間に立っていた。
丸く暖かな光に包まれた床のあるドームのような空間だった。壁らしいものは見えず、光が丸く空間を仕切っているのだった。
その空間の義雄が立っている反対側に一人の白い服を着た、白いひげの老人が、なにやら白いふわふわした椅子に座っていた。
「神様?」
義雄はなぜかそう口に出していた。直感的に神様だと思ってしまったのだ。
「おお、よく来たな。私はそう、神様だよ」
神様はそう言った。
「人間がここに来るのは、この前は125年前だなぁ。ともあれ珍しいお客様じゃ」
「どうやって私はここへ来たんでしょう?」
「なんだって?ここへ来る方法を知らずに来たとでも言うのか?」
と、神様は不思議そうな顔をした。
「そこの路地を入って、3メートル歩いて引き返し、もう一度入って次の三差路で左に入ってすぐ引き返し、右の道に入って5メートル歩いて引き返し、元来た道を半分ほど戻ってから三差路の真ん中でいったん転んで、左の道を突き当りまで来て「これは何という花だったかな?」と合言葉を言うと、ここへ来る扉が開くのじゃよ。お前はその手順を踏んだから、ここにこうしておるわけじゃ」
「そうだったんですか?それはまたすごい偶然が重なったようですね」
「なんだ?偶然だったのか。まあいい。では125年ぶりに人間の願い事をかなえてやるとするか」
「願い事ですって?」
「そうじゃよ。人間がここへ来るのは願い事以外に何があるのじゃ?何もなければそれでもいいぞ」
「いえいえ、そんな事はないです。願い事、ありますとも」
「童話によくあるように3つの願い事ではなく、願い事は一つだけじゃ。ただし同じ願い事なら何度でもかなえてやれるぞ」
「私は自分の人生が不運続きだったもので、いつももう一度やり直したいとばかり考えて生きて来ました」
「まあ、幸せな人生を送っても、もう一度やり直したいと言う人間もあるがの。それでは?何歳ぐらいからやり直したいのじゃ?」
「そうですね。10歳ぐらいからがいいです」
「で?これまでのお前の人生の記憶は消してしまって新たにやり直すか、それとも記憶はそのままがいいのかどっちじゃ?」
「記憶が無くなるとまた同じような人生を歩んでしまうと思いますから、今の記憶のままがいいです」
「オッケー」と神様は軽く答えた。
「すぐに戻してやろう。気が付けばお前は10歳じゃ」
「その前に聞きたい事があります」
義雄はこの神様のいる場所へ入るための手順をもう一度聞いた。また戻って来る必要があるかもしれないと思ったからだ。
「路地を入って、3メートル歩いて引き返し、もう一度入って次の三差路で左に入ってすぐ引き返し、右の道に入って5メートル歩いて引き返し、元来た道を半分ほど戻ってから三差路の真ん中でいったん転んで、左の道を突き当りまで来て「これは何という花だったかな?」と合言葉を言うと、ここへ来る扉が開くのじゃよ」
義雄は物覚えの悪くなった頭で必死に覚えた。
「しかし、ここへ来るあの路地は最近出来た道ではないのですか。百年以上前からあったのですか?」
「あったともさ。ここが野原だった時から、目にはみえないが存在していたのじゃぞ。どんなに未来になろうともあの路地を道として残さずに建物を建てる事は絶対に出来はしない」
それを聞きながら義雄はふと気が遠くなった。

意識が失われてしまう前に義雄は自分が小さな体で小学生の頃の自分の部屋から外を見ているのに気が付いた。
義雄は自分が恋をしていたのを思い出した。窓から見える赤い屋根の家の女の子、同級生の京子の事を好きでしょうがなかったのだ。
でも、義雄はその思いを抱いたまま、どうしていいのか判らず、京子にわざとぶっきらぼうな態度をとったり、筆箱を隠したり、心とは反対の行動ばかり取っていた。
その事が思い出すたびに歯がゆかったのだ。まずその事から始めようと義雄は思った。明日学校へ行ったら…

京子には精いっぱい優しく接した。男子から、からかわれたりしているのを見るとやめさせた。その頃の10歳のままの本来の自分ならとても出来ないような面白おかしい話をして京子を喜ばせた。いくら引っ込み思案で、口下手だったとしても、80年も生きて来た義雄にとって、それは簡単な事だった。
同級生の男子に京子の事で、喧嘩を売られたりしても負けなかった。義男は喧嘩はめっぽう弱い子供だったし、もちろん今でも肉体的には同じ力しかなかったが、80年の経験で、喧嘩の体の動かし方がわかっていたのだ。

中学校に進んでも京子とはずっと仲が良かった。
高校に進むと義雄は将来の商売の計画を立て始めた。自分が大人になった頃にはパソコンのネット販売が主流になって行くのがわかっていたので、真っ先にその業界に飛び込むつもりで準備を始めていたのだ。
そして、大学に行きながら会社を興した。
義雄は前の人生でも見合い結婚はしていた。いつも不機嫌な嫁で、5年目に子供もないまま別れてしまった。それ以来ずっと一人暮らしだったが、今度の人生では、大学在学中に京子と結婚をした。
会社の経営は細々としたものだったが、やがて大きく花開く事がわかっていた。
一度競馬で儲ける事も考えて、前の人生で買って負けた記憶のある競争の結果を見たが、覚えている着順通りではなかった。
前の人生とは少しづつ違う人生なのだとわかった。

大きく成功を収めたネット販売会社の会長に収まった義雄は80歳になっていた。そして思った。なんと時間の経つのが速かった事かと。
前の人生の子供の頃は時間はゆっくりと流れていた。歳をとるにつれて時間は早く流れるように感じられ、80歳の頃にはもう、1年が子供の頃の数カ月しかないような気がしていた。
そして2回目の人生を送る事になったが、時間の流れる速さは80歳のそのままで、歳をとるにつれてさらに速くなって行った。
それは予想外の事だった。一応社会的な成功を収めたものの、短く、充実感がなく、ひどく欲求不満な2回目の人生だったのだ。

義雄はあの時と同じ、神様の居場所へ通じる路地にやって来た。
そしてそこへ入るための手順を忘れないように書きとめた紙を取り出した。
路地を入って、3メートル歩いて引き返し、もう一度入ってその先の三差路で左に入りすぐ引き返す。右の道に入って約5メートル歩いて引き返し、元来た道を半分ほど戻ってから…
「半分ほどと言うから、歩く距離は大体でいいんだろうな」
三差路の真ん中でいったん転んで、左の道を突き当りまで来ると生垣があった。花の咲く季節ではなかったが義雄は言った。
「これは何という花だったかな?」
その瞬間、義雄はあの半球をした神様のいる空間にいた。

「おう、また来たのか?よく覚えておったのう」
70年前と全く変わらない姿の神様がいた。
「神様、今度の人生はひどく短かったように思います。どうしてでしょうか?」
「それはしょうがないのう。歳をとるとともに時間を短く感じるのはな。お前の精神は、今はすでに160歳なわけじゃからの」
「それにしても、神様」
「なんならもう一度やり直すかな?とことん付き合ってやるぞ」

気が付くと義雄は10歳の体に戻っていた。
ふと自分の部屋の時計を見ると、長針がゆっくり動いているのに愕然とした。5分経過するのに自分の感覚ではせいぜい1分ほどしかかかっていないように思えた。
窓から空を見ると太陽がゆっくりと動いているのがわかった。
時間の流れる速さにうんざりしながらそれから70年が過ぎ、気が付くとまた義雄は80歳になっていた。2回目の人生をほぼなぞる形で3回目の人生の終着点を迎えようとしていた。それはあまりにあわただしく、めまぐるしく、ともすれば人に「のろま」とののしられる事の多い人生だった。2回目の人生をトレス出来なければひどくみじめな人生だったかもしれない。

「またやって来たのか?」
全く変わらない神様はそこにいた。
「どうしてこうなるんでしょうか?時間があまりに早く経ち過ぎるのです」
「じゃからそれはしょうがないのじゃ。歳をとればとるほど時間を短く感じるのはお前が人間だからなのだよ。お前はすでに360歳なのじゃ。どうじゃ?また人生をやり直すかの?」
「もう一度若返っても、まともには生きて行けません。時間の早さについていけないのです」
「それは仕方のない事なんじゃよ。あらゆる生き物の宿命じゃ。いいか?よく聞きなさい。ありとあらゆる生命体の精神エネルギーはそれ自体歳を取るものなのじゃ。人間として生まれた体に宿った精神は若々しく、元気なのだが、体が寿命を迎える頃には少しくたびれているわけだ。そのために時間の経過を速く感じるようになっているのじゃな」
義雄は言葉もなく神様の話を聞いていた。
「つまり人間と言う高度な体を司る精神としては少しくたびれているので、体が精神の重荷になってしまう訳じゃな。人間としての生を終えた精神は、記憶をなくし、今度は少し荷の軽い動物の体に宿って次の生を生きるのが普通なのじゃよ。その動物がまた生の終わりを迎えると更にくたびれた精神は、さらに荷の軽い動物の体に宿る。それを繰り返し繰り返ししながら、最後には単細胞生物に宿り、やがて終わりを迎えるのじゃ」
「そうするとこの私の精神は…」
「そうじゃのう。すでに犬とか、猫ぐらいなら丁度いいぐらいにまで疲労しておるようじゃ。荷の軽い体に入れば時間の経過はそんなに早くは感じなくなるだろうて」
神様も義雄もしばらく何も話さず、向き合っていた。
「それでは次の生は犬でもいいです。ただ、今の記憶は消さないでほしいのですが?」
「それはだめじゃの。『願い事は一つ。同じ願い事なら何度でも聞く』と言うのが約束じゃろ。それでは二つ目の願い事になってしまう」

気が付くと義雄は生垣の前に立っていた。
路地をやっとのことで抜け出すと。我が家へ向かって歩いた。ふと立ち止まり、自分の影を見た。
影は太陽の動きに連れてさらに早く動いていた。
この先何年生きられるのかは分からない。でもまあ何か別の動物として生まれ変わるのは間違いはないので怖くはなかった。それは生命として普通の事なのだから、二つ目の願い事ではなく叶えられるのだ。



おわり



お、このお話は何だ?

どういう経路で思いついたお話なのか、良く覚えてないんですよね。
たぶん犬の散歩中だとは思うんですが。
僕は、神と言うものは目に見えない存在だと思っているので、実態のあるそれもおじいさんの姿の神様はまず書かないだろうと思っていました。
それが書いてしまいましたね。
それが、書きあげてから、お、このお話は何だ?と自分に突っ込んだ理由です(笑)

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by marinegumi | 2011-11-11 00:17 | 短編小説(新作) | Comments(2)

Commented by 川越敏司 at 2011-11-14 17:17 x
人生をやり直すたびに、体感時間はどんどん短くなっていくというアイディアは面白いと思いました。

80歳のおじいさんが10歳の頃の初恋に執念を燃やすのはどうかな?とは思いました。

あと、この不思議な経験を「神様」がもたらすのはちょっと安っぽいかな? もう少しシリアスな物語にしても面白かもしれません。

その上で、半分くらいにして、SFマガジンにチャレンジしてはどうでしょうか?
Commented by marinegumi at 2011-11-15 13:56
川越さんこんにちは

>80歳のおじいさんが10歳の頃の初恋に執念を燃やすのはどうかな?

まあ、それはそうなんですけど、彼はそこからうまくいかなかった事、恥をかいた事、いろんな後悔して来た事をやりなおそうとしたわけですね。
そういう細かいエピソードを積み重ねていって長いお話にもできるんでしょうけど、考えただけでしんどくなってしまうんですよね。
神様を登場させたのも頭の体力のなさですかね。

投稿ですよねー
なかなか重い腰を上げられません。