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伝言板 (7枚)

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いつも待ち合わせの場所に選ぶ駅のポストの前。
少し遅れたかなと思いながら駆けつけると、実夏(みか)の姿はなかった。
時計を見ると、わずか三分ほど遅れていただけだった。
安心して駅前を行く人の流れを見渡す。
次々に通り過ぎる人々。
時々こちらへ駆け寄るのはポストに手紙を入れる人だ。

それからしばらく待ち続け、時計を見ると三十分が過ぎていた。
実夏は来ない。
携帯をポケットの中で探ってみるが取り出しはしなかった。
いくらなんでも、もうマンションの部屋は出ているだろう。
実夏はいまどき珍しく携帯を持っていないのだ。

ふと、左側を見ると古びた駅舎の壁に伝言板があるのに気が付いた。
「伝言板」という白い文字もほとんど消えかけている。
何気なく見るとそれが伝言板だとはだれも思わないほどに色あせ、雨に打たれ朽ちかけていた。
しかしその伝言板の伝言を書く所に、一行だけ文字が見えたのだ。
近寄って確かめる。
チョークで書かれたその文字もかすれていて、やっとのことで判別できた。
「少し遅れます 実夏 10時15分」
ちょっと大人びた感じはしたが、確かに実夏の筆跡だと思った。
時計を見る。
書かれている時間は僕がここに着いた時間より20分ほど前だった。
実夏はここへ来ていたのか?
でもなぜ、僕の携帯に電話をすれば済むものをわざわざこんな誰も使わなくなった伝言板なんかに。
その時ふと、町の風景が頼りなく揺らいで見えた。
木の枠の汚れた窓ガラスに映る自分の顔を見た。
思い描いていた記憶の中の自分の顔ではなく、年老いた、しかし紛れもない僕の顔がそこにあった。

僕はタクシーを捕まえ、実夏のマンションまで走らせた。
新築間もないはずだったそのマンションは、町の他の建物と比べても特に古びていた。
外壁にひび割れがたくさん走り、各部屋の郵便受けは、歪んだりさびたりしたままだった。
実夏の部屋の前まで三つの階段を上がってきた。
表札には名前はない。
ドアノブを回すと驚いたことに鍵は掛かっていなかった。
恐る恐るドアを開いて覗き込むと、何もないがらんとした部屋。
窓ガラスが割れ、昨日の雨が吹き込んだ跡があった。
このマンションはすでに廃墟になっていたのだ。

僕はいったい何を思って今日、実夏と待ち合わせをしていたと思い込んでしまったんだろう。
それはもう何十年も昔のことだったというのに。
部屋に入ると、洗面所の壁に鏡が残されていて、これもひび割れていた。
それに映る自分の顔を見つめる。
薄暗がりの中で見る自分の顔は、今の不安定な気持ちそのままに、心臓の鼓動に合わせて若くなったり年老いたり若くなったりを繰り返していた。

僕が……、私が最後に実夏と待ち合わせをしたあの日、いつまで待っても彼女は来なかった。
そうだったのだ。
待ち合わせ場所に着いて、ふと真新しい伝言板を見るとそこに実夏の伝言があった。
「少し遅れます 実夏 10時15分」
それに納得して私は待つことにしたのだ。
それを見ずに待たされたとしたら実夏のマンションに向かったかもしれない。
とうとう会えず、その日の午後、実夏のマンションまでやってくると部屋には表札がなかった。
管理人さんに聞くと、実夏の母親らしい人が引っ越し業者を連れて来て、娘さんを半ば強引に連れて行ってしまった感じだったと聞かされた。
そう言えばと、私は思った。
あの伝言板の文字。
あれは実夏の文字にしては少し大人びて見えた。
たぶん母親が書きに来たのだろう。
なぜ?
おそらく私をあの待ち合わせ場所に少しでも長く留まらせるためだ。
それ以外になぜわざわざあの場所に先に来て伝言を書く必要があったのだ。
私を足止めしておいて、引っ越してしまうまでの時間を稼ぐためだった。
今ならそれがよくわかる。

実夏に無言の、突然の別れを突き付けられ、私はそれから荒れた毎日を送った。
入ったばかりの会社をいつしか辞めてしまい、生活できるぎりぎりのアルバイトしかしなかった。
酒に酔い潰れる毎日だった。
体の調子も悪くなり、まともに物事を考える事も出来なくなって行ったのだ。
日々はもう濃い霧に包まれ、やがて時間さえも定かではなくなって行った。

僕は駅前に来ていた。
そして伝言板に近づいて行った。
その前に立つと、僕はポケットからチョークを取り出した。
それに実夏の字をまねて一行の伝言を書いた。
「少し遅れます 実夏 10時15分」

いつもはひどく気まぐれで曖昧な記憶が、その場面だけは鮮明に脳裏に浮かんだ。
どう言うことなんだ?
あの伝言板の文字を私が書いたと言うのだろうか?
その記憶が確かなら、実夏という私の恋人さえ、本当はいなかったのか。
みんな私の妄想だったということなのか。

そんなことはもうどうでもよくなった。
私は私の夢想の世界と現実の間を、時空を超えて彷徨う旅人なのかもしれない。





おわり




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by marinegumi | 2013-02-16 18:32 | 掌編小説(新作) | Comments(2)

Commented by haru123fu at 2013-02-17 08:43
いやー!海野さんの作品朗読したいです。たとえ7枚でも。
時間をかけたら読めると思う。。。いや、読めます。(キッパリ。。笑)
Commented by marinegumi at 2013-02-17 19:30
haruさんおはようございます。

朗読、いいですよ~。
がんばってください。
読むスピードはあまりスローにならずに、お話の切れ目では適当に間をあける感じがいいでしょうね。
いわゆる、めりっ、はりっ、かな。