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ロボットはO・B (6枚半)

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交通量の多い道路際を一体のロボットが歩いていた。
そのロボットのボディーは一般的な量産型だ。
ただ塗装が少し明るめだった。
大きく違っていたのはその頭部だ。
それは見た目では材質が柔らかいのか堅いのかが定かではない。
つるりとした光沢を持った白い丸い顔。
美しい曲線のいわゆる『卵型』をした頭部だった。
それは剥きたてのゆで卵のようで目鼻はない。
後ろ頭に18桁の英数字が刻印されている。
街でさまざまな仕事に就いているのは厳つい顔のあるロボットだ。
卵型の特異な頭部を持った機体は見ない。
ロボットの名前や識別番号は胸のプレートに書かれる。
そのロボットの胸には、ただ「O.B」の二文字があった。
仮にそのロボットをO・Bと呼ぶことにする。

車の行き交う道路の路側帯にO・Bは立ち止まる。
車の流れがひと時途絶えると道路へ踏み出した。
そしてたった今、車に撥ねられ息絶えた一匹の子犬を抱き上げた。
その子犬の体からはまだポタポタと血が滴っている。
首輪はまだ真新しい。
どこかの飼い犬が逃げ出したのだろうか。
「何をやってるんだ?あのロボット」
通りかかった2,3人の子供達の内の一人が言った。
「死んだ犬を抱いてるぞ」
別の子供が石を投げた。
その石はO・Bの頭部に当たり、カーンと澄んだ音を立てた。

O・Bはリサイクル工場に隣接する廃材置き場にやって来た。
そこには車や建設機械のスクラップの山がある。
また別の場所には作業用ロボットや護衛用ロボットなどの残骸が大雑把に分けて積み上げられていた。
O・Bはその片隅の地面に両手で穴を掘った。
犬の死骸をそこに納めると土をかけた。
鉄板の切れ端を手で簡単に曲げて、十字架を作って立てる。
その時、大粒の雨が降り出した。
乾いた土を濡らし、O・Bの体を叩く。
O・Bは立ち上がり、犬の墓を見下ろしている。
雨が彼の頭部から顔のあたりをいく筋も流れた。

O・Bの背中に衝撃があり、彼は少しのけぞった。
振り向くと分解された電子レンジの部品が転がっていた。
かなり重量があるそれがO・Bの背中に当り、小さな傷を付けたのだ。
投げたのはこのスクラップ置き場の作業員の男だった。
「気味の悪いのっぺらぼうめ!どこのロボットだ?」
男はまた別の鉄の塊を投げた。
それはO・Bの頭に当たり、彼は一瞬よろめいた。
「野良犬なら聞いた事はあるがな。野良ロボは初耳だぜ」
O・Bはゆっくりと歩いてそこを立ち去ろうとした。
「おっと、そうはさせないぞ。ひょっとしてこのスクラップに紛れていたのが、たまたま死んでなかったってことかもな?それならお前は会社の所有物じゃないか」
O・Bは走り出した。

間もなく男の運転する作業車が逃げるO・Bの前に立ち塞がった。
作業車のクレーンの先に大きな鉄球がぶら下がっている。
スクラップの山の間を逃げるO・Bめがけて勢いをつけた鉄球が落ちた。
それはO・Bの足に当たり、そのままスクラップの山にへこみを作る。
O・Bは地面に倒れ込んだ。
散らばったスクラップに足を取られながら起き上がり、走り出そうとしたO・Bを、再び鉄球が襲った。
鉄の塊をぶつけられても傷つかなかったO・Bの頭部だったが、巨大な鉄球の重量にはひとたまりもなかった。
白く美しかった頭部の曲線は歪み、真っ白い表面はひび割れた。
そして中から黄色いジェル状の液体があふれ、大量の湯気が上がった。
男は作業車から降りるとO・Bのそばに立つ。
そして無表情でその体を蹴飛ばした。
「何だこいつは。気味の悪いゆで卵野郎め」
流れ出た液体は降り続く雨に薄められて行く。

そのジェル状の黄色い液体こそがO・Bの頭脳だった。
それにはO・Bの記憶が刻まれていた。
車に轢かれた子犬を見た時の悲しみ。
子供に石を投げられた怒り。
男に追いかけられる恐怖。
そしてそれ以前の記憶も確かにあった。
生まれてから今までのすべての記憶が。
O・Bはまだ僅かに考える事が出来た。
『O・B。それはわたしの名前ではない』
有機頭脳。オーガニック・ブレインのO・Bだ。
O・Bは自分の生みの親の技術者の顔を思い出していた。
彼の語る声も記憶の一部にあった。
『電子回路の頭脳のロボットに、人間に近い感情を持たせるには限界がある。新たな発想で、有機物で作った人工知能を開発した』
それがO・Bだった。
『それがわたし。わたしにはまだ名前がなかった。仮にO・Bと呼ばれていた』
ある日、彼は研究所を脱走した。
自身の心の望むままに。
『ただ、自由が欲しか……』
雨と共に地面にしみ込んで行くその記憶は、もう研究室のモニターで再生されることはない。



おわり



公募ガイド「第24回小説の虎の穴」に応募して佳作だった作品です。
テーマは「ハードボイルド文体」
けっこう難しかったようで、応募数も少なく68編だったかな。
選者の清水先生によると全体的に出来が悪かったそうです。
作品はこちらでも読めます。公募ガイド発表ブログ
ここ「まりん組・図書係」に載せているのは応募したものに少々手を加えています。
読み比べるのも一興かと。
縦書きの原稿をそのまま横書きにすると、なんか読みにくいんですよね。
そのへんも手を加えてなるべく読みやすくしてあります。

今回は、いとうりんさんと、くにさきたすくさんも同じく佳作になりました。
皆さんそれぞれ面白い作品ですね。

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by marinegumi | 2014-02-09 17:30 | 掌編小説(新作) | Comments(8)

Commented by 雫石鉄也 at 2014-02-10 13:28 x
おみごとです。みごとなハードボイルドになっていますね。
ハードボイルドは、内面描写をせず、客観的描写だけで、内面を垣間見せるわけですね。ロボットという材料を選んだことによって、ハードボイルド描写は成功しましたね。
Commented by りんさん at 2014-02-10 18:20 x
すごい!やっぱり上手いですね。
ハードボイルド文体というテーマでロボットを持ってくるなんて、海野さんらしいです。
人間的な感情を持つと、却って受け入れられないものなのでしょうか。

虎の穴のテーマ、難しくなってますよね。
お互いに入選目指して頑張りましょうね。
Commented by marinegumi at 2014-02-11 15:56
雫石さんこんにちは。
ありがとうございます。
SFもんの雫石さんに褒めていただくと勇気百倍です。
ゆで卵頭が、実はハードボイルドじゃなくて半熟だったと言うくすぐりがどう評価されるかと心配でした。
Commented by marinegumi at 2014-02-11 15:59
りんさんこんばんは。
ありがとうでーす。
ハードボイルドにはハードな体を持つロボットがふさわしいような気がしたんですよね。
ところがその中身はちっともハードボイルドではなかったと言うのがみそです。
Commented by okuma at 2014-02-12 00:28 x
わ、そんなところにテーマに引っ掛けたオチがあったのか!>half boiled 
くやしい。気付けなかった~(ーー;
Commented by marinegumi at 2014-02-12 23:40
okumaさんこんばんは。
あれあれ、気が付いてなかったんですか?
「ゆで卵頭が実は半熟?しょーもな」
と思われやしないかと心配だったんですけどね。
選者の方にですが。
Commented by かよ湖 at 2014-02-16 17:39 x
おめでとうございます。
発表ブログの方も読みましたよ。
え~?ハードなBOILEDじゃなくて、ハーフなBOILED加減じゃん!って、そんなオチが含まれていたんですか?全然気づきませんでした。
そう思いながら読むと、また、別の味が楽しめますね。あ、お塩の用意しないと!
Commented by marinegumi at 2014-02-19 00:13
かよ湖さんこんにちは。
ありがとうございます。
このロボットの頭脳は黄色いジェル状だと言いますから、ハーフボイルドではなくもっと生に近い感じでしょうか。
レアボイルド?
ロボットの頭の中は悲しみや憧れや喜びや、ハードボイルドとは縁のないそう言う感情があふれていたと言うところまで書きたかったのです実は。