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図書館・春の雨 (3枚)

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春の雨の降る道を歩いてきた。
公園の芝生を横切ってレンガ造りの図書館の前。
ドアを開き、廊下を歩き、たくさんの本棚の前に立つと、もう雨の音は聞こえない。
ただでさえ優しく静かに降る春の雨だから。
図書館はしんと静まりかえり、外からの音も何も聞こえない。
壁に架かっている大きな時計さえ、その秒針は音もなく回り続けている。

時々、君が本のページをめくる音だけが聞こえる。
君がいつも読んでいたのは不思議なお話ばかりだったね。

「指輪物語」
「ライオンと魔女」
「霧の向こうのふしぎな町」
「モモ」
「龍のすむ家」
「だれも知らない小さな国」
「飛ぶ教室」

僕は君に読むのを勧められたけれど、とうとう一冊も読まなかったね。
本なんて嫌いだったんだよ。

またページをめくる音がした。
そのページが巻き起こすわずかな風の記憶がよみがえる。
そう、本を読んでいる君のそばで君の横顔をを見ているのが好きだったんだ。

君がいつも本を読んでいたお気に入りの場所まで来るとテーブルの上には一冊の本。
ページが開かれたまま置きっぱなしになっている。
誰もいないのに、ささやかな音を立てながらそのページがめくられる。

そう、不思議な物語ばかり読んでいた君は、不思議な国の住人になってしまったんだね。
恐くはなかった。
その本を手に取って閉じ、背表紙のタイトルを見た。

 「時の旅人」

君はまだこれを読みかけだったんだろうか。

僕は悲しくなった。
僕が本を嫌いだった本当の理由を君は知らない。
本なんて。
本なんて、君を僕から遠ざけるだけのものでしかなかった。
僕は、君の時間を、僕だけのものにしたかったんだ。

僕はその本を元通り、開いていたページを開いてテーブルの上に置いた。

しばらくすると風もないのにまた次のページがめくられた。



おわり



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by marinegumi | 2018-03-19 18:43 | 掌編小説(新作) | Comments(0)