大沢橋のヒーロー  (14枚)

秋田県藤里町立藤里小1年、米山豪憲君の殺害事件で殺人容疑で逮捕された無職畠山鈴香容疑者が県警能代署捜査本部の調べに対し、4月に水死した長女彩香ちゃん(同小4年)を4月9日、藤里町内の藤琴川にかかる大沢橋の上から突き落としたと供述していることが分かった。(2006年)


お母さんが、やさしそうな声で、橋の手すりの上に上がってごらんと言った。
前に来たときは、手すりから下を見ているだけで、あぶないよって注意されたのに。
わたしはこわかったので嫌だと言ったら、お母さんは急に、おそろしい顔になった。
何も言わずに、わたしを抱き上げて、手すりの上にすわらせたんだ。
それも川の方へ向かって。
ずうっと下の方には、水が流れている。
わたしはこわいので泣きながら、手すりにつかまった。
お母さんはその手をむりやりはなさせた。
お母さん。お母さん!やめてよ!
いくらさけんでもお母さんは何も言ってくれなかった。
両手がはなれた時、どん!と背中を押された。
体が“ふわっと”浮いたと思った。


逆さまに落ちて行く女の子の前に奇妙な恰好をした男の人が現れました。
女の子は、逆さまに落ちて行っているはずなのに、その人はちゃんとした顔の向きに見えて、女の子の目の前で話しかけます。
という事はその男の人も逆さまになって、一緒に落ちているいるという事です。
「こんにちはお嬢さん」
と男の人は女の子に声をかけました。
「こんにちは」
と、女の子は答えます。
そう返事するしかないよね、こんな時は。
「ぼくは『子供の味方』、ひろちゃんマンだよ」
女の子は困ってしまいました。
だって今は橋の上から川へ向かって落ちて行くのに忙しかったんだから。
とりあえず「よろしく、ひろちゃんマン」
と答えておきました。
そして、そのひろちゃんマンの服装をじっくりと見ました。
頭にかぶっている青いヘルメットは、よく見るとバケツなのでした。
プラスチックのバケツに穴をあけて顔が出るようにして、取っ手をあごひも代わりにしています。
着ている服は普通のTシャツにGパンだけど、マントを着ています。
そのマントにはアンパンマンの絵が描いてありました。
どうやらピクニックや運動会の時に下に敷いて座るレジャーシートというやつみたいです。
片方の足にはオレンジ色のゴム長。
もう片方は茶色い革の編み上げブーツ。
もう一度頭のほうに戻ると、バケツのヘルメットにはアンテナが、木琴のバチのアンテナが2本立ててありました。
彼は腕組みをしながら言います。
「見てたけど、きみはお母さんに突き落とされちゃったんだね」
「うん」
そう答えたとき、女の子は急に悲しくなって涙をポロポロこぼしました。
「でも大丈夫だよ、僕が助けに来たからね」
「え?」
「きみは落されそうになった時、誰かが助けに来てくれると信じたでしょ?」
「ああ…うん」
「そうなんだよね、ちゃんと信じてくれさえすれば、『子供の味方』の僕は助けに来れるんだ」
「そうなの?」
ひろちゃんマンはそこでちょっと悲しい顔になって。
「そうなんだよ。
この世界では、たくさんの子供たちがひどい目に逢っているよね。
何にも悪いことをしてないのに殺されちゃう子供がいっぱいいる。
そんな子供たちを助けるのが僕の使命さ。
でも、信じてくれないことには助けに行けないんだよね」
ひろちゃんマンはちょっと遠くを見る。
女の子は「わたしってホントに落ちて行ってるんかしら?」
とちらっと思った。
まわりを見るとちゃんと落ちているようだけど、なかなか下まで着きません。
「アリスだ!」
と、女の子は思いました。
「不思議の国のアリスに、こんな場面があったわ」
その本を読んでくれたのがお母さんだったことを思い出して、また悲しくなってしまいます。
ひろちゃんマンはまだしゃべっていました。
「それで、信じてくれたきみは、ちゃんと僕が助けに来ることができたんだよ」
「わたし助かるの?」
「うん、でもね、きみは助けてもらったお礼に、いつかまた、きみのようなかわいそうな子供を助けなければいけないんだよ。
僕もずっと前、他の『子供の味方』に助けられたんだ。
そして、誰かが僕に助けを求めて来るのを待っていたんだよね」
「それじゃあ、わたしが『子供の味方』になるっていうこと?」
「わかりが早いね君」

その言葉を聞いたとたんに、女の子の体はスポッと川の水の中に入りました。
水は冷たくはありませんでした。
水の中でも苦しくはありませんでした。
青い空を見ながら、川辺の木々の葉の緑を見ながら、女の子は流れて行きました。
仰向けになって、水の下10センチほどのところまで体が沈んだまま。

どんどん川幅が広くなり、周りの景色も変わってきました。
川の両側には、工場やビルなんかがたくさん並んでいました。
そして、女の子と一緒にいろんな物が流れています。
こつん、と頭に当たった物を女の子は手でつかみました。
目の前へ持ってくると、それは赤いプラスチックの植木鉢でした。
普通の植木鉢の形ではなく、半球形のかわった植木鉢でした。
「これなら、ひろちゃんマンのバケツより、ちゃんとしたヘルメットに見えるわね」
女の子はそれを頭にかぶりました。
しばらく流れて行くと、右のほうに黄色いものが見えました。
手を「うん!」と伸ばしてつかむと、それは小学生の通学用のレインコートでした。
胸元には「ごうけん」と、名前が書いてあります。
女の子はそれをマントにしました。

しばらく何も流れて来ないので、女の子はうつむきになって、川底を見ました。
するとそこにはいろんな物が沈んでいます。ブーツもありました。
やっぱり右左がそろったものは見つからないので、赤い長靴とピンクの長靴を、潜って行って拾い上げ、両足に履きました。
そして葉っぱのブローチを右の長靴に、ニコニコマークのカンバッジを左の長靴につけました。
もちろんどちらも川底に落ちていた物です。
壊れたラジカセのアンテナを取って、ヘルメットにつけました。
「木琴のバチなんかじゃなくて、本当のアンテナだぞ」
と、女の子は少し得意になりました。

「さあ、これでみんなそろったね」
女の子は、もう、いつの間にかいなくなってしまっているひろちゃんマンに言われなくてもみんな解っていました。
「もう飛べるはずだわ」
そして勢いよく水の中から大空へ飛び出したのです。
自分が行く所はあそこしかない事も知っていました。

流れて来た川の上をどんどん飛びすぎて、あっという間に大沢橋までやってきました。
誰もいないその欄干(らんかん)の上に腰かけました。
「そうなんだ、わたしは『子供の味方』になって、ここで助けが必要な子供の声に耳を澄ますの」
女の子の姿はもう子供ではなく、ちゃんとしたヒーロー(ヒロイン?)らしく成長していました。
ひろちゃんマンも、誰かに助けられた時はまだほんの子供だった。
そんなお話は、ひろちゃんマンはしてなかったけど、ちゃんと女の子には解っていました。

「ひろちゃんマンか…」
女の子は自分のヒーローとしての名前を何にするか、考えました。
「あやちゃんマン…?
女の子だよ、わたしって。[マン]じゃおかしいじゃん」
女の子は、欄干の上を行ったり来たりしながら考えました。
でもなかなかいい名前が思い浮かびません。
「まあ、いいか。ゆっくりと考えるわ…」
女の子は、また欄干に腰かけて名前を考え考えしながら、青い空を見上げました。

名前を考えつくまでは、悲しい目に合う子供が出て来ないように願いながら。

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おわり






ツイッター小説の発展形ではないショートショートです。

秋田のこの事件の報道を当時、毎日のように聞いてやりきれない気持でいっぱいでした。
腹立たしく思ったり、悲しみに襲われたり、さまざまな感情を抱いて、時間が過ぎ、今になってこんな形のお話になりました。
なんだろうねー
あの事件に対する気持ちの決着の付け方がこういうメルヘンチックな物になるのってなんか不思議で、ちょっと悲しい。

例によって、一気に書き上げて、校正もほとんどせずにとりあえずアップします。
何度も見直し、ちょこちょこおかしなところを直していきますよ。

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# by marinegumi | 2010-10-15 22:03 | 短編小説(新作) | Comments(0)

電話の音  (3枚)

わたしの家のニ階のわたしの部屋から、彼の家の屋根だけが見える。
窓越しに、ずうーっと遠くに。
毎日わたしは、その彼の家の屋根をたくさんの家並から探す。
毎日探さないと、どれが彼の家かわからないほど、遠く、小さく、それは見えているんだ。

ある雨の休日。
その日は彼の家には誰もいないのが解っていた。
昨日、学校で彼が友達と話していたのを聞いたから。
家族で日帰り旅行に出かけるという事を、聞くとはなしに耳にしただけだけど。

彼の家の電話はコードレスホンで、子機が2台。
そのうち1台が彼の部屋にある。
なんて、想像してるだけ。

わたしは受話器を持ち上げて、遠く小さく見える彼の家の屋根を見ながら彼の家の番号をダイヤルした。
どうしてもかけられなかった番号。
呼び出し音が鳴る。
受話器から聞こえてくる小さな呼び出し音。

わたしは、まだ一度も入ったことのない彼の部屋を想像する。
わたしのかけている電話が彼の部屋の電話の子機を鳴らしているところを。
その音が彼の部屋の空気を震わせているところを。
彼が飼っているトイプードルを驚かせ、わずかに窓ガラスが共振しているところを。
電話の音が彼の部屋いっぱいに溢れているところを。

それだけのことだ。
それだけで彼の生活に、ほんのわずかでもかかわれたような気分になった。
たったそれだけで納得をして受話器を元に戻した。

静まり返る彼の部屋を想像する。
まるでわたしの部屋の空気が、彼の部屋とつながっているような気がした。



おわり





ツイッター小説の1本目を元にして書きました。

留守のはずの彼の家へ電話をかけた。呼び出し音が鳴る。まだ見たこともない彼の部屋の空気を震わせて、飼っている子犬を驚かせてベルが鳴っているのを想像していた。たったそれだけで彼の生活に少しでもかかわれたような気になって、ちょっぴり満足をして、電話をそのままゆっくりと元に戻したある日。


まあ、なんというか、ちょっとストーカーの素質がある女の子のお話ってところかな。

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# by marinegumi | 2010-10-14 23:17 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

金木犀の香る時(きんもくせいのかおるとき)  (8枚)

中学2年生の亜季と、ボーイフレンドの駿(しゅん)が交通事故のとばっちりで大怪我をしたのは、学校からの帰り道だった。
季節は十月。
香り始めたばかりの金木犀の木の下を歩いていた時だった。
道路のカーブで乗用車と接触した大型トラックが二人を巻き込んで大破したのだ。
駿は病院へ運ばれて間もなく死んだ。
亜季は手術を受けたが、こん睡状態のまま長い長い眠りに入ってしまった。



そして1年後。
亜季は病室で目を覚ました。
病院の庭にある金木犀がその香りをふりまき始めた十月だった。
その香りに誘われでもしたかのように亜季は眼を開いた。
病室には誰もいなかった。
しばらくして入ってきた看護師は、電動ベッドを自分で操作して、上半身を起こして座っている亜季を見つけて目を丸くした。

すぐに家族が呼ばれた。
みんな泣いて喜んでくれた。
でも、亜季は笑顔ではあったものの、あまり感動を示さなかった。
それというのも、まだちゃんとした記憶が甦っていないようだった。
特に事故当日の記憶は全くなかったのだ。
それでも、家族と話をしているうちに徐々に甦ってきていたのだが。

亜季は1年間意識がなく眠り続けていたので、足の筋肉は弱り、全く歩けなかった。
しばらくこのまま病院にいて、リハビリを受けることになっていた。
そのうち次第に事故当日のことが思い出されて行った。

金木犀の甘い香り。駿の笑い声と、笑顔。
突然の大きな金属音。急ブレーキの音。衝撃、そして暗闇。
あの時、駿は迫って来るトラックから亜季をかばってくれたのだ。
それをまざまざと、映像として思い出していた。
「駿は?駿はどうしたの?!」
病室に毎日来てくれる母親に亜季は聞いた。
「亜季!あなた思い出したのね。あの日の事を」
母親の目からは涙があふれた。
「つらいことだから、思い出さなければそのままでもいいと思っていたのよ」
「駿は……死んだのね」
お見舞いに来てくれた友達の顔を思い出して、その中に駿の顔がなかった事でそれを悟っていた。
亜季と駿は本当に仲が良かった。
お互いの家を行き来し、二人の両親がお互いに「二人は将来、まず間違いなく結婚するだろうね」と笑い合っていたほどだった。
その駿がもういない。
自分をかばってくれたために死んでしまった駿。
亜季はふと気が遠くなった。
「亜季、どうしたの?」
母親のその声が遠のいていくのが亜季には解った。
亜季は再び、眠りに就こうとしてたのだ。
その閉じたまぶたからはしばらく涙が流れ続けていた。



金木犀は今年もまた、十月になると香り始めた。
長い間忘れてしまっていた、ささやかだがとても素敵な記憶が甦るように、それは香り始める。

亜季が目を覚ますと病室には両親や兄弟、たくさんの友達の顔も見えた。
十月だという事が解った。
開け放った窓の外から、金木犀の香りが漂ってくる。
亜季がほとんど1年中眠り続け、毎年十月になると目を覚ますようになってから、もう6年が過ぎていた。
「おはよう亜季。また1年経ったよ」
と母親が寂しそうな笑顔で言った。

テーブルの上にはケーキにろうそくが20本立てられていて、父親が火をつけた。
「お誕生日おめでとう」とみんなが言ってくれる。
そしてハッピーバースデーの合唱。
ここ最近の何年かはケーキのある目覚めを迎えていた。
誕生日は十一月だったが、秋にちなんでつけられた名前の亜季にはふさわしい日だった。
まっ先に秋を感じさせる金木犀の香る十月。

金木犀の香りが目を覚ます引き金になっているのかもしれないというので、キンモクセイの芳香剤を病室に置いたりしてみた。
冷凍保存していた金木犀を、季節外れに亜季に嗅がせてみたりもしたがすべて無駄だった。
十月になって、金木犀が香り始めるまで、亜季は眼を覚ますことはなかったのだ。

家族や友人たちは、どうにかして亜季があの事故の記憶を取り戻すのを少しでも遅らせようとしていた。
そうなのだ、長い眠りから目覚めた時の亜季は、再び事故の記憶を失っていた。
そして1週間ほどで徐々に記憶を取り戻し、駿がこの世にいないことを知ると、また眠りについてしまう。
それをこの6年間繰り返していたのだった。
少しでも、1時間でも1分でも、その瞬間を先に延ばそうと、みんなは亜季のためにいろんな話題を持って病室へやって来る。

しかし、その瞬間は必ず来てしまう。
亜季が完全に目を覚まし、自分の人生を送り、心身が成長して行ければ乗り越えられるのかもしれない駿の死。
しかし亜季はそれに背を向けて眠りについてしまうのだ。

「1年間、どんな夢を見ていたの?」
と母親が聞いた。
亜季はしばらく、うっとりと眼を細めていた。
そして「覚えてないや……」と、みんなの方を見てほほえむのだった。

かなり肌寒くなっているのに、大きく開け放たれた窓からは、金木犀の香りが漂って来ていた。

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昨日書いた10本目のツイッター小説を元にした作品です。

「ツイッター小説版」
金木犀は今年も十月になると香り始めた。彼女が目を覚ますと家族や友達の顔がそろっていた。「また1年たったよ」お母さんが言った。昏睡状態が続く彼女はなぜか十月の初めの1週間だけ目が覚めるのだ。金木犀が香り始める頃に。病室にはいつも金木犀の芳香剤が置かれている。でも、十月だけなのだ。


このツイッター版を書いていた時には思いもよらなかったドラマがあったんですね(って人ごとみたいに)
なんか、書いてると乗って来てついつい夜更かししてしまいました。

金木犀の花ことばを調べてみました。(書く前は知らなかったんですが)
謙虚 謙遜 真実 真実の愛 初恋 陶酔

おおー、ぴったりの「初恋」と言うのがあるんですね。

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# by marinegumi | 2010-10-09 21:52 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

潮騒が聞こえる  (4枚)

ある夏の日の事。
その日は起きぬけから、なんだか頭が腐ってしまいそうな気分で、何もする気が起きなかった。
朝食もとらず、車を飛ばして誰もいない海にやって来て、砂浜のすぐ手前で停めた。
そのまま4枚のドアとバックドアを全部開け放すと、潮騒の音が僕を包んだ。

そうやって、やがて陽が落ち、暗くなるまでただ潮騒の音を聞いていたんだ。

あくる日から、仕事をしていても、なんだかあの潮騒の音が聞こえているような気がしていた。
そう、あんなに長い時間聞いていたんだから、耳に残っていても不思議じゃない。
そう思ってあまり気にもしなかった。

1カ月を過ぎる頃になっても、その潮騒の音は聞こえていた。
しかも、だんだん大きな音で聞こえるようになっていたんだ。
眠っていてもそれはずっと続いていて、夢は必ず海の夢を見た。
昼間、仕事をしていてもその音は止むことがない。
仕事の打ち合わせをしている時も、相手の声がかき消される事があるほどになっていた。

休日は、家にいて水色のソファーに身を沈め、一日中その潮騒の音を聞くようになった。
こんなに海から遠い場所にある家にいても、海にいるような気分でいられて、それほど悪い事じゃないように思っていた。

でも、どんどん大きな音になって行くのは止まらなかった。
人にも、よほど大きな声でしゃべってもらわないと聞き取れないほどになっていたんだ。

それで、妻に促されて、病院へ行くことにした。
もう少しだけ音が小さくなればいいな、と気楽に考えながら。

レントゲンを撮ってもらった後、写真を見ながらお医者さんの説明を聞いた。
 「ほらこれです。頭の中には海がありますね」
と先生は言った。
やっぱりそうだったんだ。
いつの間にか、頭の中には海が引っ越して来ていたんだね。

「先生は、脳腫瘍の疑いがあります、とおっしゃったのよ」と妻。
「そんな事言ってないよ先生は。ね、先生?」
「それでは、紹介状を書きますから大学病院でMRIの検査を受けてください」

「そうですよ、頭の中には青いきれいな海が広がっていますね」
と先生は言ってくれた。

 

                         おわり





ツイッター版はこれです。

ある夏の日。潮騒の音を一日中聞いていた。あの日から潮騒の音は頭の中に居座っている。それの音が年々大きくなるので病院へ行ってみた。「頭の中に海がありますね」とお医者さんは言った。先生は「脳腫瘍の疑いがあります」と言ったと妻はいうのだが「頭の中に海がありますね」ちゃんとそう聞こえた。


アイデアも何もないところから、とりあえず「ある夏の日」と書き始め、そこから書きながら考えました。
何にもアイデアがないときは「ある秋の日」とか、とりあえず一言書いてみるっていうのもいい方法かもしれないですね。



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# by marinegumi | 2010-10-05 21:06 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

何も見えない水平線に  (16枚)

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少年がひとり、ぽつんと取り残された砂浜。
波打ち際の湿った白い砂には、波が描いた曲線模様が現れてはまた消えていく。
休むことなく寄せては返す波の音。
その波のしぶきを巻き上げ、少年に叩きつける風。
そんな音の中で、少年の心は空白だった。
耳には届いていても、少年の心の中までは届いていないのだ。

何か少年には言葉にしたいものがあったはずだった。
いろんなことが頭の中で渦巻いていた。
そんな「何か」をふっ切りたくて、こんな砂浜まで少年はやってきたはずだった。
大声で叫びたかったのかもしれない。
でも、何と声にすればいいのか、言葉が思い浮かばなかった。
そしてそのまま無言で砂浜に立ち尽くしていた。
いつまでも。




少年が体を悪くして、都会の喧騒から逃れて、この海辺の町へやってきたのは、冬が終わろうとしていた頃だった。
長く暖かな春をすごし、やがて夏が始まる頃に初めてこの砂浜にひとりで遊びに来た。

何度か足を運ぶうちに、殆どの学校は夏休みに入っていた。
そんな夏休みに、親戚の家に遊びに来ていたひとりの少女と、その砂浜で出会ったのだった。

少年は石を投げて水面をジャンプさせるのが得意だった。
川へ行ったときは必ずそんな遊びをした。
波打ち際を見て、その事を思い出した少年は、石を拾って投げてみた。
石はひとつだけ跳ねて少々高い波に飲み込まれてしまった。
何度やっても川のようにはうまくいかなかった。

あきらめた少年は、今度は、砂浜に流れ着いた空き缶を拾い、岩の上に置いてかなり離れた距離からそれを狙って石を投げ始めた。
なかなか当たらなかった。
何度目かに石を投げた時、ずいぶんタイミングが遅れて空き缶は音を立てて倒れた。

「くすっ」という笑い声が聞こえた。
声のほうへ目をやると、一人の少女が石を弄びながら少年の方を見ていた。
「きみが?」
少年が聞くと、少女はもう一つ持っていた、握りこぶしほどのその石を海のほうへ投げた。
驚くほど遠くで、それは海に落ちた。
「ソフトボール部だよ」と少女は言う。
本当に健康そうな、生き生きとした笑顔だった。
「きみは、何かスポーツやってるの?」
「いや」
「だよねー、夏なのに青白い顔してさ。わたしの腕と、ほら、君の腕の色を比べてみてよ」
と、少女は少年の腕に自分の腕をくっつけて来た。
少年の腕のほうが、ずいぶんと白かった。
少年は思わず手を引っ込める。
「あ、ごめん。気を悪くした?」と、真顔になって少女が言った。
「いや、違うよ」
腕がくっついているのが気恥ずかしかったのだ。

それから二人はよく、一緒に遊ぶようになった。
決まってこの砂浜で。
少女は少年と同じ10歳だった。
絵が得意だった少年は、砂浜に棒で絵を描いたり、拾った石に絵の具で色を付け、魚やいろんな動物を描いては岩場の上に並べた。
「動物園だ!」と少女は言った。
「もっとたくさん描こうよ」

ある時は、少女が持ってきたボールで無理やりキャッチボールをさせられた。
少年は少女の活発さに圧倒されるばかりだった。

元気すぎる、笑顔が愛くるしい少女を少年は好もしく思っていた。
そして、その感情が何かまた別の感情に変化しかけているような、まどろっこしさにも気がつき始めていた。
夏休みが終わるにはまだまだ日があった。
しかし、少女が帰る日がすぐそこまで迫っていた。

「あした、帰るよ」と少女は言った。
「きみはまだまだこの街にいるんでしょ?」
「うん、そうだよ」と少年はぶっきらぼうに答える。
砂浜に並んで二人は腰をおろしていた。
「私が帰っちゃうと寂しい?」と足を抱えた日焼けした腕と髪の毛の間から、いたずらそうな目で見て言った。
「別に寂しくなんかないよ!」
少年は、思ってもいなかった事を口にしている自分に驚いていた。
「なんだと!」と少女は頬笑みながら少年の半ズボンから出ている足をつねった。
「寂しいって言え!」
「痛いよ、やめろってば~」
少女は何度も少年の足をつねる。
それも思いっきりだ。
少年はそれを手で払いのけるが、何度も何度も攻撃され、あまりの痛さに少女の両手をつかんで辞めさせた。
すると、少女の顔が目の前にあった。
そのまましばらく見つめあっていた。
少女の息遣いが聞こえる。
頬に付いたわずかの砂粒。
くっきりときれいな二重のまぶたに、すっとのびた濃いまつげ。
少年は少女を初めて見たかのように目が離せなかった。
少年がつかんでいた手を少女は一度離させて、今度は両方の手と手を握り合った。
でも、それ以上、二人とも、どうすればいいのか分からなかった。
二人とも、ほんの子供だったのだ。




少女がいなくなってしばらくたったある日。
少年は少女が遊びに来ていた親戚の家の前を偶然通りかかった。
あけっぱなしの家の奥から、女の人の電話の声が聞こえてきた。
「そうなの?それはかわいそうだったわね」
少年は、それだけを聞いてあの少女のことだと直感してしまった。
「しかたないわね…」しばらく無言。
「まだ、10年しか生きてないのにね」
少年も同じ10歳だった。
少年はそれだけの会話で、すべてを悟っていたのだ。

少年は砂浜へやってきた。
少女と遊んだ痕跡を何か見つけたかったのだ。
当たり前のように何も残っていなかった。
砂浜の絵はとっくに、波がかき消していて絵を描いた石は、波がすっかり絵の具を洗い流していた。

目を上げると水平線が不自然なほどまっすぐに続いているばかり。
何も見えない。
島影も、小さな船も海鳥も、何も見えなかった。

  体が悪いのは僕のほうのはずだった
  きみは誰よりも健康で、生き生きしていたと思っていたのに

  あのとき、僕はきみにキスをすればよかったんだ

と、少年は思った。
そしたらただの仲良しじゃなく、恋人になれたのかもしれないと。

少年は孤独だった。
生まれて初めて、本当に一人ぼっちなんだと思った。

しばらく砂浜に立ち尽くしていた少年は右手の人差し指を立てて、すっと上へ伸ばした。
水平線の上あたりにその指先で、大きな船の形を描いた。
するとそこには船があり、海を進んで行くのが少年には見えた。
船の次は、島を描いた。
空にはカモメを、アホウドリを何羽も描き加えた。
曇った空は青空に描き直し、お日さまを描き、海からはいろんな魚が顔を出し、ジャンプしているイルカや、潮を吹くクジラも描きくわえた。
少年にとって、海と空は1枚のキャンパスだった。

  こうやってたくさんの絵を描き加えていけば、もう寂しいなんて言うことはない
  もうちっとも孤独じゃない、一人ぼっちなんかじゃない

と、少年は思った。

少年は、さらに描き続けた。
描くものがなくなると、あり得ないものまで描き加えた。
空にはUFO、海からゴジラ、島の上には巨大タコ。
ありとあらゆるものを、思いつく限り少年は描き続けた。




少年は一人ぼっちだった。
やっぱりコドクなんだと思い知らされていた。
もうとっくに日は落ちて、あたりは真っ暗になっていた。
少年が描き続けた、たくさんの絵は、すっかり闇の中に葬られてしまっていたのだ。
自分の体さえ闇にすっぽりと包まれていた。

そして、潮騒の音だけが闇の中で、いつまでも聞こえていた。



                         おわり









はい、今回は、かなり古い作品を持ち出してきましたよ。
書きなおして、長さは原型の3倍ぐらいになっているのかな?

毎回そうなんですが、時々読み返し、表現がおかしなところを発見すると、その都度、書きなおします。
また、書き足したり、表現を変えたり、結構何回も手を入れますよ。


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# by marinegumi | 2010-10-02 23:17 | 短編小説(旧作改稿) | Comments(0)

階段の怪談  (8枚)

電車を降りて、駅の改札を出てから、あかねの家までは歩いて15分ほどだ。
歩き始めたときはいつも同じ方向に帰る同級生や、OL、サラリーマンたちがたくさんいるのだが、まもなく急に人通りが少なくなる。
それは、駅とあかねの家までの道のりの、中間ぐらいに公団住宅が何棟も建っていて、ほとんどの人々がそこに吸い込まれてしまうからだった。

あかねはいつも急に心細くなる。
家に帰りつくまでたった一人だったこともめずらしくないのだ。
自然と足早に歩いてしまう。
あかねの家があるのは新興住宅街で、まだまばらにしか家は建っていない。
その先は広い空き地が広がっているだけ。
さらにその向こうは。
「ジャングルじゃん!」
と、初めてここに来たときは、思わずそう言ってしまったほどだった。
「あーあ、何でこんな寂しいところに家を建てたのかしら?」と、いつもの愚痴が出てしまう。
「高校を転校してまで引っ越してくる値打ちはなかったよねーわたしにとっては」

いつものコンクリートの階段が見えてきた。
建売の家と家の間にあるその階段を上がってしまえば、まもなくあかねの家だ。
上からは、その緑色の屋根が見えるはずだった。

この階段は13段ある。
あかねは最初にそれに気がついたときは少々いやな感じをもった。
不吉な数字。
どういう事で縁起が悪いといわれているのかまでは知らなかったが。

右足から上り始めて、いち、にい、さん、と心の中で数えながら上る。
じゅういち、じゅうに、じゅうさん!で右足が一番上の段にある。
いつもは。

そう、いつも右足から上り始めて、右足で終わるはずだった。
階段の段数は奇数の13段。
右足で終わらなければおかしい。
それが今日は左足で終わっていたのだ。
あかねの背中に冷たいものが走った。
10分以上速足で歩いて、けっこう体は暖かくなっていたのだが、一度に寒気を感じていた。
夕暮れ時。
暗くなりかけているこんな時間にあかねは階段の一番上で立ち尽くす。
なんだかこわい。
でも、数え間違っただけだと思いたかった。
それを確かめたくてしょうがなかった。
あかねは階段を2段づつ飛ばして下りた。
そしてもういちど上り始めた。
最初は右足から上り始める。「いち」
つぎは左足だよ。「にい」
今度は右足だね。「さん」
絶対間違えないように、慎重に十三を数えたとき、あかねの左足が階段の一番上にあった。
左足だ。
ありえない左足だった。

あかねは、駆けださないよう努力しながらことさらゆっくり家を目指した。
走り出したらパニックにおちいりそうだったのだ。
あかねは今まで何度この階段を上っただろう。
毎日必ず通る階段だった。
必ず右足から上り始めて、右足で13段目を勢いよく踏んできたはずだった。
それがなぜ?13段目が左足で終わるんだろう。
「ただいま‥」
「おかえりなさーい」と母。
彼女は料理をしている手元を見たままだったので、あかねが少し青ざめていたことには気がつかなかった。
あかねは家の二階への階段を上った。
なるべく数を数えないようにしながら。


「遠藤あかね!」
大きな先生の声でわれに返った。
まわりのクラスメイトたちがくすくす笑っている。
もう何度も名前を呼ばれていたらしい。
数学のテストを返してもらっているところだった。
あわてて教壇までまで取りに行くと、先生の顔がいやに険しかった。
「おまえ、わざと間違ってるのか?」
「え?何でですか?」そう言いながらテスト用紙を見た。
数学が得意なあかねにしては考えられない低い点数だった。
改めて自分の回答を見直したが、どこも間違ってるとは思えなかった。

「おまえなー、答えが整数の問題は、全部間違ってるぞ。
 それも、どの答えも正解の数より必ず「1」だけ少ないのはどういうわけだ?
 正解が解ってなきゃこんな奇妙な間違い方は出来んぞ!」

あかねは階段の一番上を踏んだばかりの左足を思い浮かべていた。

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はい、ツイッター小説の発展形ではないショートストーリーです。


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# by marinegumi | 2010-10-01 00:41 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

百円玉  (5枚)

ある夏の日、その事を突然思い出し、気が付くと電車に揺られていた自分自身に
「おい、まじかよ?」と小さく呟いていた。

5時間もかけて、十数年ぶりにたどり着いたその街の様子は、すっかり変わっていて、どっちへ向かって歩きだせばいいのか、一瞬迷ってしまったぐらいだった。
とりあえず、むかし通っていた大学の正門までたどり着いた。
ここから、自分が住んでいた下宿までの道のりがなかなか思い出せなかった。
いや、思い出せはする。
その記憶と現実が、あまりに違ってしまっているのだ。
大きな古い建物を探し探し歩き出したが、すぐに立往生してしまう。

道のりを、始めからたどり直す事を何度かくりかえして、やっと見つけたその場所。

それは、大学時代の僕の下宿の近くの小さな食料品店だった。
建物も一部新しくなっていたが、ちゃんとまだそこにあった事にホッとしていた。
店の名前も、覚えていた。
店先のテントも、そこに書かれた店の名前の文字も、新しくしゃれた感じになっていた。
左側に並んでいる自動販売機は当時のまま、3台だった。
でも、当然、機械は全部入れ替わっている。

あの夏の日を思い出していた。
君と二人で立ち寄ったこの自動販売機の前。

裏側をそっと覗きこむ。
日差しに慣れた目がだんだん薄暗がりに慣れてくるとそれは見えてきた。
自動販売機の裏側の、食料品店と隣の建物の間に君が落としてしまい、あきらめたあの百円玉がコンクリートの隙間にまだ残っていた。
半分泥にうずまった、変色した百円玉がそこにあった。

その瞬間、君の髪の香りを、ありありと思い出した。

あの時、君が拾おうとして手が届かず、僕に「替ってよ」と言ったね。
入れ替わる時に、君の髪が僕の鼻先をかすめた。
その時の君の髪の香りを、今さっきの事のようにありありと思い出していた。

このためだけに5時間もかけてここまで来る自分を、ばかばかしく思っていたが、その気持はもうなくなっていた。

ふいに肩をたたかれた。
振り返ると君の笑顔があった。
あの時と少しも変わらない君の笑顔が。

そんな場面を想像した。
しばらく歩き出せなかった。
肩をたたかれるのを僕は待っていたのかもしれない。

持っていた1枚の百円玉を、君の百円玉のそばにポンと投げて、2枚の百円玉の位置を確認すると僕は歩きだしていた。





ツイッター小説8本目です。

(原文)
突然思い出した。気が付くと電車に乗っていた。5時間かけてたどり着いたその街の様子は、すっかり変わっていた。なんとか見つけたその場所。大学時代の僕の下宿の近くの自動販売機は機械も全部入れ替わっていたが、君が落としてしまい、あきらめたあの百円玉がまだコンクリートの隙間に残っていたよ。


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# by marinegumi | 2010-09-26 23:55 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

僕たちの劇場  (16枚)

僕たちはいつも、その場所で会った。
学校帰りだったり、たまに授業を抜け出したりして、その場所で待ち合わせたんだ。
そして、僕たちが会うときは決まって雨が降っていたような気がする。

麻衣と僕が通っていた高校の裏には、金網フェンスの継ぎ目がわずかに開いている場所があり、少し無理をすると外へ出られた。
出たところは雑木林になっていて、学校の建物から見とがめられることがない。
ほとんど雑草にかくれてしまいそうになっているわずかに残った「道」の痕跡に沿って歩いて行く。
すると、立ち入り禁止と書かれた朽ちかけた看板がある。
そのまま木々の枝をよけながらどんどん歩いて行くと倉庫らしい建物が見えてくる。
レンガ造りの壁にスレートの屋根が乗った、半分崩れた建物。
正面に大きな閉まったままのシャッターがあった。
地面より倉庫の床は1メートルほど高くなっていて、そのシャッターまで、コンクリートでスロープが作られ、大きなトラックがそのまま中に入れるように作られていたのだ。
シャッターは閉まっていたが、倉庫の裏側は大きく崩れていて、中へ入ることができた。

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その倉庫を見つけたのも、ある雨の日だった。
麻衣と二人で傘をさして、なんとなく、立ち入り禁止の看板に、かえって誘われるようにして林の奥へ迷い込んだ。
崩れた倉庫の大きな暗い穴の中へ入ってみると、ガランとしたほとんど何もない空間だった。
でも、ところどころに、この倉庫に置かれていただろう物が少し残されていた。
大小のペンキの缶があちこちに転がっていて、ここが塗料の倉庫だったのがわかった。
めぼしいものはほとんど運び出され、へこんだり、ふたが開いたままだったり、そういうものだけが残されたようだった。
薄暗がりに眼が慣れてくると、意外にもまだまだたくさんのいろんながらくたが残されているのがわかった。
汚れた机や書類棚、ペンキを塗るための刷毛(はけ)とか、脚立や金属のパイプなど。

そこへ来る時は、いつもなぜか雨が降っていたような気がする。
その倉庫にもいくつか窓があり、天気さえ良ければそんなにうす暗くもないはずだった。
そんな、ちっともロマンチックじゃない場所で僕たちは、はじめてのキスをした。



何度か訪れるうちに麻衣がそれを見つけた。
電気のメーターが入っているボックスからパイプが出ていて、それを目で追って行くと、家庭用の何倍もある大きなブレーカーがあった。
当然それのレバーは「切」になっていた。
麻衣が言った。
「このスイッチを入れると、あのシャッターが開けられるんじゃない?」
一度二人でそのシャッターを手で開けようとしたが、全く歯が立たなかったのだ。
電動のシャッターなのだ。
壁のボックスに3つのボタンがあり、「開」「停」「閉」とそれぞれ書かれていた。
「もう電気は来てないんじゃないの?」と、僕。
言いながら、近くに落ちていた棒を拾い、ブレーカーのレバーを上げて「入」にした。
すると、後ろの方、天井のはじっこで「チカチカッ」という音がして、1本だけ蛍光灯が点滅を始めた。
もう寿命が来ている蛍光管だ。
もっとたくさんある、他の蛍光灯は全く点いてなかった。
「ほら、ちゃんと電気来てるじゃん」
麻衣が勝ち誇ったように言う。
「ほんとだ、すげー!」

「開」のボタンを押すと、シャッターは土を落としながら、張り付いていたツタのような植物をプチプチちぎりながら開いていった。
暗い倉庫に、雨の日の弱い光が、それでも十分明るい光が差し込んだ。
見つめている麻衣の横顔もパッと明るく、美しく見えた。
「なんだか私たち、舞台に立ってるみたいね」
「舞台?」
「どんちょうって言うの?あれが開くとスポットライトが当たってさ」

急に麻衣が歌いだした。
林の中にその歌声は吸い込まれていった。
高い、かわいい、低音で少しハスキーになる素敵な歌声だった。
そういえば、麻衣は小学生のころ、市内の児童合唱団に入っていたというのを聞いたことがある。
きっとそのときに覚えた歌なんだろう。
その声を聞いたとき、僕は麻衣を離したくないと思った。
その声も、その言葉も、その笑顔も、その体も。

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ある日曜日の朝、僕はその倉庫に一人でやってきた。
倉庫の中からありったけのペンキの缶をシャッターの前に並べた。
残されていた錆びついた脚立、大小の刷毛等も持ち出した。
青のペンキは大量にあったので、まずシャッター全体を青で塗りつぶした。
そして白い雲や空を飛ぶ鳥、太陽、地上には大きな木や、花々を描き、いろんな動物たちを思いつくままに描き続けた。
僕たちがそこで会う日は不思議に雨の日が多かった。
雨が降っていなくても、必ずと言っていいほど曇りだった。
そんな、少し陰気な二人のデートを晴れの日の風景で飾ろうと思ったんだ。

数日後、麻衣はそれを見ると、息をのんだ。
「すごーい!君って、絵がうまかったんだ?」
その日もまた、雨が降り続いていたが、シャッターの絵の前だけは晴れていた。

僕は傘をさして、壊れかけた椅子に座って、シャッターを見ていた。
いや、劇場の緞帳(どんちょう)だ。
手にはカード型のリモコン。
それは、倉庫の中に残された机の中に入っていた電動シャッターの開閉用のワイヤレスのリモコンだった。
電池はさすがに切れていたので、新しいのを買ってきて入れた。

そして今、僕はその「開」のボタンを押す。
「グングングン…」という重い音を立てて開いて行く。
晴れた日の風景の緞帳が上げられて行く。
舞台の真中には麻衣が立っていた。
緞帳が上がり切ると麻衣は深くお辞儀をしてから、まずあの日の唄を歌った。
傘に当たる雨の音も気にならず、麻衣の唄だけが僕には聞こえた。
高い澄んだ声、低音が少しハスキーになり、それがかえってかわいく感じる。
麻衣は2曲目、3曲目と歌い続けた。
僕と麻衣が、この先ずっと一緒にいられるのかどうかはわからない。
でも、このひと時の、この麻衣の唄は僕だけのものだと強く思った。



僕だけのための、麻衣のコンサートはそれから何度開かれたんだろう。
そんなに多くはなかったように思う。
それは…
信じたくはなかったけれど、麻衣がいなくなってしまったからだ。
会う約束をしていた、その日もまた雨の日。
僕が待っていた舞台の前、晴れた日の風景の緞帳の前に麻衣は現れなかった。
そのころ、僕が見ていたその同じ雨に打たれながら、麻衣は道路に横たわっていたんだと後で知った。
その場所を見たのはあくる日だった。
形をとどめないほど壊れた自転車がまだ残されていた。
乾きかけた道路に雨で薄められた、麻衣のものだった赤いしみが広がっていたんだ。



それから何年もたった。
僕はすっかり大人の仲間入りをして、通っていた学校がある街からもずっと遠いところに引っ越して、一人暮らしをしていた。

ある雨の日の夜。
引越しの時に荷づくりして運んで来たものの、なぜか一度も開いてなかった段ボール箱を何の気なしに開いてみた。
それには、高校時代に使っていた教科書や、音楽プレーヤー、ゲームソフトなどが入っていたので特に必要ではなく半分忘れかけていたものだった。

取りだした教科書の間から落ちた物があった。
それは遠い昔のあの場所、あの塗料倉庫の電動シャッターのリモコンだった。
僕はそれだけを手にとってベッドに横たわった。
目の前へ持ってくる。
「開」「停」「閉」の文字が並んでいた。
特に心は揺れなかった。
「まだこれを持ってたんだな…」
そう呟きながら、無意識のうちに「開」のボタンを押していた。
かすかな「ピ」という音がした。

その時、僕には見えた。
遠いあの場所‥、距離も遠い、時間も遠いあの場所で、電動シャッターが開くのが見えたんだ。
そして開いていくシャッターの向こうには麻衣が立っていた。
緞帳が開ききってしまうと、深くお辞儀をする麻衣。
あの唄を歌いだす麻衣。
でも声は聞こえなかった。
記憶の中の麻衣がさまざまな色のスポットライトで照らされて歌う姿だけが見えていた。
すすり泣く声が聞こえた。
それは僕の声だった。
涙が止まらなかった。
麻衣の声をもう一度聞きたいと、心から願っていた。


              おわり





元になったツイッター版はこれです↓

机の中から電動シャッターのカード型リモコンが出てきた。
すっかり忘れていたが、10年以上前に勤めていた会社の倉庫のシャッターのものだ。
交通事故で大けが、そのまま会社を辞めてしまい、ポケットに入ったままになっていた物だ。
「開」のボタンを押してみた。遠いあのシャッターが開く幻が見えた。


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# by marinegumi | 2010-09-22 17:59 | 短編小説(新作) | Comments(0)

海の向こうにあるものは  (3枚)

幼かった頃の私は、孤独な女の子だった。
兄弟もいず、眠るのはいつも真っ暗な部屋でひとり。
眠る時に、童話の一つも読んでもらった記憶はなかった。

覚えているのは冬の夜のことがほとんどだった。
霜で凍りつき始めた窓ガラス越しに見えるあの場所の記憶がよみがえる。

暗い冷たい海の向こう。
暖かそうな光に包まれた場所が私の寝床から見えた。
毎晩毎晩、その場所を見ながら、それを子守歌代わり‥童話の物語の代わりにして眠るのだった。
ひどく寒いこの部屋と違って、どんなにその場所は暖かく見えたことか。
そして、かすかに聞こえる人々の声。
太鼓や、鐘などを鳴らしているのか、ガンガンガン、カンカン‥と賑やかな音。
花火をしているんだろうか、いつも火花が散るのが見えた。

あの場所へ行きたかった。
そこへ行けば、どんなに暖かいことだろう。
どんなに楽しいだろう。
そこにいる人々のたくさん笑顔を思い浮かべながら、眠りに落ちる毎日だった。

いつものように布団にくるまって、その場所を見ていたある日。
ひときわ大きな音が聞こえた。
ひときわ大きな花火が打ち上げられた。
そして人々が大勢、大声を上げながら騒いでいるのが聞こえた。

しばらくして家の電話が鳴った。
隣の部屋にいた母親が受話器を取った。
話は、ところどころしかわからなかった。
「鉄工所で事故‥、お父さんが下敷き‥うそでしょ‥」
何もわけもわからず、それでも何か大変なことが起こった事だけは察していた気がする。



ツイッターの本文はこれだ。

暗い寒い海の向こう。窓ガラス越しに見るその場所は、暖かそうな光に満ちて、いつも何やらお祭りのように賑やかだ。花火が見えたり、ガンガンガンと大きな太鼓のような音がしたり。あそこに行ってみたいと、いつも思っていた小さな私。ある夜、家に電話がかかってきた。「工場で事故‥お父さんが死‥」


どうも、思いつくアイデアが、ツイッターの140文字に収まりきらないというか、収めてしまうと、欲求不満を感じますね。

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# by marinegumi | 2010-09-17 23:05 | 掌編小説(新作) | Comments(0)

ツイッタ―小説 3本目

ツイッタ―小説を始めて、3本目ですが、140文字以内でいいのに3本とも、ぴったり140文字にしてしまうんですよねー。
そんなところに力入れるんじゃないよーと思うんですけど。
ここにまとめて紹介しておきます。


1本目

留守のはずの彼の家へ電話をかけた。呼び出し音が鳴る。まだ見たこともない彼の部屋の空気を震わせて、飼っている子犬を驚かせてベルが鳴っているのを想像していた。たったそれだけで彼の生活に少しでもかかわれたような気になって、ちょっぴり満足をして、電話をそのままゆっくりと元に戻したある日。


2本目

守れなかった約束。行けなくなってしまったドライブを約束していた、あの日の朝9時。何十年も前のことなのに、大切な人もできたのに、休みの日、あの日の約束の時間が近づくとそわそわしている自分がいる。時間が過ぎると、そっと哀しいため息をついているのに気が付く。もう一つの人生がふと見える。


3本目

君とあの日、すれ違ったんだ。僕は車で、君は橋の歩道を前から歩いてきた。サヨナラを言われて、もうこの街にはいないはずだった君。目が少し悪かった君は僕に気が付かず、そのまま見知らぬ人のようにすれ違った。追いかけて行けなかった。あれからこの橋を通るたび、幾度も君の幻とすれ違っている。
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# by marinegumi | 2010-08-28 22:31 | ツィッター小説 | Comments(0)

ツィッター

ツィッターに登録してみました。
「ツィッターを始めました」と書かないのがミソですけどね。
何かをまた始めようとしても、始めかけるだけでなかなか前へ進まない。

ツィッター小説なんて言うのが流行りかけているのを聞いて、なんとなく登録したんですよね。
140文字までで、物語を作るというのが手軽そうで、何かを始めるきっかけになればいいと思うので。
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# by marinegumi | 2010-08-25 16:41 | わたくし事 | Comments(0)